第29話剣聖の涙 降り注ぐ幸せの雨

 あの後、2人とこれからについて話し合った。

 フィオリナは女なので、アルベリオン侯爵家の家督を継ぐ事は出来ない。

 ライオネルには新しい妻を作り、男児を授かる必要が出てきたのだが、ライオネルの答えは決まっていた。

 

 「もう良いのだフィオリナ、マーサやフィリス以外の女性を妻にするなど、今の私には考えられないのだ」

 「でも、それじゃあアルベリオン侯爵家の血が絶えてしまう」

 「かまわん、侯爵家を相続させる為だけに、望まぬ相手との縁談を決めるなど出来ない。それこそフィオリナを不幸にしたと、2人に怒られてしまうよ」


 ライオネルの立場は確かに重要だが、一つの侯爵家を救う為だけに、国法を曲げる事など許されない。

 

 「それなら、私が兄さんになるわ!」

 「何を馬鹿なことを!それでは結局何も変わらんではないか!」

 「いいえ、私が愛する方を見つけて、子を生せば良いのですよね?」

 「駄目だ!それまで隠し通せる保障など無い!お前は自由に生きれば良いのだ」

 「ならば、自由に生きます!私は侯爵家を存続させる為に生きる!」


 何を言っても譲らないフィオリナに、ライオネルは心が折れた。

 

 「わかった。事が露見するまでは従おう。罰も一緒に受けてやる」

 「受けない!絶対に隠し通して見せるんだから!」


 だが、その決意も虚しく終わりは訪れる。

 ケイとの戦いで、5年に及ぶ偽装の生活は終わりを迎えたのだった。


 「でも、これでおしまいです。父さんの言う通りでした」

 「そりゃ、いくらなんでも無理だぜ?国王の目には看破の力があるらしいし、結局は隠し通す事は無理だっただろうよ」

 「話は変わるが、2人ともに頼みがある」


 2人には、これから奴隷達を解放する時に起きるであろう、様々なトラブルを解消する役割をお願いした。

 種族同士の橋渡し役であり、我が使徒として自由の鎖へ参加してくる、新たな仲間を導いていく役割だ。


 「加護を渡したのは、俺の勝手だから返せとは言わない、別に強制するつもりは無いから断ってくれても良い」

 

 2人とも悩んでいる。

 それもそうだ、これを引き受けるという事は、これまでの生活を捨てるということだ。

 若い2人には未来がある、それを奪う気は無いし、断ったとしても恨む気持ちなど欠片も無い。


 「俺は引き受けるぜ!いつ死ぬかわからねぇ傭兵暮らしよりも、神さんに仕えて生きる方が面白そうだ」

 「私が居なくなったら父が一人になってしまいます。だから......ごめんなさい!」

 「ああ、それに関してだが、解決したら引き受けてくれるのか?」

 「え?それは、そうですけど......そんな事出来るのですか?」


 不思議そうな顔をするフィオリナだったが、俺には秘策があるのだ。

 というか、過去の話を聞いていて、助ける事が出来るなら助けたいと思った。

 時間魔法で過去に戻る事も可能だが、現在を破壊してまで過去を改変して良いとは思えない。


 「まぁ、結果を楽しみにしていてくれ」

 「はぁ......大丈夫なんでしょうか?」

 「神様が何とかするって言ってるんだぜ?どうとでもなるんじゃねぇか?」


 ガイゼルの素直な言葉が嬉しく感じてしまう、俺は誰かに頼られるのが好きらしい。長い間生きてきて始めて自覚したぞ。


 「とりあえず、結論は後回しにして、傷物にした2人の服を直してしまおう」


 時間魔法を使って、戦闘前まで服の状態を巻き戻す。


 「え?戻ってる!さらしも巻いたばかりみたいにキツく締まってる」

 

 胸元を広げて確かめるが、またも自分で無防備な姿を晒す事になっていると、フィオリナは気付いていないようだ。驚愕に興奮していた心が落ち着くと、自分の行動に理解が追いついたらしく、真っ赤になって服装を整えるフィオリナだった。


 「これでいいだろう。今から元の世界に戻るが、ここであった事は秘密だ」

 「まぁ、誰も信じないだろうけどな」

 「そうですね。ですが、万が一でも知られる事が無い様に気をつけます」

 「時間は決着が着いた直後だ、服は魔法で直した事にしよう」


 パチンと指を鳴らすと、元の世界に出現した俺達は、消滅していく魔法の闇から出てくる所だった。

 そこには、決勝戦が終わった事を祝福しに現れた、エルリック王の姿があった。

 

 「まずは、優勝おめでとうと言わせて貰おうか、ケイ君。他の2人も素晴らしい戦いを見せてもらったよ」

 「「「ありがとうございます!」」」

 「もう一つは、何が言いたいか分かるかね?」

 「はい、私の性別についてですね?」

 「そんな事はとっくに知っていたのだが、この場で見られてしまえば隠す事は出来んよ」


 エルリックは話の分かる王だったようだ。

 真実を知りながらも、健気に隠そうとするフィオリナに騙されたフリをしていてくれたらしい。

 


 「さて、結論だが......残念だが国法を変える事は出来ない」

 「はい、覚悟の上です」

 「ライオネルも良いね?」

 「偽りを許して頂いただけで無く、敢えてこの場で裁く事で、これ以上の面倒が飽きないように、という配慮まで頂きありがとうございました」


 こちらを見ながら歩いてくるのは、事件当時と変わらぬ真紅の髪に、若々しいエネルギーに満ちた男だった。

 俺は安心した。

 換魂の法とは、命と引き換えに対象を昇華する技法である。当然、交換する力が大きければ大きいほどリスクを伴うし、手に入れる力は莫大な物になるのだが、人という器に入る力は有限だ。

 過ぎた力を手にすれば、溢れた力は器まで昇華しようとする。

 ライオネルは人を超越した存在へと足をかけていた。

 


 【ステータス】


   ライオネル・アルベリオン (40) LV6587 ジョブ 剣聖ソードマスター 種族 神人

  HP 92031/92031 MP 41266/41266

 スキル 『生産技能』採取 Master 狩猟 Master 

      『便利技能』ステータス Master 鑑定 Master  

      『特殊技能』【神剣】【堕神殺し】

      『戦闘技能』格闘 Master 武器習熟 Master 兵器習熟 Master カリスマ Master 指揮 Master 全属性魔法 Master 肉体強化 Master 魂強化 Master 全能力強化 Master 自己再生 Master



 だからこそ、警戒を緩めていた俺のステータス隠蔽を瞬時に看破し、俺という存在に気付いたライオネルは、何も言わず跪き頭を垂れる。

 まずい!と思った俺だったが、目的を遂行する為には必要か......と自分の素性を隠す事を諦めた。


 「偉大なるお方、なぜこのような場所で人間と戯れているのか、お聞かせ願えますでしょうか?」

 「人という存在に身を落とし、この10年は人間として生きてきたのだが、新たな生は楽しくてな。人に混じりながら、秩序を乱す輩を誅するつもりであった」


 突如始まった高位者の会話に付いて行ける人間は居なかった。

 俺は皆が分かるように神化を行い。闘技場全部を覆いつくす神気を放出した。

 肉体は18歳の青年スタイルへ成長を遂げ、背中に純白の翼を生やした。

 神々しさをアピールする為に、天上から光の柱を無数に落とし、召喚術で戦乙女ヴァルキリーを降臨させた俺は、彼女達を周囲に侍らせる。


 沢山の命が散っていった闘技場には、様々な感情や想念が累積しているが、神気はその全てを塗り替えて、この場は聖域へと変化した。 

 理解する事が不可能な領域の存在、その一端ながらも莫大な力の胎動を目の前にした人々は歓喜した。

 今、自分達の目の前に存在するあの存在こそが神なのだと。

 この世を統べる天上の存在が降臨した、この瞬間に立ち会う事が出来た感動、沸き立つような言い知れぬ感情に失神する者まで出始めた。......正直、やりすぎたかもしれん。


 「ライオネルよ、5年前の事件は覚えているな?」

 「はい、一生忘れる事が無い事件でございます。今になっても後悔ばかりが浮かぶ、苦々しい事件でした。もしあの時に戻れるならと、幾度考えたか分かりません」

 「貴様は実に良く働いた。スパーダという人間が変異したのは、堕神の血を未熟な身と心、魂で受けた事が原因だ。アレをどこで手に入れたかが気になるが、変異した成り損ないを滅した功績は計り知れぬ」


 偉業、誰に知られる事無く行われた戦いは、そう呼ばれるに相応しく、知られずに散っていった沢山の命が今日の王国を支えていた。

 これは誰もが讃え、この国に生きる者達は例外無く恩恵を受けている事を自覚せねばならない。


 【アルベリオンとその従者達は救国の英雄である】その偉業を心に刻めと


 誰でもない、至上の存在が明言したのだ。

 彼の者達こそが英雄であると、この言葉を誰が否定出来ようか、誰も居はしない。

 神に語られた言葉こそが真実、いまここに宣言された言葉こそが、永久に覆る事が無い偉業である。

 人が語り継ぐ物語や、王や皇帝が自らを讃える為に流布した偽りの偉業ではないのだ。


 神が己の言葉で語る。

 神がその行為の尊さを、その達成した偉業を賛美する。

 そのような事例は一度も存在しないのだから。


 「勿体無い......お言葉です。散っていった命が無駄でなかった。その証明......確かに受け取りました」


 歓喜の涙を流す剣聖に対して、その程度では済まさぬと言葉を続ける。


 「ライオネル、この場で一度限りの奇跡を与える。対価は、その身に宿る力だ」

 

 今この体にある力の意味を理解しているライオネルは、自分自身では開放する事も出来ない魂を感じていた。

 自分と同化して混ざり合った魂達は、輪廻の輪に戻る事が出来ないでいる。

 言外に救いを与えると伝えられているのだと、ライオネルは受け取った。


 「否はございません。人の身に過ぎたる力、神へとお返しします」

 「勘違いしておるようだな。ライオネル......我はこう言っておるのだ」


 錬金術、蘇生魔法、召喚魔法を無詠唱で起動した俺は、最初に魂を受け入れる器を作り上げた。

 ホムンクルスの技術を応用しているが、人間の肉体と寸分違わぬ機能を有している。

 

 次に、ライオネルの魂に同化している魂達を覚醒させた俺は、召喚魔法で強制的に分離させた魂を器に移した。 不安定な状態で固定されている魂に、蘇生魔法で生命力を注ぎ込み、器に定着させる。

 服は、簡単なローブで良いだろう、やはり純白がベストだな。うん。



 「我が愛しき人の子よ!その尊い行いと、深い愛に光あれと!」



 純粋なる技術なのだが、数十人を肉体から含めて再構築しての蘇生。

 魂の定着と生命力の供給を同時に行うには、複数のMasterスキルと熟練した技法と知識に加えて、MPを1000000程度は消費するのだ、つまりはこの世界の人間では不可能な事象、故に奇跡である。  


 大地から屹立する光の柱の中には、愛しい者の姿があり、己のうちから飛び出した光の玉がその胸に吸い込まれていく。

 感じた事も無いような莫大な魔力が展開され、積層型に組まれた魔法陣が100、200と展開される光景は、まさに神の所業であった。

 命の光が注がれるが如き、虹色の光が闘技場全体へ降り注ぐ絶景が展開され、人々は言葉を失う。


 人影は徐々に輝きを増し、命が宿る気配を明確に感じ取れる程になってきた。

 後は、生きる事を忘れて眠りについた魂に語りかけるだけである。



 「さぁ、我が愛しき人の子よ!英雄達の帰還であるぞ!凱旋する勇者へ賛美の歌を捧げよ!!」



 沈黙していた人々から声が上がる。

 闘技場に入場していた万を超える人々の大音声はビリビリと鼓膜を揺らし、大地を揺るがせ、天へと昇る。


   「「「「「「うおぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!」」」」」

 

 声に反応して目覚めた魂が胎動を始める。

 ドクン、ドクンと鼓動を始めた心臓から、全身へと力が巡る。

 目を開いた時に聞こえたのは、滝のように降り注ぐ祝福の声だった。


 「フィリア!マーサ!レオル!我が誇りある同胞よ!良くぞ帰ってきてくれた!」


 この大音声の中でもはっきりと聞こえるライオネルの声に、皆がその目を向ける。

 ライオネルは一人一人を抱きしめて感謝を、感動を伝え、誰もが歓喜の涙を流す。


 「ただいま、ライル......貴方一人に苦痛を背負わせてしまったわね」

 「父さん、ありがとう。フィオリナを守ってくれたんだね」

 「ライオネル、貴方ならやり遂げてくれると信じていたわ」


 (フィオリナ、フィオリナ)


 立ち尽くす彼女に、念話で言葉を飛ばす。


 (突っ立ってる場合じゃないだろう......言って来いよ!)


 彼女はこちらへ視線を向けた後、一礼して駆け出した。

 彼女は別れるまで知らなかったのだ、自分にはフィリア以外にも沢山の愛する人が愛してくれる人が居る事を。

 

 抱き合うアルベリオン一家と、周りを取り囲み涙する従者達。

 その光景を讃えて感謝の声を贈る民衆達。

 人は忘れているだけで、誰もが持っているのだ。幸せの欠片を。


 何かの拍子に見失って、見つけて、落として、拾って。

 いつか作り上げたそのパズルが輝きを放つ時、幸せを自覚するのかもしれない。

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