第66話クライン・オーランド

 「ダンケルク......寝ているのか?ダンケルク」


 名前を呼ばれた気がして目を開けたダンケルクは懐かしい光景を目にする。


 「起きたようだな。王城の図書室で眠るなどお前さんらしくもない。最近忙しそうにしていたが、ここらで一度休んだ方がが良いのではないか?」


 ポンと肩を叩かれた相手を視認してゾッとする。それはそうだろう、自分が殺したはずの相手がにこやかに話しかけて来ているのだ。


 「オーランド殿、何故ここに?」

 「王国のこれからについて話でもしないか?とこの間誘ったではないか。私は君の手腕を誰よりも評価しているつもりだし、この国が周辺国に飲まれないで戦っていく為に必要な人材だと思っているよ」

 「勿体無いお言葉ですな。では私も王国の更なる躍進を目指して腕を振るいましょう」


 そうだった。この頃はこの信頼を逆手に取って、イーリスを手に入れられないかと策を練っていたのだった。オーランドには悪いが早々に失脚して貰わねばな。


 「エカテリーナ殿の事は残念だったが、それを忘れようと無茶をしてはならんぞ?これからの人生できっとまた良い出会いがあるはずだ」

 「妻以上の女性など現れませんよ。私の全てを包み込み、理解する事が出来る女性がいるならばこの耳に届いているはずですしな」


 そんな異常人格者が居て噂に上がらぬ訳が無い。周囲と己の価値観の違いなどとっくに自覚しているのだ、ならば私の伴侶となる女性となるなら社交界で話題に上らぬ筈が無い。

 一体何が言いたいのだ?死んだ人間が現れて、このような茶番を繰り広げる意味がどこにあるというのだ。


 「ともかく、今日は帰ってゆっくり休むと良い。疲れている時に無理しても良い事はないぞ」


 そういったオーランドは図書室を後にした。今までとは違い、過去の記憶を持っていないのだろうか?顔を合わせれば真っ先に殺される相手だろう。私は彼を殺し、娘に陵辱の限りを尽くしたのだから。

 今日はあの計画を開始する3日前だから既に準備は整っている。これが芝居で無いのならば既にオーランドの破滅は決定しているのだ。

 しかし、それからの2日間は記憶とは違った。オーランドには気持ちが悪いほど気を使われたし、イーリスとの縁談まで持ちかけられたのだ。ここまで来ると計画を発動する意味も薄れてくる。公爵の立場とイーリスまでが手中に転がり込んでくるのだから、彼を殺す必要も無い。


 「一体どうなっているのだ?これは過去ではないのか?」


 全てが自分にとって理想の方向に進んでいる。あの時のようにドス黒い感情に捕らわれているのは一緒だが、状況は好転しているのだ。しかし、だからといって計画を中止する気には慣れなかった。


 「私はオーランドが憎い訳では無かったのだ。イーリスにも憎しみは抱いていない。幸福にあるもの全てが憎かったのだから、やり直す事が出来ても違う道など歩むものかよ!」


 そう言った瞬間に当たりは暗闇に包まれた。


 「そうか......ダンケルク。私は最後まで自分が悪かったのだと思っていたよ。追い込まれていたお前を助ける事が出来なかったから悲劇が起きたのだと思っていた」


 暗闇に浮かび上がったのはオーランドだった。深い悲しみの色を讃えたその瞳からは涙が零れていた。


 「もう一度やり直して違う結末を迎える事が出来たらと、激しく後悔して死んだ私は恨みや怒りを抱える一方で、公爵としての至らなさからお前を潰してしまったと思っていたのだが......違うのだな?」

 「それこそ傲慢だよ。俺を救うつもりだった?違う結末だ?馬鹿を言うな!俺は俺の生きたいように生きるのだ!他者を踏みにじり、他者より上へ!他者より先へと進むのだ!」

 「そうか、お前の本性を見抜けなかった私の落ち度だったか。もはや手遅れではあるが......私の憎しみを、巻き込まれて死んでいった部下達の恨みを全て貴様にぶつけるとしようか」


 スブスブと暗闇に沈んでいくオーランドは最後までダンケルクを哀れんでいた。オーランドの姿が消えると周囲の景色が変わり、王都の広場へと舞台が移った。

 そこに居たのはダンケルクの策によって死んだ者や、立場を失い破滅した者達だった。

 処刑台に磔にされたダンケルクには罵声と共に石や魔法が浴びせられる。その苦痛と屈辱は彼の心を揺さぶるが、それでも意思がぶれる事は無かった。


 「ぎゃあああ!!......やめろ!そんな事をして何になるというのだ!死人は大人しく墓穴で眠って居れば良いのだ!ぬう、がうあ......ぎあああああああ!」

 「死ね!貴様のような人間が居るから」「私の旦那を返して!」「貴様のせいで妻も娘も人生を狂わされた」


 徐々にエスカレートしていく両者の対立にダンケルク自身が燃料を投下し続ける。


 「力が無い者は力を持っている者に従えば良いのだ!所詮、貴様らの人生などその程度の価値しかないのよ!」


 死者達は処刑台の上にまで登り、直接ダンケルクを殴り飛ばし、剣で突き刺し、斧で頭をかち割る。

 一本一本丁寧に体中の骨を砕かれ、指を潰される激痛は想像を絶するものだっただろう。それでも歪んだ思考の主は己の非を認めようとはしなかった。



 「ぬわぁああああ!がぁあああ!......死んでも死ねぬ私に復讐して貴様らは満足なのだろうな。だからと言ってもう取り戻せぬ!私は後悔などしない!」

 「ほう?ならば貴様の最も大切な存在ならばどうかな?」


 背後から現れたオーランドがダンケルクの耳元でささやく。パチンと指を鳴らすと、目の前には首を鎖で繋がれたエカテリーナが現れる。


 「ああ、ああああ!エカテリーナ!!お前なのか?生きているのか!?」

 「ダンケルク!もう一度会えて嬉し......ぐぅ!」

 「お喋りはそこまでにしてもらおうか」


 首から伸びる鎖はオーランドが握る右手へと伸びていた。強引に引かれて跪かされたエカテリーナの背中に座りこむオーランドは嗜虐の笑みを見せていた。


 「貴様!私の妻にそのような事をしてただで済むと思うなよ!」

 「ならばどうしてくれるというのだ!死んだこの身に何が出来る?答えろ!」


 鎖を力いっぱい引く力でゴキリと首の骨が折れた音が響く。


 「あああああ!エカテリーナ!どうして......」

 「安心しろ、貴様と同じだよ。簡単に死なせるものか」


 よく見れば、死んだはずのエカテリーナはむくりと起き上がり。涙を零しながら顔をこちらに向けた。


 「助けて!もう嫌よ!死にたくない」

 「ぬああああああ!オーランドぉお!!!」


 ブチリと鉄杭で固定された両手首を引き千切り、足が折れるのも構わずに身体強化で繋がれた鎖を破壊して走り出す。その勢いでオーランドに突撃するダンケルクだったが、エカテリーナの喉に短剣を突きつけたオーランドを見て動きが止まる。


 「汚いぞ!我が妻を人質に取るなど貴様は公爵としての誇りが無いのか!」

 「ふはははは!それを貴様が言うのか!」


 スブリと喉に吸い込まれる短剣と噴出す血飛沫にダンケルクは硬直していたが、その背中を蹴り飛ばしてダンケルクの下へと引き渡す。


 「エカテリーナ!ああ、何てことだ。君がこのような仕打ちを受ける事になるなんて」


 ゴボゴボと口から血の泡を吐き出すエカテリーナを抱えて涙を流すダンケルクに、オーランドは嘲笑を浴びせながらバチンと指を鳴らす。すると、エカテリーナが更に苦しみだし、ダンケルクの腕を払いのけてのたうち回る。


 「止めろ!止めろぉおおお!オーランド、貴様ぁああああ!」

 「お前が数え切れないほど繰り返してきた事だろうに、自分がその立場となればそれか?実に見苦しいな、滑稽ですらある」


 魔法を唱えてダンケルクを拘束すると、エカテリーナの前で存分に苦しむ姿を見せつけるのだった。

 苦しむエカテリーナを蹴り飛ばし、踏みにじり、剣を突き刺し笑うオーランドを見て血の涙を流すダンケルクをみてオーランドは笑う姿を見せ付けるのだった。噛み締めた唇は千切れて血を流し、奥歯は砕けて口腔内には血があふれ出しているダンケルクは叫ぶ事しか許されなかった。


 「ふむ、飽きてきたな。もういいか......」

 「まさか!?止めろ!止めてくれぇ!頼むぅうう!何でもするからそれだけは許してくれ!」

 「許さんよ。死ね」


 パチンと指を鳴らすと、エカテリーナだった者が爆発四散した。


 「ああああああああ!!!!」

 「ふははははは!あああはっはははははは!どうだ!今の気分は!?最高だろう!お前はそうやって命を奪う事で快感を得てきたのではないのか?んん?」

 「あ、あ...ああ」


 壊れたようにブツブツと呟くダンケルクの耳元でオーランドがネタ晴らしをする。


 「安心しろ。あれはただの人形だ。本人はここには居らんよ」


 憎悪と歓喜の入り混じった表情を向けたダンケルクの眉間にナイフを振り下ろすオーランドだったが、先ほどまでとは打って変わって悲しい顔をしていた。意識が途絶えて人形となったダンケルクを見下ろして一人呟く。


 「娘の復讐の為とはいえ、なんとも胸糞悪い行いをしたものだな......無様なものだ」


 肩を落としたオーランドはそう呟くと、輪郭が溶けるように消えていった。

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