第74話力に責任を、理想に覚悟を、剣には未来を

 ガードルートが騎士団長と成るまでは王が騎士団長を兼任していた。ガイウス王は自身の勇猛さと、その武力で他国を牽制し、国同士のパワーバランスをコントロールしていた。

 一騎当千の武勇を讃えられ、いつしか各国の武人達から【獅子王】と呼ばれるようになる。

 無駄な殺生を一切行わず、降伏を受け入れれば捕虜すら全員無傷で返す徹底ぶりに、義の武人と言えばガイウス王だと吟遊詩人達は競って歌を作り、方々で歌い回った程の熱狂ぶりであった。


 ある日、副団長から有望な若い騎士がいると聞き、自ら足を運んで訓練を覗いてみれば、抜きん出ている実力を持った若者がいた。

 剣の鋭さ、動きのキレ、間合いの読み方、足運びに体捌き、どれを見ても別格だった。


 「あの騎士は?詳しく聞かせよ」


 副団長へ質問を問いかけながらも視線を若者へ向けたままのガイウスを見て、お目に適ったかな?と副団長は返事を返す。


 「彼の名はガードルートです。平民の出ですから爵位はありませんでしたが、先日の剣術大会で圧倒的な実力を見せて優勝し、一代限りの名誉子爵位に就いたばかりですな。当主が亡くなって空いていた、ライオット子爵家を王妃様が与えたのです。先日、陛下が他国との交渉で欠席したあの大会ですよ」

 「ふむ、勿体無い事をしたな。しかし、若者特有のギラギラした所もそうだが、瞳に危険な色が混じっている」

 「私には話してくれませんでしたが、何か大きな理想を胸に抱えているようですな」


 ガイウスは自分の若い頃を思い出させるような光景にニヤリと頬が緩む気がした。


 「少し話をしてくる。ここで待て」


 訓練も一段落した所で、汗を拭きながら水を口にするガードルートに、ガイウスは声を掛けた。 


「ガードルートよ。騎士と成り、力を手に入れてどうするつもりだ?」

 「あん?誰だ......団長!?いや、陛下!失礼致しました。ご無礼をお許しください」


 跪いて頭を垂れるガードルートに気にするなと声を掛け、顔を上げさせたガイウスは再度質問を投げかけた。


 「この場では男と男として語ろう。遠慮など要らん。本音で話せよ?さっきの続きだ。お前は力を手に入れて何がしたいのだ?」

 「俺はこの国を変えたいんだ。飢えを無くしたい、子供と親が笑顔で暮らせる国が良い。身分の違いで虐げられる者を助けたい。貧しさは心まで蝕むんだ。俺は人間らしい生き方を望める世界が欲しい」


 理想も夢も胸一杯に抱えた青年は、思った事を全てぶちまけた。内容も纏まっておらず、国規模での話をしたかと思えば世界規模の理想までも語りだす。

 しかし、ガイウスはその眩しさに引かれた。このまま折れず曲がらず一人前となれば、彼は英雄と呼ばれる存在まで上り詰めるかもしれない。


 「剣を取れ!」

 「はぁ?一体何を?」

 「もし、お前が一太刀でも俺に触れる事が出来たら、騎士団長の座は譲ろう。爵位も相応の物に変えてやる」

 「何でそんな事に」

 「その理想に必要な物は力だけでは無い。お前にはそれが見えていないようだが、階段を上り始めている事は確かだろう。その理想を手にしたければ、私が差し出したこの剣を掴んで見せろ!鍛え上げた力で望みを勝ち取って見せろ!」


 ガイウスの体から闘気が噴出し、ビリビリと腹に響く振動がガードルートの体を走り抜ける。【獅子王】ガイウスの覇気に当てられたガードルートだったが、己を奮い立たせるように自ら咆哮する。


 「うおぉおおおお!」


 金縛りに合ったように動かなかった体が軽くなり、自由が戻ったガードルートは直ぐに腰の剣を抜き放った。


 「手加減出来ませんよ?大怪我しても恨まないでくださいね!」

 「小僧が囀りおるわ!ならばその理想を抱いたまま高みへ辿り着いて見せよ!」


 両手に凝縮した闘気が刃と成り、双剣士スタイルで2本の闘気剣を構えるガイウスがガードルートを迎え撃つ。


 「俺は弱い!だからこそ強くなれるんだ!貴方が高い壁であればあるほど強くなれる!」


 剣を交える度に弾かれ吹き飛ばされるガードルートだったが、時間が過ぎるほどに剣は重くなり、鋭さを増していく。


 「はぁああああ!だあ!ふん!」

 「むう!?これほどか!ふふふ、いいぞ!この剣に何処まで迫る事が出来るか我に見せてみよ!」


 スポンジが水を吸う様にガイウスの剣技を吸収していくガードルートは、急激に強くなっていった。弾かれていた剣はガイウスの剣を押し返すようになり、強弱や緩急すら自在に操るガイウスの剣技をマスターして昇華させていた。


 「見えます!ここですね?」

 「末恐ろしいな。だがしかし、積み重ねた時間が違う!背負った物の重みが違う!」

 「なあっ、馬鹿な!?そんな訳が」

 「あるのだよ!この剣には国が宿っている!我が剣こそが民を守り、国を支え、未来を切り開く最強にして最後の守り手だのだからな!才能だの努力だので折れる物では無い!」


 2本の剣を1本に纏めたガイウスは、上段から地面に向かって剣を振り下ろす。


 「うわぁあああああ!!」


 恐怖を感じたガードルートは瞬時に後方へ飛んだが、凄まじい剣圧に押されて、そのまま7メートルほど吹き飛ばされた。

 ガードルートは、地面に突き刺した剣を支えに立ち上がったが、目の前の光景を見て戦意を喪失した。

 ガイウスが立っている場所から目の前までの地面が切り裂かれ、人が1人スッポリ納まる程の亀裂が伸びていたのだった。


 「参り......ました」

 「ふふふ、合格だガードルート。剣を交わすのが楽しくて、つい本気を出してしまった。お前が飛びのかなければ致命傷を与えてしまっていたかもしれん」


 笑顔で微笑むガイウスの余裕に、ガードルートは初めて心から敗北を認めた。

 翌日、ガイウスから辞令が下り、騎士団長に就任する事が正式に決まり、翌週に叙任式典が行われる事が公布された。



 王城の広間で行われた式典には、国の重鎮から他国の外交官までが揃って参加していた。

 インフィナイト王国が勃興してから、初めて国王以外が騎士団長に就任するという異例の事態に、王国だけでなく周辺国家も今回の式典に注目していた。 


 「騎士ガードルートよ。汝を我が国の騎士団長に任ずる」

 「はっ!謹んで拝命いたします」

 「汝が剣は王国の剣、汝が盾は王国の盾。その全てが国を支え、国民を導き、未来を切り開く希望と心得よ!」

 「我が剣、我が心、我が魂の全てを磨き続け。王国の柱に相応しい騎士となる事を誓います」

 「その志、獅子王ガイウスが確かに受け取った!」


 ガイウスが立ち上がり、天に向かって手を伸ばすと何かを呼ぶように声を上げた。


 「聖剣エスペランサよ!新たな主が元へ!」


 ガイウスの声にあわせて、ガードルートの頭上に暖かな光を纏った剣が一振り現れる。

 戦場でガイウスが振るう無双の聖剣エスペランサが姿を現した事が、ガードルートを新たな主と認めた証であり、剣を持つ資格を得ている証拠であった。


 「やはりな、お主ならばエスペランサを従えると確信していた」

 「この剣は......」

 

 ガードルートの前で静止したエスペランサは、私を握れと思念を送ってくる。

 思念を受け取ったガードルートは躊躇う事無くエスペランサを握ると、鞘から引き抜いた。


 【聖剣エスペランサ】】「レアリティ SLRスーパーレジェンド」

 インフィナイト王国の建国を祝って、初代国王が神から与えられた聖剣。

 魔槍を封じる鍵の役目を与えられた剣には封印の力が宿っている。主が認識する【全てを封印する】力を解放する時、剣は真の姿を現す。

 希望の名を冠する剣は、主が背負った物の大きさに比例して力を増し、邪神すら滅ぼす神剣となる。その無限の輝きは、絶望すら希望へと塗り替えるだろう。




 「建国王から代々の国王が継承してきた聖剣エスペランサだ。剣自体が意思を持ち、この国の守護者を見定める役割を持っている」

 「俺が......私がこの国の守護者として認められたという事ですか!?」

 「無論だ。その剣が姿を現して所持者以外に触れる事を許すのは、継承の時のみだ」


 ガードルートがエスペランサを掲げると、ある者は叫び、ある者は拍手し、ある者は涙して祝福した。裏で陰謀が渦巻いているとも知らずに。


 「ガードルートか......あやつを利用してあのダンジョンの封印を解く事が出来れば」


 ここからダンケルクは誰にも怪しまれぬように、10年もの歳月をかけてガードルートに洗脳を施していく。エスペランサを鍵として封印されていたダンジョンの封印を解き、最奥に安置されていた魔槍イクシードを手に入れたダンケルクは、一緒に封印されていた様々なアイテムや武具を手に入れて力を増していく。

 エスペランサによるガードルートの浄化を恐れたダンケルクは、魔道具を使ってガードルートの記憶を捏造し、エスペランサという存在を抹消した。

 ガードルートは自身のアイテムボックスに封印処理をされたエスペランサを入れ、存在をしない物として扱うように記憶を差し替えられたのだった。


 「くくく、ガイウスにはたんまり金貨をくれてやったし、ポーションも与えた。獅子王も病には勝てぬらしいな。会話の裏でチラチラとエルリックの安全を人質にすれば思うがままよ!獅子王が聞いて呆れるわ!老いた獅子は猫にも劣るか?ふははははは!」


 こうしてまんまとダンケルクの策に嵌ったガイウスとガードルートは、関係を引き裂かれたまま死別する事となった。

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