第24話ダメだ!こいつ......腐ってやがる!

王都に来て2日間という短い間に、かなり凝縮された濃度の出来事が多数発生したが、何とか無事に武術大会当日を迎える事が出来た。

 2日前来た時も、かなり人が多くて賑やかな印象を受けたが、当日ともなると比較にならない位の盛況っぷりだ。


 流石は年に一度の大イベントだけはあるな。

 武術大会への参加者、見学者だけでは無く、商売人・吟遊詩人・道化師なんかまで広場に集まっている。

 食堂や酒場も大盛況で、宿屋も含めて満員御礼状態だ。

 

 道行く人を匂いでキャッチしようと、屋台で料理に励む店主達の呼び声も聞こえてくる。

 日も高い内から客を取ろうと、路地の隅で手招きするのは、夜の蝶である娼婦達だろう。

 その色香に釣られてフラフラとよって行く男達が後を絶たない。


 この王都は好景気の真っ最中、特別な一日の雰囲気に飲まれて、誰も彼もが浮かれて過ごしている。

 そんな中で、一際騒がしい店があった。


 【リストランテ アックステンプル】


 広大な敷地の大型店であるこの店は、夜になると店の外にまでテーブルセットを並べて営業する独自のスタイルで有名だ。

 従業員も徹底的に教育されており、料理の質の高さ・店員の提供するハイレベルなサービス・施設や調度品の品質及び衛生状況の徹底した管理が店の方針だ。


 そんな店だが、イベント時になると毎回バカ騒ぎしたがる、祭り好きのオーナーが経営しているらしく、様々な催しが行われるそうだ。

 そこには2枚の看板が立てられていた。

 

 一枚目は金色の縁取りをされた。大きな看板である。


 本日限定メニュー【アックステンプル特製 ゴージャスセット】限定5名様


 【アックステンプル特製 ゴージャスセット】「レアリティ HR」


 南大陸の珍味や高級素材を使った。極上の料理セット。

 その味は至高の美味であり、食べた物は感動の余り涙を零すだろう。


 メインは極まれにしか捕獲されない、非常に希少な【#金剛鰐__ダイヤモンドアリゲーター__#】の肉を極厚に切ったステーキだ。

 強火で表面をサッと炙り、特製のスパイスと一緒に、ジワジワと弱火で焼かれたステーキには、甘味と旨味が凝縮された肉汁と脂がギッシリと詰まっており、ナイフを入れると同時にジュワジュワーっと大量に溢れ出す。

 その完成された味わいは筆舌に尽くしがたく、調理者のこだわりや高い技術無くしては、絶対に作り上げる事が出来ない。


 サブのメインとして出されるのは【#星紅玉魚__スタールビーフィッシュ__#】これも年に100匹程も市場に流れれば良い程の、希少な食材だ。

 上質なバターをたっぷり使用したムニエルは、下味を付ける際に使用された【#王冠胡椒__クラウンペッパー__#】と仕上げに掛けられた【#白銀檸檬__プラチナレモン__#】で旨味のハーモニーを奏でる。

 その旋律に魅了されたが最後、料理を食べ終えるまでフォークを置く事は許されないだろう。


 パンは、王都で1位の座に君臨し続ける【ベーカリー斧寺】(転生者の店だよね?)が日に20本しか生産しない超絶技巧によって作られたフランスパン【お、美味しい!でも......お腹がパンパンで、もう入らない!入らないよぉ~♪】が丸々一本スライスして提供されている。

 付け合せのチーズは、朝に絞ったばかりの新鮮なブルのミルクを加工したチーズで、これも斧寺氏自らが腕を振るった逸品らしい。


 サラダも同様で、斧寺氏が直営する農場で取れたばかりの【#美幽霊の宝菜__シルキーレタス__#】を1玉使用している。葉を千切って特製のドレッシングを掛けるだけ、という単純な料理だが、一度食べると止まらない!病み付きレタスである。


 デザート代わりに提供されるのは【#宝石葡萄__ジュエルグレープ__#】を絞って作られた、果汁100%ジュースである。

 宝石のように輝く紫紺の葡萄を、余す事無く皮まで使用したジュースは、その芳醇な香りと膨らみのある豊かな甘みで舌を喜ばせる。

 十分な余韻を残す後味と残り香だけで、至福の時間を過ごす事が出来るのは間違いないだろう。


 料理の総重量が5kgという馬鹿げた量のメニューだが、決して後悔する事はないだろう。

 そのお値段は金貨20枚!



 おうふ、庶民は絶対口に出来ないじゃないか!



 2枚目はピンクの看板が立てられ、デカデカとこう書かれていた。


 【本日は、隙有らばウエイトレスへのお触りOK!撫で放題&揉み放題!?】


 看板の下には注意書きがあり、『ただし!お触りを取り押さえられたら、ゴージャスセットを強制注文して頂きます。見事貴方のテクニックが、店員のハートを射止める事が出来たら......なんと!や○ない○?......な関係になれるかも?』


 

 なんという魅惑的な響きだろうか!これにロマンを感じない男がいるだろうか?いやいない!反語。

 店でオーダーを取るウエイトレス達は、みんながミニスカメイド服を着用しており、容姿が整った美女ばかりである。

 スラッっ伸びた肢体は、ニーソや網タイツで装飾されており、白い美脚を見ているだけで興奮してくる。

 零れ落ちそうな程に開いた胸元からは、たわわに実った果実が零れそうになっている。

 魅力的な笑顔に迎えられて、足早に入店していく男達。

 『本日は入店人数に制限があり、食事時間が決まっておりますので、回転制の入場となります。詳しくは入り口に設置した受付で確認してください』


 恐ろしい......魅惑の薔薇園である。#店内には餓えた男ばかりだ__・__#俺の目が狂っていなければ......だがな。


 鍛えられた肉体とテクニックが織り成す、芸術的なフットワークで給仕をするメイド達は、その動作の一つ一つが洗練されており、無駄が一切無い......いや、サービスのつもりだろう。

 あっちでフリフリ、こっちでフリフリと魅惑的な桃やメロンが揺れているではないか!

 魅了された男達が手を伸ばすが、スイッっと回避されてその手は空を切る......隙が無い。


 くう!射幸心を煽るというか、色々な意味でフラストレーションが最高潮に達する男達。

 だが、俺は騙されない!それは甘美にして禁断の行為だからだ。ダメ絶対! 


 数人の執事服を着た麗人が楽器を手に現れて、音楽を奏でる始める、それは何故か怪しげな旋律で、出てくる上品な食事と酒が無ければ、場末の酒場かなんかと勘違いしそうな空気が流れる。

 店の窓にはカーテンが掛かり、ゆっくりと薄暗くなった店内には、スポットライトに照らされたステージが出現した。


 うっすらと光に透ける異国の衣装に身を包んだ踊り子が、舞を始める。

 ファルシオンと呼ばれる曲刀を操り、剣の舞を披露する踊り子は、その豊かな肢体を隠す事も無く華麗に舞う。

 白銀の煌めきが一閃すると僅かに緊張感が奔るが、その魅惑的な仕草と流し目は、男達の劣情を刺激する。

 艶やかな黒髪が流れ、ステップと連動して揺れる2つの膨らみを強調する手の動きは、その技巧で男達の視線を自由自在に操り、右へ左へ、上へ下へと誘導する。


 やがて、静寂が訪れるとスポットライトが消灯して幕となる。

 歓声とともにチップが舞い、興奮の余り立ち上がって叫ぶ男までいた。

 カーテンが開かれて、明かりが戻ると食事の空気が戻ってくる。


 男達の中には、トイレに駆け込む者、テントを張った一部から漂う精臭をナプキンで隠す者。

 急いで食事を終わらせて、歓楽街へ消えていく者と様々だった。


 俺自身は食事を終わらせており、瞬時に踊り子を捕まえると、後ろから抱きついた。

 モニュモニュと柔らかな感触を楽しむフリをしながら「ちょっとマジメな話があるんだが、裏へ行こうか?」と殺気を浴びせて脅す。


 「ちょっと坊や?悪戯はダメよ?」と演技する踊り子だったが、殺気を浴びせられてビクリと反応した。

 「これ、柔らかいね~」と子供のイタズラのように演技を続ける俺。

 「もう......ちょっとだけよ?」と子供を連れて裏へ行く演技をする踊り子だった。


 「個室の中なら誰も聞いてないだろう。それで、これはどういうつもりだ?」

 

 子供らしからぬ態度と、滲み出す殺気に空気が変わる。


 「何のことかしら?っていうか、いつまで揉んでるつもり!?手つきがどんどんいやらしくなってるんだけど?」


 おっと、俺とした事が感触を楽しむ余り、すっかり夢中で触っていたらしい。


 「これは失礼。結構なお手前で?」

 「いえいえ、こちらこそ久しぶりに気持ち良く......じゃねぇだろ!」


 踊り子が怒りに興奮して本性を現すと、背中から蝙蝠の皮膜のような羽が生える。

 纏っていた衣装が破れて、魔族特有の生態武具が現れて胸部、局部を覆う。


 【斧寺 雪乃】(10) LV2492 種族 #淫魔女王__クイーンサキュバス__# ジョブ マスターアルケミスト

  HP 55164/57893 MP 139970/189122

  スキル 『生産技能』料理 Master 調剤 Master 採集 Master 狩猟 Master 【薄い本】 Master  

      『便利技能』ステータス Master 鑑定 Master カリスマ Master 気配隠蔽 Master  

      『特殊技能』【基礎LV1000】【魅了】 【使役】

      『戦闘技能』格闘 Master 武具習熟 Master 兵器習熟 Master 指揮 Master 肉体強化 Master 精神強化 Master 威圧 Master  

      『魔法技能』闇魔法 Master  


 「一体何者だ!鑑定は全部通らないし、ステータスは低すぎる。なのにあの殺気......ふざけてるわ!」

 

 興奮したのか、さっきまでの穏やかな態度が嘘のようだ。

 まぁ、これも想定内だった。なんせ相手は雪乃ちゃんだからな。

 だが、面白いのでもう少し演技を続けよう。


 「幻覚、魅了、催淫......闇魔法とスキル効果のオンパレードじゃねか。おまけに踊りながら精気吸収とかえげつねぇ事するぜ。うっかり出す所だったぜ?若い子供の体は繊細なんだからな?」

 「全部分かっててここまで来たっていうの?どうして邪魔ばかり入るのよ!くそ!」


 苛立ちげに髪を掻き毟る仕草をするが、それが演技であるのは分かっている。

 まぁ、殺し合いをするつもりも無いので、本題に入ろう。


 「まぁ、焦るなよ?話は最後まで聞くもんだ。俺が聞きたいのは、どうしてわざわざ#ガチムチマッチョ__・__#共に闇魔法の幻術を被せて給仕させていたのか?って事だ」

 「くくく.....そんなの趣味に決まってるでしょ!鼻の下伸ばして下品な欲望丸出し、自分が相手にしてるのは実はガチホモマッチョよ!?っかーー!!たまんねぇっすわ!」

 

 グフフフフと暗い笑みを湛え始めた雪乃ちゃんに、俺はドン引きである。

 しかし、ネタばらししようとした俺をさえぎって彼女は独白を続ける。


 「んで、胸フリ腰フリ誘惑して暴発思想になった奴とカップリングするわけだ。幻覚は解くけど、魅了は掛かったままのカップルはくんずほぐれつやらないか?って寸法よ!アーーーーーーッってな」


 そうなのである、女は男、男は女に偽装された店内は、真実が見える俺にとって不快空間以外の何者でもなかったのだ。

 音楽を演奏していた麗人こそが、本当の美女であり、雪乃ちゃんが従えている同属の淫魔だったのだ。


 「はぁ、あのさー雪乃ちゃん?異世界だからってハジケ過ぎじゃね?俺も人の事言えないけど」

 「はぁ!?雪乃ちゃんって......ままま、まさか......慧君?」

 「いやー、そりゃ俺以外はそんな呼び方しないし、そのアブナイ趣味バラしてないよね?」

 「うにゃああああああーーーーー!!!!!!!」


 余りの恥ずかしさに絶叫する雪乃女史であった。

 そう、彼女は前世では、俺の先生であり、俺は彼女のクラスに所属する生徒だったのだ。

 剣道部の顧問をしていた彼女は、放課後の更衣室で淫らな妄想に耽り、薄い本片手にあいつとこいつがウヘヘヘと、掛け算を繰り広げている場面を......俺に目撃されたのだ。


 「なんで!?どうして、異世界に来てまで貴方にバレるの?この広い世界でどうしてここに?なんで?」

 「俺だって聞きたいわ!っていうか、淫魔なのにどうして掛け算やってるの!?間違ってるでしょ!?」


 ギャーギャーとお互いに苦情を言ったが、決着がつく所か平行線である。

 敵では無い所までは納得してくれたようだが、ここで彼女から提案が。


 「お願い!人殺しとかはしないし、今でもしてないのよ?ただ、私もこの世界で仲間を手に入れたし、あの子達を養っていかなくちゃいけないの!......コノラクエンハテバナセナイノヨ」


 最後に邪悪な発言を呟いていたが、俺が巻き込まれないなら良しとしよう。


 「貴方が何かしようとしているなら協力するし、邪魔しないから自由にさせてくれないかしら?この世界ではかなりの力を持っているし、必ず役に立てるはずよ?」

 「まぁ、邪魔しないならいいかな~」

 「なんなら淫魔として生まれたこの体を使っても良いのよ?人間じゃ不可能な快楽を見せてあげるわ」


 グラっと来たが、俺には嫁がいるのだ。色即是空 空即是色......


 「俺には嫁がいるので、遠慮しておきます」

 「もうそこまで進んでるの!?手が早すぎるわよ!」


 「私なんか!この十年間苦労に苦労を重ねて」と泣きそうになりながら語りだす。


 「どうせ私は前世も喪女なら、現世も喪女ですし......でもまだ鯛女なだけ見所があるっていうか?この溢れる魅力なら今度こそ素敵な旦那様と出会えるかも?っていうか?」


 仕方あるまい。元気付けて味方に引き込もう。

 なんだかんだで雪乃ちゃんには世話になったのだ、掛け算の対象にされた事は忘れないがな?


 「元気出してくださいよ!良い男見つけたら紹介しても良いですよ?ウホらないと誓うなら」

 「ホント!?誓う誓う!贅沢言わないから!イケメンでショタっ子で色白で青目の金髪とかどうかなぁ!?」


 この腐った喪女をどう扱ったものか......知らない間に王都が性都に変化してたりしないだろうな?

 待てよ?書店に薄い本が並んでいたような......見なかった事にしよう。


 イベント当日にまで別のイベントに巻き込まれる俺は、実は主人公体質なのではなかろうか?

 こうして、武術大会開始ギリギリまで、2人は前世の昔話に花を咲かせるのだった。


 しかし、雪乃ちゃんの胸の感触は中々の物だった......。

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