ヒーローは孤高である

野黒鍵

第1話 ヒーローの始まり

 転校という言葉からは出会いと別れを思い浮かべることが多い。

 その転校を経験することになった俺は、その出会いを期待している。

 別れを期待する方が少ないと思うが、それでも自身の過去をリセット出来るというのは人によっては魅力的に感じることもあるだろう。

 俺の別れというのは味気ないもので、小学生の転校であれば授業の時間を使ってお別れ会なんてものが開かれるだろうが、高校生にもなると学校でそんな催しは開催されない。そうなれば必然的に放課後や休日に仲の良い者達で集まって自主的にお別れ会を行うことになる。

 俺のお別れ会は開かれることはなかった。

 何故か。友達がいなかったからである。

 前の学校で友達が出来なかったのは、もちろん俺が悪い。俺も友達なんて要らないなんて思っていた訳じゃないが、俺の振る舞いを周りは理解出来なかったのだ。

 価値観の違いってやつだろう。それなら仕方ないと友達を作ることを諦めていたのだ。

 だからこそ、転校という過去をリセットする機会を得て、俺は今度こそ友達が出来るのではと胸を躍らせているのだ。

 たった数分の間、廊下で待っているだけで過去の人生を振り返ってしまったのは、やはり緊張からだろうか。

 人間関係において初対面というのは重要だ。初めての印象が最悪な相手とは近づこうとは中々思えないものだ。

 自己紹介も昨日からずっと考えていた。

 早く呼んでくれないかと教室の中にいる担任に念を送る。こんな生殺しのような状況では身が持たない。

 期待している状態を続けるのは思いの外辛いのだ。期待と同じくらいの不安が生まれてしまうからだ。

 「おい、転入生。入って来い」

そんな俺の念が通じたのか、ようやく担任からお呼びが掛かった。

 一つ大きな息を吐き、意を決し教室の扉を開ける。

 入り口から見えるクラスメート達の視線が恐ろしい。

 そんなのに一々怯えていては教室に入る事すらままならない。視線を担任にだけ向け、クラスメート達の顔が見えないように意識して教壇を上がる。

「あー、じゃあ、転入生。自己紹介しろ」

俺が担任の隣に立つと、担任はぶっきらぼうにそれだけを口にした。

 もういきなり自己紹介か。なんか担任が俺について簡単な説明とかをしてくれることを想定していたので面食らってしまった。

「あ、はい。えっと一心いっしん正義まさよしです。一つの心に、正義せいぎと書いて正義まさよしと読みます。名前の通り、正義を愛する男です。変な時期の転入となりますがよろしくお願いします」

 想定外の流れにバタバタとした自己紹介になってしまったが、準備していた通りの自己紹介が出来た。

 俺の自己紹介を聞いたクラスからは拍手が聞こえて来た。

 さてクラスメート達の反応はいかがなものかと身構えていると、クラスメート達は全員真顔で拍手をしていた。誰も談笑もせず、笑顔見せることも無い。ただ真顔で手を叩いている。

 そんなクラスメート達はシンバルを叩く猿の玩具のように見えた。猿の玩具も自分の意志でシンバルを叩いているのではないという点もクラスメート達が猿の玩具に見えたのだろう。

 クラスメート達は自分の意志ではなく、この場は拍手をする場だという理由だけで叩いている。

 確かに俺も拍手をする時に感情を込めて手を叩いていることの方が少ない。だけども、クラスメート全員が真顔というは一種の恐怖である。

 歓迎でも拒絶でもない。それはただの無関心である。

 「転入生の席は……ああ、そこだな。そこの空いている席がお前の席だ。じゃあこれで朝会は終わりだ」

 そんな光景を見て呆気に取られていると担任が俺の席を告げるだけで告げて、教室を後にしてしまった。

 教壇に立っている訳にもいかないので、そのまま指示された席へと向かう。

 席に向かう途中にいる生徒に「よろしく」と声を掛けられたが、やはりその言葉に感情は感じられなかった。

 俺は間違ってロボットの学校に転校して来てしまったのかと錯覚する程、クラスメートからは人間味を感じられなかった。

 こんな学校に出会いを期待したのは大きな間違いだったと考えを改めさせられた。

 転入生がやって来るというのは、もっと大きなイベントのように感じないのだろうか。中学の頃に転入生がやって来た時は違うクラスの生徒がやって来る程の大騒ぎさったのに、この学校ではただの報告で終わってしまった。

 朝会が終わっても他のクラスはもちろんだが、クラスメート達が俺の席までやって来て質問攻めみたいなイベントも、もちろん起きなかった。

 クラスメート達は筆記用具を持って教室から出て行き始めていた。

 時間割を確認すると次の授業は化学となっていた。

 念の為、隣の席のクラスメートに声を掛けてみる。

 「次は移動教室で良いんだよな?」

「ああ、そうだよ。そうか転入生は知らないのか。化学、生物、物理は全て実験室で授業なんだ」

声を掛けて無機質に返答されたらどうしようと心配していたが、どうやらロボットではないらしい。というより、声を掛けてみると普通の対応に少し安心していた。

「そうだったのか。助かるよ」

「いや、気にするな。俺は隣となり友ゆう介すけだ。お隣さんってことでよろしくな、転入生」

「ああ、よろしく頼む。あと、俺は正義まさよしって呼んでくれ」

「それもそうか。俺は友介で良いからな」

お隣さんが親切で助かった。教室が分からないので、このまま友介に実験室まで案内して貰うことになった。

 廊下に出てみるとクラスメート達も実験室に向かっているので、案内は必要なかったかと思ったが、話せる相手が出来たというのは俺の学校生活も幸先が良い。

 もしかしたら先程の自己紹介の時、友介は真顔じゃなかったかもしれない。視界に映った生徒の表情が真顔だったので呆気に取られてしまったが、全員の顔をちゃんと確認した訳じゃない。

 出会いを期待したのは間違いだと思ったのは訂正する必要があるかもしれないな。

 新しい学校生活に希望が見えて来た。


 「これ、結構ギリギリにならないか? というか特別教室が遠過ぎないか?」

 この学校に着いてから思っていたことを口にする。

 昇降口から俺の配属となったGクラスまでは当然のように遠かった。昇降口が学校中央にあり、そこから向かって右側に生徒が普段授業を受ける教室が配置されている。

 教室はアルファベット順に配置されているため、Gクラスは最も昇降口から遠い位置にある。

 その反対となる昇降口から向かって左側に特別教室が配置されているため、一番近いクラスの往復距離がGクラスの片道距離と等しくなるのだ。

 しかも購買や食堂は昇降口の真上に位置しているため、明らかに中央に近いクラスの方が優遇されているように感じてしまう。

 そのことに文句は無いが不満が出る生徒もいるのではないか。

 正義的には不平等というのは見ていて気持ちが良いものではない。

 こちらを立てればあちらが立たぬ、ということでもあるかもしれないが……。

 そうだ、Gクラスとして数カ月は生活して来た友介に感想を聞いてみよう。友介のことだけじゃなく、クラスメート達の感想も聞けるかもしれない。

 「――Gクラスなんだから当たり前だろ?」

 予想外の事を友介は口にした。

 多少の不満なり、仕方ない事などの諦めの言葉が出て来るとは思っていた。

 Gクラスなのだから当たり前。その言葉をもう一度自分の中で発してみても意味が理解出来なかった。

 俺が聞いた質問は「教室が遠くないか?」という内容である。その問に対して俺が解釈した意味で答えるのなら「アルファベット順だからGクラスが最後になるのは当たり前」というのが正しい。これに関しても質問の意図を理解出来ていないような気がするが、友介がクラスの配置について受け入れているとすれば、まだ納得は出来る。

 だが、「Gクラスだから」というのは理由として意味不明である。しかもそれについて友介は全く疑問を抱いていない。

 友介との会話にはクラスメート達から感じた変な距離感を感じていない。だが、今の答えはそれに近い違和感を覚える。

 「ああ、そうだな」

 様々な疑問は浮かぶが、とりあえずは同意しておこう。今の発言が悪であるのならば同意することは決してないし、敵として戦う必要があるが、そうでなければ否定する必要はない。

 正義やヒーローは好戦的ではない。平和で平等で悪が存在しなければ正義の出番は無いのだから。

 友介と早足で特別教室に向かっていると前を歩いていたクラスメート達に追いついた、いや追い越そうとしていた。

 クラスメート達は何故か立ち止まり、廊下の隅に寄っていた。

 疑問に思いながらも授業が始まりそうだったので、クラスメート達を横目に見ながら歩みを進めようとした。

 だがそれは友介によって阻まれた。

 「おい、ヒーローは遅刻したくないんだ」

 「いいから! お前も端に寄っておけ」

 そう言う友介の顔に表情は無く、真顔で語気荒く俺を止める

 友介の態度に言い知れぬ何かを感じ、気圧されるようにして従った。

 一体何の為にこんなことをしているのかと不審に思っていると、進行方向からこちらに向かって歩いて来る集団が見えて来た。

 それは普通の生徒で上級生ということも無さそうだった。気になって良く目の前を歩く生徒を観察してみると、首元に付いているクラス章に「S」と書かれていた。

 Sクラスの生徒達が目の前を通り過ぎ、クラスメート達も再び特別教室へと向かって歩き出した。

 「おい友介、Sクラスってなんだ? アルファベット順なら一番最初はAじゃないのか?」

「なんでアルファベット順なんだよ。まあS以降はアルファベット順だから一概に間違いとも言えないけど。うちの学校はアルファベット順じゃなくて貢献度順。ランク制みたいなもんだな」

「貢献度?」

 クラス編成において一度も聞いたことがない単語を友介は口にした。

 学力順とかなら聞いたことがあるし理解も出来る。

 スポーツ特化のクラスもあるみたいだし、運動能力順も理解出来る。

 生徒の能力に応じたランク制というは多くは無いが一般的である。

 だが貢献度制とは? 思い返してもやはり一度も聞いたことが無い。

 「貢献度って学校に対してってことか?」

「それ以外にないだろ。なんだ、国に貢献してる順とかってか?」

友介は噴き出して笑った。

 俺は笑えなかった。

 そんな俺の態度を見てか、友介は不思議そうに聞いて来た。

「貢献度制って他ではあんまり無いのか? 小学校から一貫で高校まで上がれる学校だから他の学校事情は良く知らないんだよな」

「少なくとも俺は聞いたことが無い。他のクラスメートも小中高一貫が多いのか?」

「ほとんどがそうだな。というか高校から入って来る方が珍しい。入って来るとしても正義みたいに転入とかが多いんじゃないか? どんな時期でも入れる空きさえあれば転入出来るからな」

 そうなのである。親の転勤が急に決まり、何処の高校も転入は難しいと言われていたが、この高校だけは二つ返事で了承してくれたと親が言っていた。何の問題も無く試験を受けてそのまま転入となったのだ。

 考えてみれば、その時から変わった高校だなとは思っていた。

 「まあ貢献度ってのはそのままの意味で、学力でも芸術でもスポーツでも何でも良いから学校に貢献している生徒から順に配属が決まるって訳で、俺達は最底辺」

 「その貢献っていうのは能力が高ければ良いのか?」

 「正確には違うな。能力が高いだけじゃ駄目だな。必要なのは実績だ。いくら能力がオリンピックに出られるレベルの運動能力を持っていても大会で結果を残せないなら上位のクラスには入れない。学力に関しても授業での成績が良くても模試の結果が悪かったら下位クラス行きって感じだな」

 「なるほど。貢献度制という意味は理解出来た。だが目的が分からないな。これって何の為なんだ?」

「貢献度が学校に対してって言っただろ? だから学校の為だよ。結果を残す生徒が多くなれば学校の評判が上がる。その評判につられて優秀な生徒が集まる。その循環の為って感じだろう」

 友介の説明を受けて感じたのは単純な不快感。生徒を学校の評判を上げる為に利用しているように感じられる。

 それは正義として許せないことのように思える。

 ……だが、少し落ち着いて考えてみる。

 言い方は悪いかもしれないが、広い分野で生徒の能力を評価しているとも考えられる。それが向上心へと繋がって更に生徒達は努力する。

 これはお互いに取って悪い事では無いかもしれない。

 貢献度という単語に不信感を覚えたが、これが能力制とか別の名称だったら気にならないかもしれない。

 それに転入する時に貢献度なんて話しは聞かなかった。もしかしたら生徒間で使っている通称のような物の可能性もある。

 これを悪と断ずるのは行き過ぎた正義かもしれない。正義は間違った使い方をした途端に悪にもなるのだ。

 気持ちが良い物では無いが問題にする程のことでも無いと考えをまとめた。

 授業開始の鐘が鳴ったため、俺達は急いで特別教室へと向かった。

 変わった学校なので変わった授業かと思っていたが普通の授業だった。前の学校より少し進んでいたので、分からない所が多かったなというのが感想だった。

 本日最後の授業も終わり放課後となった。教室の様子を見てみると残って談笑している生徒は一人もおらず、残っている生徒は全員がノートを広げ勉強していた。

 友介はどうしているのだろうと隣の席に視線を移してみるが、いつの間にか帰ったようだった。

 ちょっと友達っぽくなれそうだな、と少し期待していたのだが、何も言わずに帰るとはつれない奴だ。

 ヒーローがいかに素晴らしいかを語って聞かせてやろうと思っていたのに。

 もしかしてそんな気配を感じ取って逃げたか?

 まあそんな疑心暗鬼は置いておくとして、友介が居ないとなると話せる相手がいない。というより、残っているクラスメート達は全員勉強しているのだから話し掛けるなんて友達であったとしても邪魔にしかならない。

 ……大人しく帰るか。


 帰り道を一人歩きながら考える。転入する事で環境が変われば何かが変わるかもしれないと期待していたが、結局は何も変わらなかった。

 友介とは気軽に話せたとは思うが、その位の関係であれば前の学校にも居た。その相手が何を思って俺と会話していたのかは分からないが、少なくとも友達では無かった。学校という社会の時間は共有出来ても、個人の時間を共有はしていなかった。

 あくまで学校でのお付き合い。良くて仲の良いクラスメート。

 考えてみれば仲が良いのに友達なれなかったというのは面識の無い生徒より遠いのかもしれない。

 面識の無い生徒は友達になる可能性はあるが、仲の良いクラスメートはそれ以上発展することが難しい。

 きっと学校で一緒に居るくらいが心地よい関係で、お互いがお互いに相手を利用していたのかもしれない。必要な時だけ一緒に居て欲しいという考えで、そのタイミングがお互いに学校に居る間だけだったのだろう。

 「……腹減ったな」

 考え事をしながら歩いていると腹の虫が鳴いた。

 運動と思考にエネルギーを使い過ぎたか。ダイエットするなら走りながら考え事をすれば二倍痩せるかもしれないぞ、と無意味な事を考えつつ、帰り道にあるコンビニへと向かう。

 買い食いは悪か? と一瞬思ったが、俺が買い食いをする生徒を見て許さないと断ずるかと問われれば否だ。気にせず食べなさいと言うだろう。というか空腹は良くないので、むしろ食べる事を推奨する。

 これは言い訳か? いや、違う。

 自問自答の結果、正義のお許しが出たのでコンビニへ入る事にした。


 パンを買うかおにぎりを買うかを悩んでいると同じ制服を来た生徒が二人コンビニに入って来るのを視界の隅で捉える。駅まで続いている道なので同校の生徒が良く利用する店なのかもしれないなと思いつつ、目の前の問題に意識を戻す。

 パンというよりはアンパン、おにぎりというよりは鮭おにぎりの二択で悩んでいた。甘い物が食べたい気分なのかと聞かれれば違う気がするし、ならば塩っぱい気分かと言われても違う。アンパンか鮭おにぎりという明確に決まった食べ物が食べたいのだ。

 二個買うか? と両方手に持つが夕飯の事を考えるとどちらか一つだけしか食べられないだろう。

 ――決めた、アンパンだ。

 強い決意のもとにアンパンを手に取りレジへと向かう。

 この苦渋の選択に時間を掛け過ぎたのか先程の二人組はカゴ一杯に商品を入れ、既にレジの列に並んでいた。

 友達と帰り道に買い食いか。少し羨ましく思っていると空いた隣のレジに促された。

 「じゃあ会計はよろしくな!」

 「う、うん」

 隣のレジに向かう途中、二人組の一人が肩を軽く殴って笑いながら店を先に後にした。

 今日の出来事があったからか、無意識にクラス章に目が行っていた。

 ――Fクラスか。

 もしかしてSクラスの生徒かと思ったが、そうではなかった。

 肩を殴るという行為が正義レーダーに反応したが、仲の良い二人の悪ふざけだろう。俺もやったことはないが見たことはある。

 何でも正義フィルターで見てしまうのが友達の出来ない原因なんだろうなと一人反省しつつレジにアンパンを置く。

 ただふと気になって残された生徒のクラス章を見てみた。

 こちらはGクラス。どうやらクラスメートらしい。

 友介以外のクラスメートは個人個人に対して印象が無いからか気付かなった。

 あんなに機械的な優しい歓迎をしたクラスメートとは思えない人間味のある交友関係を見せられ、少し傷付いた。

 普段から距離を取っているのではなく、他所から来た人間に対しては冷たいのかもしれない。

 友介も言っていたが、転入した高校は小中高一貫の高校なので小学生から一緒の生徒とは仲が良いに決まっている。

 直感的に距離を感じた朝だったが、それは当たり前だったのだ。機械的とかじゃなくて、単純に出来上がった輪に入れないと感じただけなんだろう。

 初日からげんなりして来た。

 転校は二度目だが、一度目の転校は中学の頃でクラスメート達も物珍しさか、声を掛けて来ることも多かった。

 だが、今度は高校で中学生よりは落ち着いて来た頃で騒ぐこともないのだろう。

 しかも小中高一貫の高校だから新しい玩具というよりは異分子のように見えるのだろう。

 別種の孤独がこれから待っているようで憂鬱な気持ちになって来た。

 「百八円になります」

 店員の声で我に返り、慌てて財布から丁度のお金を出してコンビニから出た。

 目の前には先程の二人組が会話をしていた。見ていても胸が苦しくなるのでゴミ箱の隣へと移動する。

 歩き食いは正義には反さないが行儀が悪い。ヒーローは素行良くあるべきなのだ。

 袋から三分の一程出してかぶりつく。柔らかい触感にパンの甘い香りが鼻を抜ける。そして少し遅れこしあんの甘みが舌を包む。

 この幸福感。やはりアンパンを選んで正解だった。甘い物を食べると幸せな気持ちになるのはなんでだろう。

 悲しい気持ちをアンパンが包み癒してくれているようだ。パンに包まれ、あんこの上で眠る。

 ――俺は幸せだ。

 「じゃあ貰ってくわ。ありがたく思えよ」

 「うん……」

 そんな幸福感を壊すような会話が聞こえて来た。Fクラスの生徒が購入した商品を全て持って行こうとしていた。

 しかも奢って貰った方が感謝しろと言っている。しかもクラスメートは笑っているが、何処かぎこちない。

 これは正義レーダーが正しく反応していると見える。

 かつあげならば止めなくてはならないと思い、食べかけのアンパンを袋に戻し二人に近付くが、Fクラスの生徒はさっさと行ってしまった。

 追いかけようかと思ったが、ある考えが浮かんだ。

 かつあげではなく、賭け事の可能性は無いか? それなら勝った方が偉そうなのは変ではないし、浮かない表情をしたクラスメートにも納得がいく。ここで変に俺が入る事によって二人の交友関係にヒビが入ってしまうかもしれない。

 友達の居ない俺には二人の関係を直ぐには判断出来ない。

 ――正義は振りかざすものじゃない。

 昔、唯一友達と呼べるであろう人に言われた言葉が頭を過る。行き過ぎた正義にならないかと俺の行動を止める。

 そう考えている内にFクラスの生徒は何処かへ行ってしまった。

 クラスメートはその場に残って居たので声を掛けてみよう。もし状況を聞くなら被害者だけに話しを聞く方が良い。

 そう思ってトラウマを振り払ってクラスメートに接触する。

 「今のかつあげか?」

 「え?」

 直接的過ぎる問いにクラスメートは困惑の表情を浮かべていた。コミュニケーション不足の弊害が出てしまったが、ここまで来たら後には引き返せない。

 「さっきから見てたんだけど、買った商品全部持って行かれたんだろ?」

 「あ、えっと……。ああ、なんだ転校生か」

 クラスメートは困ったように動揺していたが、クラス章を見て更に話し掛けて来たのが俺だと分かると安心したように溜め息を吐いた。

 「いや違うよ。かつあげとか、そういうんじゃないよ」

 苦笑いを浮かべながらクラスメートは答える。イジメの被害者的な心理が働いて隠そうとしているのか?

 「なんだ。なら賭け事とかか?」

 そう笑って逃げ道を提示する。誤魔化すなら俺の逃げ道に乗って来るはずだ。

 だがクラスメートは苦笑いを浮かべたまま何を言っているんだという口調で答える。

 「上位の生徒と賭け事なんてする訳無いだろ? ルールだよ、ルール」

 「は? ルール?」

 「そうだよ。これも学校のルール。まあ転校生は詳しく聞いてないのか、Gクラスだしな」

 「奢るのが学校のルール? いやいや、そんなルール無いだろう。ええ、じゃあなんだ。イジメとかじゃなくてルールだから奢っただけってことか?」

 「そうだよ」

 クラスメートはルールだから当然だと呆れながら答えた。奢るのが学校ルール、つまり校則ということだろうか。そんな訳がない。となると考えられるのは曲解か定められている事が違う場合である。

 例えば校則に「困っている人は助けなければならない」と定められていたとして、お腹が減って困っていると言われれば奢ってあげなければならないとなるだろう。これは極端な例だが、「奢らなければならない」とルールにあるよりは納得出来る。

 ふと廊下での出来事を思い出した。Sクラスの生徒達が廊下を通る時にGクラスは隅に避けていたのはルールに関連するのではないか?

 「もしかしてGクラスだからか?」

 「ああ、そういうことは知ってるのか? そうそう、俺達がGクラスだから仕方ないんだよ。嫌なら上位に上がれって話しだからな」

 少しルールが見えて来たかもしれない。クラスがSから始まっていること、今日見た出来事から学校が順位によるカーストを設けている可能性がある。

 それ自体には問題は無い。だが、そのカーストによって下位の生徒が嫌な思いをしているのは許されないことだ。

 心の中にある正義の炎が燃え上がって来るのを感じる。それと同時にブレーキが働く。

 本当にそんなカーストが存在するのか? ルールを曲解して悪用する生徒が一部存在するだけで学校は認知していない可能性もある。

 行き過ぎた正義にならないように冷たい俺自身が正義の炎に水を掛ける。

 正義の心は間違いではないが、誤ってはいけない。しっかりと悪を見極める必要があり、今の情報だけでは不十分だ。

 今は悲しげなクラスメートを慰めよと熱い俺と冷たい俺が言っている。

 悪を倒すのも大事だが弱気を助けるのもヒーローの仕事だ。

 「まあ半分食えよ」

 食べかけのアンパンを袋の中で二つに分け、口を付けている方を手に取り、残った綺麗な半分を袋ごと渡す。

 「……ありがとう」

 クラスメートは一瞬戸惑いの表情を浮かべたが、小さく笑ってアンパンを受け取った。

 「アンパンも意外にいけるな」

 「だろう?」

 それだけ口にして黙々と二人でアンパンを食べた。

 友達ではないがクラスメートと買い食いをするという人生で初めての経験をした転校初日だった。

 教室には昨日のクラスメートが確かにいた。廊下側の一番前という出入りする際には必ず目にするクラスメートの顔を覚えていなかった。

 クラスメート達が距離を取っていた訳でなく、俺自身が距離を取っていたのか。ここに居る生徒達とはどうせ友達にはなれないのだと諦めていたからクラスメートの態度を素直に受け入れられなかったかもしれない。

 アンパンのクラスメートは俺が登校して来たのに気付き、

「よ、おはよう」

と軽く挨拶をして来た。それに合わせて近くの席のクラスメート達も同じように挨拶をして来た。

 それに答えて自席に向かう途中に居る生徒全員に挨拶をされた。

 これが輪に入れないようにする生徒の取る行動だろうか。いや、俺が考えていたこととは違い、純粋に俺という転入生を歓迎してくれているように感じて来た。

 席に着いてアンパンのクラスメートに視線をやると、楽しそうに近くの席の生徒と談笑していた。

 イジメられている生徒はあんなに明るく笑えないはず。もしかしたらイジメの加害者が他クラスだから、という可能性も捨て切れないが、昨日と今日の態度を見るに、それは無いように思う。イジメの被害者は何処かで加害者の影に怯え、卑屈になって行くことが多いからだ。

 それにイジメというのは本人だけでなく周りを巻き込むことが多い。だから助ける気が無い生徒はイジメの被害者とは進んで交友を持つことは少ない。イジメの対象が自分に向かいないとも限らないからだ。

 その視点から見ても、やはりアンパンのクラスメートはイジメられていないと判断出来るだろう。

 だが、それでも奢ることを「ルールだから」と言っていたのは気になる。

 それにSクラスの生徒の為に廊下の隅に寄っていたこと。これも「ルール」だと言っていた。

 俺が転入する際に説明された内容には、そんな校則やルールは無かった。

 そもそも俺は校則の全て把握している訳ではない。ならばまずは校則を確認することから始めるべきだろう。

 生徒手帳を開き、校則の内容を確認しようとした時、朝会前の予鈴が鳴った。

 もうそんな時間だったかと思いながら隣の席に目をやった。友介はまだ登校していなかった。

 友介は悪を崇拝する悪者だから、普段から遅刻等しているのだろう。いや、決めつけは良くない。

 体長不良などの正当な理由による遅刻や欠席だった場合、俺の正義が疑われてしまう。

 そう考えを改めたと同時に、友介は教室へと入って来た。

 ――危ないところだった。

 友介が登校してから考えを改めたのでは、ただの言い訳になってしまう。間一髪のところで俺の正義は守られた。

 友介は自席に向かう途中の生徒全員と挨拶をしていた。

 それは俺の時と全く変わらない対応で、やっぱり俺自身が壁を作っていたのだなと考えを改めさせられた。

 「よう、いやあ危ない危ない。遅刻ギリギリだったわ」

 席に着くなり友介は俺に声を掛けて来た。

 自省していたので視線を向けるまでは、友介の異変に気付かなかった。

 制服が土で汚れ、顔にも小さい傷が出来ていた。

 頭の血がスッと引き、思考は正義モードに切り替わっていた。

 「夜更かしでもして寝坊したか? まるで転んだみたいだな」

 こちらから逃げ道を提示する。勿論、本当に遅刻して転んだ可能性も無くは無いが、十中八九有り得ない。

 転んだのなら汚れは正面に付くか、後ろだけに付くだろう。だが友介は両方に土の汚れが付いている。倒れた時に転がらない限り、こんな汚れは付かない。

 それなのに手に怪我は無く、顔にだけ傷が付いている。これが本当に転んだのだとしたら、手を付かず体を転がすことで受け身を取った以外には少なくとも俺は考えられない。

 もしそれ以外のことで付いた汚れならば友介本人の口から語られるだろう。

 そう思いながら友介の返事を待った。

 「……そう、寝坊して慌てて登校したら転んだ。まさか高校生にもなってすっ転ぶとは思わなかったよ」

 「気を付けろよ? 顔も怪我してるし、後で保健室行って来いよ。ギリギリになったってことは走って来たんだな? 体力あるな」

 「まあ運動には自信があるからな。とは言ってもGクラスの実力だけどな」

 そう言って友介は力なく笑った。

 俺の中ではほぼ決定した。友介はイジメを受けている。

 返答と答える友介が俺を見ていないことから判断出来る。

 ただ、一つの考えが浮かんでいた。

 ――俺には誤魔化したが、もしやこれも「ルール」なのではないか。

 友介は俺がルールの存在を知らないと思い、茶を濁したのかもしれない。

 なので少し探りを入れることにした。

 「なあ、本当は遅刻しそうになったのってルールだろ? 実は昨日聞いたんだよ」

 友介は一瞬目を大きく開き、小さく溜め息を吐いた。

 「なんだ、知ってたのか。そうルールだよ。いつもって訳じゃないんだが、運悪くって言うと語弊があるけどFクラスの生徒と廊下ですれ違ってな。それでって感じだよ」

 傷が気になるのか指で触りながら痛そうに顔を歪めていた。

 「そうか。それはその、なんだ。災難だったな」

 どう声を掛けていいのか分からず無難なことしか言えなかった。

 ここでも出て来たルールの存在。

 今、俺が聞いた情報から推測出来るのはGクラスの隷属化である。

 道を開け、物を奢り、殴られても文句を言えないのは、まさに奴隷のようだった。いや、奴隷なのかもしれない。

 学校内のランクが本当のカーストのように機能している。

 それが事実ならば許されざることだ。校則を確認する必要があるな。


 生徒手帳を閉じ、溜息をこぼす。

 休み時間に確認した結果、そんな校則は無かった。

 それに友介の言っていた貢献度という言葉も校則には書かれていなかった。

 クラス編成は年に三度実施し、学力、芸術、運動の観点から評価を行う。その結果を以てクラスの配属を決定する。

 校則にはそう書かれていた。

 やはり生徒達の間で呼ばれている俗称が貢献度なのだろう。

 そうなるとルールというのも学校が設けた制度ではなく、生徒達の間で浸透している暗黙の了解と考える方が自然だ。

 他に気になる校則は素行の悪い生徒は退学に処すと書かれていたことだろうか。

 普通は退学の他に停学について定められているものだが、それは一切記載されていなかった。しかも罰則についても、退学についての記述一つだけである。

 基本的には咎めないが、悪い事したら一発で退学ということだ。

 その判定が明確に記載されていないため、何をしたら退学になるか分からない。

 そこは生徒達の良識に任せるということなのだろうか。

 今までの情報を整理した時に気になったのはクラス編成の際の評価を貢献度と俗称で呼んでいるにも関わらず、ルールに該当しそうな校則が存在しないことだった。

 ルールは生徒達だけで生み出したものなのだろうか……。

 「おーい、ヒーローさん。次は特別教室での授業ですよー」

 腕を組み、目を瞑っていて気付かなかったが、クラスメート達は特別教室への移動を始めていた。

 そうか、二限は化学だったか。そう言えば昨日の授業で明日は実験を行うと先生が言っていた。

 ただでさえ遠いのだから初動で遅れたら授業開始に間に合わなくなってしまう。

 慌ててノートと教科書を手に取り廊下で待つ友介のもとへ向かった。


 廊下を歩き特別教室へ向かう途中、昨日と同じくクラスメート達が廊下の隅へと寄り始めた。

 Sクラスの生徒が向かってくるのかと思い、廊下の先へ視線を向けると見覚えのない生徒も廊下の隅に寄っていた。

 目を凝らしてクラス章を確認するとEクラスの生徒達だった。そして廊下の中央を歩いて来たのはBクラスの生徒達だった。

 この光景を見て先程の仮説が間違いであると判断した。

 Gクラスを奴隷だから道を譲っていたのではなく、下位クラスが上位クラスに道を譲っていたのだ。

 最下位のクラスを人間として見ていない、といったことではなく単純にランクが上の生徒を優先しているだけのようだ。だけ、ということでもないが、少なくともクラスのランクによって差別をしている訳ではなさそうだ。

 それならまだ許せないと憤ることもない。優遇されたいのなら努力して上位のクラスに上がれば良いのだから。

 学校が最上位のクラスをSと定めたことによって生徒達の間で上位クラスを優遇するという暗黙の了解が出来上がったのかもしれない。

 それに関して正義的に悪かどうかを判断することはない。生徒達が自主的に行っているルールならば、この学校に通う生徒として守るべきだろう。

 「これもルールってことだな?」

 「そう。これもルール」

 静かに頷く友介を見ながら自分の中でルールというものに対する考えが整理され、廊下の隅に立つことも納得出来た。

  ただ気になることはまだ残っている。

 昨日のアンパンのクラスメートと友介のことだ。二人とも上位のクラスにイジメまがいの被害を受けているのにも関わらず、それをルール内のことと認識していた。確かに上位クラスを優遇しているのかもしれないが、それは歪んだルールの使い方だ。

 この裏ルールとも呼べるルールは間違いなく悪である。優遇されるからと言って何をしても良い訳じゃない。

 上下関係を学校が設けているから生徒達の心もそれに合わせて歪んでしまったのかもしれない。

 そんな裏ルールを利用している悪を俺は許せない。放課後に友介の後をつけ、犯人を見付けて止めさせよう。

 学校が終わり放課後になるやいなや友介は教室を慌てて後にした。

 もしかしたら朝しかイジメが行われていないとすると、犯人探しは困難となるが友介の様子を見るに放課後も犯人に呼び出されている可能性が高い。または犯人に見つかることを恐れて逃げるように帰路に就いた可能性もある。

 後者であれば明日の朝から友介の家の付近で待ち伏せして後を付ければいい。

 ストーカーみたいだなと少し思うが、正義の為の追跡なのだと俺自身を納得させた。

 見失わないように、そして友介に気付かれないように後を付ける。

 だがそんな心配は必要無いようで友介は後ろを一度も振り返らずに歩いて行く。

 駅に向かう大通りから直ぐに横道に外れ、更に細い路地へと進んで行く。

 先に進むにつれて人通りも減って来ていた。

 友介がこの近辺に住んでいるならまだしも、そうでないのなら間違いなく人気の少ない場所に呼び出されているだろう。

 まだ夕日が落ちるには早い時間なのに辺りは建物の影で暗く、人気の少なさも相まって不気味さを増して来ていた。

 無意識の内に強く握っていた両手が汗をかいている。

 ――俺はヒーローだ、ヒーローに怖いものなんてない。

 そう自己暗示をかけながら友介の後について行く。

 また友介が路地の角を曲がった。

 見失わないように早足で後を追おうとした時、女生徒の声が聞こえて来た。

 「ねえ、ちゃんと一人で来たよね?」

 「ああ……」

 「まあ一緒に来るお人好しなんて居る訳ないか」

 友介を呼び出したのはこの声の主のようだ。

 盗み聞きになるが、これは正義の為だからと聞き耳を立てる。

 「今朝は授業が始まっちゃうからって直ぐに戻っちゃったからね。あんなんじゃ全然物足りなーい」

 何を欲しているのか分からなければドキドキしそうな発言だが、犯人の女生徒は殴り足りないと言っているのだ。

 友介をここ呼び出した理由は今朝の続きをするためで間違いないようだ。

 それなら友介も逆らえばいいのにと思うが、この学校に根付くルールによる縛りは小中高一貫だった生徒には抗えない絶対的な物のように感じているのかもしれない。それにイジメの被害者は理解していても行動に移せないことも多い。

 ――だからこその俺だ。

 弱きを助け、強きを挫く。あの女生徒が強き者かどうかは不明だが、自分の強い立場を利用しているのは事実。

 それに転入生である俺にしか出来ないことのようにも感じるのだ。

 輪に入れないことに寂しさを感じない訳じゃないが、輪の外から見れるからこそ分かることもある。

 こんなルールは間違っている!


 女生徒が友介を殴ろうとして振り上げた手を掴む。

 「え、なに?」

 女生徒はまさか誰かが止めに入るとは思っていなかったのだろう。慌てて手を振り払い、俺から距離を取った。

 マズイ所を見られたと思ったのか、女生徒は顔を引きつらせて俺に捕まれた右手を擦っていた。

 だが俺のクラス章を見たのか片方の口角だけを上げて不気味な笑顔を浮かべていた。

 「上の生徒に見付かったと思って焦ったわ。あんたもGじゃない。緊張して損した。何? あんたもこいつと一緒に殴られたいの?」

 「それなら止めたりしないだろ。ヒーローがお前を止めに来たんだよ」

 俺の言葉を聞いて女生徒は一瞬、目を大きく開いた。そして手を叩いて笑い始めた。

 「はあ? ヒーローとかウケるんですけど。何、正義の味方ってやつ?」

 「その通り。俺は正義の味方で、お前は悪だ」

 女生徒を指さして悪だと宣言する。

 「お、おい。正義、何してんだ。ルールについて聞いたんだろ? 俺は良いからお前はどっかいけ」

 俺の登場に固まっていた友介が我に返り、慌てて声を掛けて来た。

 「聞いたって言っても部分的だがな。上位クラスを生徒達の間で優遇してるんだろ? それはまあ良しとしても、こいつのようにルールを悪用する奴は許せん。こいつの行いは間違いなく悪だ!」

 女生徒を指さしつつ友介を横目に見て答える。

 だが、俺の言葉聞き女生徒はお腹を抱えて笑い出した。

 「何言ってんの? ルールを悪用してるんじゃなくて、これが正しいルールなの。そんなことも知らないって……ああ、あんた最近来た転入生か」

 「何……?」

 「そうかそうか。じゃあ特別にあたしが教えてあげる。あんたが言うように上位クラスを優先するっていうルールは間違ってないわ。だけどね、生徒達の間でってのは大間違い。このルールは学校が決めたのよ」

 「嘘を吐くな。俺は生徒手帳で校則を全て確認したが、そんなことは書かれていなかったぞ!」

 「あんたヒーローとか言ってる通り馬鹿真面目なのね。生徒手帳に書く訳ないじゃない。生徒の誰かが落として外部の人間に拾われたら問題になるんだから」

 「それなら学校が決めたルールにはならないじゃないか」

 「ああ、もううるさいなあ。話は最後まで聞きなさいよ。一応、ルールの一部は生徒手帳にも書かれているのよ。罰則の所」

 俺も罰則については気になっていた。処罰が退学のみで明確な基準が書かれていない。

 「そうね、今日のあたしの行動を担任でも校長でも誰でも良いから教師にチクってみるといいわ。それで退学になるのはあんたよ」

 「は?」

 イジメを報告した人間が退学になる。そんな嘘で俺を騙そうっていうのか?

 「信じられないって顔ね。ならそこのお友達に聞いてみなさいよ」

 腕を組み鼻で笑いながら顎で友介のことをさした。

 「おい、友介。そんなのデタラメだよな? そんなことを学校がする訳ないだろ?」

 女生徒の態度に不安を覚え、すがるような気持ちで友介に問いかける。

 そんな俺の希望を打ち砕くように、ゆっくりと首を横に振った。

 「彼女の言うことは本当だ。俺達Gクラスの生徒とFクラスである彼女を比較した場合、学校に貢献しているのはFクラスである彼女だ。そうなれば罰則を受けるのは下位クラスの俺達だ」

 「そんな馬鹿な……」

 「頭堅いわね。学校にとって役に立つ方を守るってだけよ? 守られたければ学校に貢献しろっていう単純なルール。あんた廊下で上位クラスの生徒の為に道を譲ったことあるわよね? あれは生徒達が進んでやっている行動じゃなくて、防衛としてやっているのよ。上位クラスの生徒が下位クラスの生徒を気に入らないって一声教師に言えば即退学なんだから」

 「そんなの横暴だろ! 許される訳ない」

 「許さないって誰が? 世間? 学校なんて隔離された社会で世間が介入出来る訳ないじゃない」

 「そ、それでも退学になった生徒が誰かに告発でもしたら学校だってただじゃ済まないだろ」

 「うちの学校は超一流大学に行ったり、プロスポーツ選手なる生徒がゴロゴロいるのよ? そんな上位クラスの生徒が退学になる訳ないし、退学になった底辺の生徒の話しを誰が信じるのかしら? 言っておくけど、うちの学校の評判はメッチャいいのよ? Sクラスのおかげでね。つまり学校に貢献さえしていれば好き勝手しても許されるってことよ。生徒が貢献して学校の評判が上がれば入学希望者を増えるし、優秀な生徒も集まって来るって訳。底辺なんて退学にしても評判の良さから転入希望者なんて無限に湧いて来るからね。あんたもその口だと思ったけど違うんだ」

 「俺はただ親の都合で転校しなくちゃいけなくなっただけで、こんな変な時期に転入出来たのがこの高校だっただけだ」

 「じゃああんたの前の誰かが退学になったばっかりだったのね。一応定員があるから何時でも転入可能って訳じゃないし」

 「じゃあ本当にお前の行動を学校が許しているってのか?」

 「だからそうだって言ってるでしょ? 信じられないなら教師にチクりなさいってば」

女生徒はしつこいなあと文句を言いつつ面倒臭そうに手を振って不機嫌さをあらわにしていた。

 「特別講義はもうおしまい。授業料としてあんたも殴らせてもらうから」

「そんなことを許す訳ないだろ?」

「話し聞いてた? あたしがあんたをウザいって教師にチクれば、あんたは退学になるのよ?」

「それならお前をぶっとばして友介を助け、退学になった方がマシだ」

 静かに息を吐き、拳を作って構える。ケンカは得意じゃないし、女の子を殴るというのは気が引けるがこれも正義の為だ。

 出来れば言葉で説得したかったのだが、それも無理そうだ。

 「へえー? 威勢がいいじゃない。そういうの嫌いじゃないわ」

 腰に手を当てて挑発するような目線をこちらに向けた。

 「なんだ、お前もヒーロー好きか? それに免じて友介に謝れば俺はお前を殴らないでおいてやる」

「あははは! ちょーウケる。優しくて涙が出そう」

女生徒は大声で笑いながら手を叩いて騒いでいる。

 「まあ、あんたみたいな奴が出て来ることも可能性としては考えてあるのよね……」

そして何処かに目配せをしたかと思うと、いきなり誰かによって羽交い締めにされてしまった。

 暴れて振り払おうとするが、もう何人か現れ俺の両手両足は抑えられてしまい、全く身動きが出来なくなってしまった。

 「仲間がいたのか。まあいいぜ、好き殴れよ。その代わり友介は見逃してやれよ」

「……あんた状況分かってる? というかそいつらは仲間じゃないわよ、奴隷よ奴隷。あたしっていうよりはあんたのお仲間」

 何を言っているんだと思いつつ、唯一動かせる首を使って俺を抑える生徒を確認する。

 首元のクラス章には「G」と書かれていた。

 「お、おい! お前達、クラスメートじゃねえか! 何してんだよ!」

 「……」

 俺の言葉には答えず、目も合わせず黙って下を向いて小さく震えていた。

 そうか、クラスメート達も女生徒には逆らえないのか。

 「そうか。いや、気にするな。全てはあいつが悪い」

 顔を上げ、歪んだ笑顔を浮かべる女生徒を睨みつける。

 「優しいのね、ヒーローさん。じゃあそろそろ時間よ」

そう言って女生徒はゆっくりとこちらに近付いて来た。そしてニヤリと笑顔浮かべ手を振り上げる。殴られると思い目を瞑る。

 だが、殴られた音が聞こえても痛みはやって来なかった。目を開けて女生徒を見ると、殴られたのは友介の方だった。

 「おい! 俺を殴れって言っただろ!」

 女生徒に向かって怒鳴り声を上げる。

 「誰が聞いてあげるって言ったのよ。あんたみたいな正義感の強い奴は自分が殴られるより周りが殴られる方が辛いでしょ? あんたはそこで何も出来ず友達が殴られるのを黙って見てなさい」

 女生徒はそう言うと殴られて倒れている友介の背中を思い切り踏みつけた。

 「あはははははは! 踏み心地の良いゴミね!」

 高笑いをしながら何度も何度も友介を踏みつける。

 それを友介は黙って耐えていた。

 「くそ、お前達! とっとと離せ! 友介を見捨てるのか?」

 「……」

 俺を抑えるクラスメートに抗議するが、黙って力一杯に俺を抑え続けていた。クラスメート達も耐えているのだろう。

 そんなクラスメートを俺は非難しない。だが、邪魔だ!

 「くそ、離せってんだよ!」

 俺も力一杯体を揺すって抜け出そうとするが、男子生徒五人に抑えられては抗えない。

 「いい? そいつを逃がしたらあんた達全員退学にしてやるからね?」

 女生徒にそう言われ、俺を抑えるクラスメートも必死になっていた。

 「チクショウがああああああ!」

 俺に力が無いばかりに弱気を救えない。こんな俺はヒーロー失格だ……。

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