第79話ガードルートの休日1~レッドストーンへ~

 エルリックからの指示を受けたガードルートは、代読する予定の手紙を持参してレッドストーンへ急ぐ。

 何しろ移動手段は馬での移動だ。飛竜便ならば半日の距離だが、運悪く全便が飛び立った後だったのである。


 「陛下からお借りした早馬に【駿馬の蹄鉄】と【天駆の翼】を装備しても半分の速度しか出ないからな。休憩時間を考えて明日の夕方か......ギリギリだな」



 【駿馬の蹄鉄しゅんめのていてつ】「レアリティ Rレア」

 騏驎も老いては駑馬に劣ると言うが、装着すれば馬の体力や能力に関係無く名馬を凌駕する能力を手に入れる。一日1000里を楽に踏破する体力と耐久力を手に入れた馬は、荒れた道や斜面も平気で走り続けるだろう。


 【天駆の翼てんくのつばさ】「レアリティ HRハイレア」

 蹄鉄に風の魔力を発生させる特殊な魔力を秘めた鞍。天馬の記憶を宿す手綱とセットになっているこの鞍には、恐怖心を和らげる鎮静の魔石が付けられている。

 魔物と出会っても恐怖に我を忘れず、騎乗者への忠誠と配慮を約束する逸品。

 高位の錬金術士や細工師が協力して作り上げたオーダメイド品な為、魔力文字でエルリックと名前が刻まれている。


 

 ガードルート自身が更に風属性の魔力で結界を作り出しており、空気抵抗を極限まで減らしている。馬が100km近い猛烈な速度で空を走り続ける光景は、旅人や商人からすれば憧れである。

 外敵に襲われるリスクの軽減、輸送する商品の鮮度の問題等、沢山のメリットを秘めているこの魔道具は有名なのである。

 空輸を生業とする業者なら必ず所持している高級品であり、使用者の用途に合わせて専用に改造可能。エルリックが注文したのは、攻撃魔法の同時展開まで可能とする実践向け仕様だった。


 「ふむ、素晴らしいな。これならば予想していた時間よりも早く到着するやもしれんぞ」


 鬣を撫でながら回復魔法と強化魔法を馬に使用するガードルートは、馬上戦の基本を思い出す様に構えてはイメージを繰り返す。

 馬上での攻撃と防御だけで無く、馬と呼吸を合わせて一体となる感覚を掴む事は大変だ。

 長い付き合いの馬を相手にするならば容易だろうが、騎乗者を値踏みするようなプライド高い馬を実践レベルで運用するのは至難の業である。


 「よしよし、お前は賢い馬だな。俺の意思を読み取って意のままに動くなど、一流の軍馬を凌駕する働きだ。帰ったら陛下にお前を貰えないか相談する事にしよう」

 「ブルルッ」


 なにやら誇らしげに鼻を鳴らすこの馬は【クロス】と言う名で呼ばれる扱いの難しい馬で、乗りこなせるのは高レベルの騎乗スキル所持者か、意思疎通のスキルを所持するテイマーだけだった。

 厩舎に赴いたガードルートが威圧全開で入ったのに対して、目を背けなかったのはクロスだけだった為、ガードルートは即決したのだった。


 水場での休憩と野営ですっかり打ち解けたクロスはガードルートを新たな主人として受け入れていた。

 素直で従順なクロスに満足したガードルートだったが、忙しい償いの日々の中に置き忘れた家族の温もりを思い出していた。


 「アンナマリー、ブレンダ。彼女達は今頃どうしているのだろうか?夢への道のりは遠いが、実現への第一歩が動き始めた。三ヶ国会議を無事完遂させて豊かな国を作ってみせるからな!」


 共に火を囲み、クロスにもたれ掛かりながらガードルートは空を見上げて呟く。昔交わした約束を守り通し、せめて土産話くらいは持参して逝きたいものだと目を閉じた。



 翌日の昼に到着したレッドストーンは活気に溢れていた。開拓村として最前線に作られたはずだったが、ここ3年で急激に発展した。

 ローゼンシア率いる【四姫竜】カーネリアン、アイオライト、セレスタイト、ヘリオドールが魔物達を従えて大きなコロニーを形成したのだが、爆発的な速度で規模が拡大した。

 噂を聞きつけた部族が集まり、それを切っ掛けとしてどんどん拡大していったのだ。一度始まるとネズミ算式に膨れ上がっていき、止まる事を知らずに増えていく魔物達。

 

 事情を知らない者が見れば、末世レベルの超大規模な魔物の暴走にしか見えない。しかも中核を担うのが古代竜エンシェントドラゴンを片手で捻り潰す神竜4匹と真祖の吸血姫である。

 しかも、ローゼンシア達の存在を感じ取った吸血鬼と竜達が押し寄せてきた時は見物だった。


 「ローゼンシア様!1億年近くも何処に行っておられたのです!爺は何時までも諦め切れず世界を旅し続けましたぞ!!」

 「竜姫様達まで一緒になって国を捨てて行かれるとは......神竜王様達も呆れておられましたぞ!」


 吸血鬼貴族ヴァンパイアノーブルの執事に竜族の長老クラスまで現れてからは、てんやわんやの毎日だった。相手方の神竜王の巣と空間を繋いで扉を作成したり、家財から眷属まで全て移動してきた吸血鬼の受け入れ。

 居住区域の区分けにルールの制定まで全部付き合わされた俺はゲッソリだったが、おかげで辺境一帯所か未開拓地域がガンガン開拓されていった。

 地図の作成されていない南への進出が急速に進み、今やインフィナイト王国の国土は7倍にまで拡大していた。勿論だが、表向きに知られるわけには行かない為に内緒でではあるが......戦力はローゼンシアが握っているとはいえ、聖王国フローライトに匹敵するだろう。


 神竜王達は、娘達が好き勝手に作り上げた国が滅ぼうと知った事では無いと判断していたが、痕跡すら残さずに消えた娘達を血眼になって捜索していたらしい。

 何者かに連れ去られたか、何らかの理由で開いた次元の扉を潜ったのではないか?と推論されていたらしい。


 何はともあれ急速に成長したレッドストーンは、辺境の中心にある商業都市への道を歩み始めたのだ。切り開かれた森の土壌は良質であり、栄養素は勿論だが、大量のマナが染み込んだ大地と空気は精霊達にとっても住み心地が良いらしい。

 森の中心を横断する様に流れている川、雲の先まで頭を突っ込んで先が見えない大山脈、まだまだ終わりが見えない大森林が揃っている為、共存共栄の条件は整っている。

 ケイが間に入って仲介を行う事で精霊の協力を得る事が出来たし、魔物達が生息しているだけでは無く結界で守られたエルフの里、山脈の地下に掘り進んで作られたドワーフの王国まで発見されて交流が始まった。


 人間だけならばここまで上手くは行かなかっただろうが、神、神竜、吸血姫という膨大な力を持った存在が現れれば無視するわけにはいかない。

 無理矢理作られた会談の場だったが、ケイが作り出したソーマ酒を出した所でドワーフ王がコロッと態度を変えて上機嫌で同盟を結ぶ事が出来た。

 ドワーフの態度の変化を馬鹿にしたエルフの長だったが、アムブロシア(劣)を絞って出した果汁100ジュースを飲んだ瞬間に驚愕した視線をケイへ向けてきた。


 世界樹と並び、黄金樹はエルフにとって神に等しい存在である。神の様な力を持っていても、自ら全てを見せないケイを疑いの視線で見ていたエルフの長だったが、神の食物たる果実を絞った飲み物まで用意されては疑った事を恥じるしか無かった。

 瞬時に地に伏して頭を下げた長を許したケイは、もう一度同盟の誘いを掛けた。

 先ほどまでは里へ持ち帰ってうんたらかんたらと渋っていた長が、瞬時に承諾した事に腹を抱えて笑いそうになってしまったのは内緒だ。


 ケイは箱庭離れる時に暴挙に出た。何と黄金樹を丸々地面から持ち上げてアイテムボックスに収納したのである。

 その予想外の馬鹿げた暴挙に神々は大爆笑していたのだが、ケイからすれば妥協する気なんか一切無かったので、同然の行いをしたまでである。

 それをこちらの世界で作り出した異空間に植え直しており、今現在も育てているのである。


 予想していたレベルの町ではなく、既に都市レベルまで巨大化しているレッドストーンだが、もう5年もすれば王都と変わらぬ規模になるのではないかと予想してしまう速度だった。

 驚くべき速度で進む辺境開拓、都市の発展に唸り声を上げたガードルートであったが、彼の休日は始まったばかりである。

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