シアワセの質量

千里亭希遊

1.モノガタリの行末

 もしこれが物語なら、それはわたしの死で終末を迎えることになるだろう。

 そのフレーズがぼやけた頭に表示されたような気がしたところで、聞きなれた親友の声がわたしの名を呼んだ。

「サユキ……起きた?」

「アスカ……」

 わたしは手の甲を額に押し付けて、フラフラとまとまってくれない思考をどうにかかき集めながら、親友の名を呼ぶ。

「わたしまた倒れたの」

「うん。このくっそ暑いのに意地張って体育祭の練習を見学なんてするから」

 ぼんやりと聞くと、親友ははきはきと答えてくれる。

 きっとしょうがないなぁ、なんて思っているのだろう。だけど呆れているわけではなくて、いたわりを持って言ってくれている。

「……最後まで見ていられたら、強くなれる気がしたの」

 そしてそれは失敗に終わった。

「なんとかしようって、自分で頑張ろうって思えるサユキは好きだよ。でも、無理だけはしないで」

 優しい声でそう言ったアスカは、困ったような微笑みを浮かべていた。

 ばたばたと頻繁に倒れて、余命宣告すらされたことのあるわたしを厄介者や腫れ物を扱うようには接しない、唯一のともだち。

「……うん、せめて頑張れる範囲をちゃんと見つけなきゃ」

 そばにいてくれる優しい貴女を、心配させたくはないんだ。

「大きなイベントに向けて頑張ってるみんなを見るのはとても楽しかった。すごい熱量だと思った。それに惹かれて、外まで出て行っちゃったのがやりすぎなんだろうね。あの熱量に乗れたら大丈夫じゃないかって……あはは、甘いあまい~。教室の窓から見てただけだったら、倒れなくてすんだのかも」

 それを聞いたアスカは、ふふふっと小さく笑った。

 わたしが首をかしげてそれを見ていると、アスカは優しい目をして言う。

「やっぱりサユキの思考は好きだよ」

「……んー……?」

 よくわからない。

 だけど、好意的にみてくれているのだけは分かるから、なんだかこそばゆい。

「そういえば……今はいつなのかな、わたしどれくらい寝てたんだろう」

 腕につながっている点滴のチューブを目でたどりながら、聞くともなしにぼんやりと言う。

「サユキが倒れた日の夕方だよ。今回はそんなに長くなかったね」

 なんて言いながらアスカはわたしの通学カバンを指さした。きっと持ってきてくれたんだろう。

「じゃあアスカ、部活帰り?」

「うん」

「……疲れてたりおなかすいてたりするんじゃない?」

「あはははっ、まあそんなこともあるけど、学校に隣接してる病院にちょっと見に来るくらいの余裕はあるって」

 アスカは軽快に笑い、わたしの方が困ったように微笑む。

「暗くならないうちに帰らないと、変態に会うかもしれないよ」

「会ったら会ったで退治するから、このあたりがひとまわり平和になっていいかもね」

 いくら鍛えているとはいえ、護身なんて想定されてない鍛え方なのだから、その自信は少し怖かった。

「アスカこそ、無理しないでよ」

「あ、そーだ。サユキのおとーさんとおかーさん、どっちか仕事終わるの早い方がここに来てくれるって言ってたー」

 仏頂面なわたしのセリフをみごとにぶった切り、アスカはそう教えてくれた。

「そっかそっか。おとーさんかおかーさんが来てくれるなら、それまでアスカここで宿題して一緒に帰った方が安全な気がする」

「あー、なーるほど。だけどお世話になると申し訳ない気もする」

「そんなのだれも一ミリも気にしないよ。アスカ謙虚すぎだって」

 わたしと友達でいてくれてるだけで、何を返しても返しきれない。

 でもそんなことを言ったらアスカは恐縮してしまいそうだ。

 だから言わない。その代わりに。

「……いつもありがとうね」

 アスカをまぶしいものを見るように見て、自然に口角があがる。

 いろんな思いを込めて、『ありがとう』って言うんだ。

 アスカにしてみれば『ありがとう』は話の流れにあんまり沿わないから、首をかしげていた。

「さーさー、宿題だよー、わたしが宿題忘れにならないように、一緒にやろう~!」

 妙に明るい調子でわたしが言うので、アスカは笑いながら、わたしのとアスカのカバンを、寝台に寝ているわたしの方へ持ってきてくれるのだった。

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