正夢を見る能力を持っていても流石にこれは行きすぎじゃないだろうか

柊らみ子

正夢を見る能力を持っていても流石にこれは行きすぎじゃないだろうか

 


 朝、目が覚めたら。

 目の前に、ゲームの中に出てくるスライムみたいなぽよんぽよんがわんさか集まってこっちを見ていた。

 青いのとか、赤いのとか。緑色のどうも毒々しそうなやつとかまで、色々といらっしゃる。見た目はぷるぷる、ゼリーみたいに見えるが一応目と口みたいなのもついているし、これはやっぱりアレだ、RPGとかで出てくる王道のザコ敵、スライムだろうとあたしは結論を出した。

 ちなみに、そんなぷるぷるがいきなり現代にいらっしゃるわけもなく。

 目に映るのは、色とりどりのスライムさん達に加え、これまたゲームのフィールド的な、穏やかな草原だ。道も舗装などされているわけがなく、土を踏んで固めたような簡易的なものである。

 つまりこれは。

 今流行り(?)の、異世界トリップ、というやつではないだろうか。

 いや。

 ……うん。

 馬鹿馬鹿しい考えだって事は、もちろんどこまでだって思ってるけど。

 でも、本当は。

 こーなる事は、ほとんど分かりきっていて、目の前にいるぷるぷるがスライムなのも知っていた。ただ流石に、信じたくはなかっただけで。

「……いやー、流石に無いわー……」

 まるで、田舎の田園風景を思わせるのほほんとした大自然の中に呆然と立ち尽くしたまま。

 あたしはぽつりと呟いた。


■□■□■


 あたしは、見る夢が全て現実のものとなる――正夢を見る能力を持っている。

 嘘みたいな話だが、これが誓って本当なのだからしょうがない。

 必ず本当になってしまうからか、あたしはほとんど夢を見ない。多分、覚えていないのではなく、本当に見ないのだと思っている。

 だが、その能力は必ずしもあたしにプラスになるとは限らない。そもそも、夢をコントロールなんて出来ないのだから、いつどこでどんな夢を見るかは決められないわけだ。だから、あたしに分かるのは夢を見た日に必ず、夢の内容と同じ事が起きる、というその事実だけである。

 今のところ、それで得した事と言えば、せいぜいテストの内容が先に分かったとか、五百円玉を拾うとか、そんな些細な事だった。逆に、損をした事ももちろんあるが、それだって同じようなレベルのもんである。

 だから、珍しい事は珍しいけれど、そこまで気にする事も無い能力だと思っていたのである。

 ――今までは。

 異世界トリップ。

 流石に、そこまで現実になるとは思わなかった。

 つまり、今日見た夢の内容が『草原でぽよんぽよんでぷるぷるのゲームキャラみたいなモンスターに襲われる』だったわけなのだ。起きる瞬間、目を開けるその瞬間まで、これは無いなと身体より先に起きていたらしい頭の中で考えた覚えだってある。

 だが、現実は、夢の通りになった。

 あたしの目の前には、やたらとぷるぷる感を見せ付けてくるキャラクターチックなモンスターがいらっしゃるわけで。

 はぁ、と何だかどっと疲れを感じながら、あたしはそのぷるぷる達と対峙した。



 こいつらの攻撃方法は、夢で知っている。

 ついでに、弱点だって知っている。

 だって、夢の中ではあたしはこのぷるぷる達を燃やし尽くしていたからだ。

 あたしは、すぅっと深呼吸するように深く息を吸い、夢の中のあたしがしていたように右手の人差し指と中指を立て、空中に文字を書くような仕草をする。指の軌跡をなぞるように光の筋が舞い模様を浮かび上がらせた。その模様を起点に、あたしの前にいくつもの幾何学模様を展開させながら、光の輪は大きく広がっていく。

 簡単に言ってしまうと、魔法陣だ。あたしは出現させた大きな魔法陣に向かって右手を突き出し、夢で聞いた通りの言葉を放つ。

「ナパーム・フレア!」

 瞬間。

 魔法陣から、膨大な光が迸る。光の中から幾筋もの炎が圧倒的な熱量を備えてぷるぷる達に炸裂し、焼き尽くす。

 ただ、それだけだ。

 あたしは、ここまでしか夢で見ていない。

 炎はやがて、燃やす対象を失い、急速に消えていく。魔法ってやつでつけた炎だからだろうか、煙はおろか、消えてしまえばここで火が燃えていたなどという痕跡も残らなかった。

 それで。

 一度言ったが、あたしはここまでしか夢を見ていない。今までは現実世界で起こりうる些細な事ばかりだった。だから、気にした事が無かった。

 だけど。

 今回は、訳が違う。

 夢の内容が終わっても、あたしはいっこうに現代に戻れる気配は無かった。

 穏やかな小道で、年頃の乙女が一人ぼっち。

 しかも、寝起きそのままのパジャマ姿で。

 じんわりと、嫌な予感が背中を駆け上る。

 ふつー、二次元の世界でこーゆー展開になった場合。

 大体は、元の世界に戻る為に方法を探すとか、何らかの目的があって異世界側から呼び出され、その目的を果たして元の世界に帰るとか、そもそも元の世界で死亡したから異世界で転生しました、とかそういうのがセオリーだ……と、思う、多分。

 あたしの、場合は?

 あたしは一体、どのパターンに当てはまるんだろう。

 一番考えられるのは、最初のパターンだ。このままここでじっとしていても現代に戻れないんだとするなら、元の世界に戻る方法を探すしかない。

 二番目の、何らかの目的があって召喚パターンは、当てはまらない気がした。それなら呼び出した相手がいるとか迎えに来るとかしそうなもんだし、今のところ残念ながらそんな人の気配は微塵も感じられない。

 でもって、三番目は、一番考えたくないパターンである。まだ、現代で死んだとかって可能性は頭の中から追い出しておきたい。それに、目が覚めてすぐこの世界へ飛ばされたのだから、あたしがいたのは自室のベッドの中だろう。そこで死んでるってのは流石に無いと思いたい。

 あー、でも。

 このテの話って、神様が間違って殺しちゃったとか、そういうのも、あるよね……。

「……あああああ、止めた止めた!」

 わざとに声に出し、ぐるぐる変な方向へと飛び始めた思考をシャットダウンする。

 もう、こんなところでうだうだ考えててもしょうがない。スライムみたいなぷるぷる以外に生き物が存在するのか、異世界トリップなら異世界トリップらしく、都合よく言葉の通じる相手がいるのかどうか、そういうのを探した方がずっと有意義だ。

 そう、言い聞かせて。

 あたしは、細い道の先を見据えた。

 この先に、何があるのかは分からない。

 それでも。

 ここで、立ち止まっているよりは良いだろう。とにかく、先に進まなければ、何も始まらないのだから。

 何だかよく分からないけど、チートっぽい魔法の力もある事だし!

 何とか――なる、よね?

 大きな不安と、ほんの少しの期待を持って。

 あたしは、異世界での一歩を踏み出したのだった。

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