尋問官Nは語らない。
夏浜にじょーかー
01.水攻め
「う……。」
路上生活を始めて、一月が経った頃だ。
日雇いの仕事もほとんどなく、空腹でうずくまっていたオレを引きずって牢屋に入れやがった。
鎧を着ていたから、きっとこの国の衛兵だろう。
「くそっ……。腹、減ったなあ……。」
手を縄で縛られたまま牢屋に入れられ、どのくらいの時間が経ったのか。
人の足音が聴こえ、扉が開いた。
「貴殿に告ぐ!すみやかに牢屋から出られたし!これから尋問を行う!」
逆らえばどんな目に会うかわかったもんじゃねえ。素直に従ってた方がまだましってもんだ。
扉の両側には、オレを連れてきた奴とは違う服を着た若い男が二人立っていた。
「そのまま右へ。真っ直ぐ進みたまえ。」
ちっ。この国の兵隊は随分と持ってまわったような口の利き方をしやがるんだな。
オレの国も酷いもんだったが、こっちも大して変わらねえのか。
言われた通りに通路を進むオレの後ろを、二人の兵隊がキビキビとついて来る。
階段を上り少し進んだところでむせ返りそうになった。
かび臭ささの中に、異様なほどの鉄と、排泄物の臭いが漂ってやがる。
これじゃあ、まるで戦場みてえじゃねえか。
「ぎ、ギャアアアァァァッッ!!!!」
なんだ!?突然悲鳴が聴こえ
「止まるなっ!進め!」
嫌な夢を見ているみてえだ……。逃げ出したい。恐ろしい。
訓練中に見た拷問を思い出して、これから何をされるか考えるのを止められない。嫌な汗が吹き出てくる。視界が歪みそうになるのをこらえ、一歩ずつ歩を進める。
「止まれ。」
扉を開けられ、部屋の中にある椅子に座らされた。
「おい、お前たち。この男に何をしたんだ?こんなにおびえてちゃ話ができないだろう。」
「いえ、私共は何も。先ほどまでは平常だったかと。」
若い男のような声だ。ちくしょう意地だ。これからオレを拷問しようってやつの顔くらい見れずして何が男だ!
思い切り睨むつもりで顔を上げ、拍子抜けした。
全身黒で覆われ、体の線がまったく見えない。フードまで深く被っているもんだから、髪の毛先と顔の下半分しか見えない。
そして小さい。そんな格好をしていてもわかるくらい、小柄だった。
「アズが張り切っていたからな。さっきの悲鳴を聴いて勘違いしたんだろう。話さなきゃ拷問にかけるが、意味もなく死体を作るのは趣味じゃない。そこは安心してくれ。」
アズ……?他にも尋問するやつがいるとすると、ここはそういった建物ってことか?
落ち着いて部屋を見渡すと、オレが座っている以外の家具は、隅にある簡素な机くらいで、壁際にはなぜか、三分の一ほどが床下に埋まっている大きな水車があった
「さて、手早く済まそう。貴方もあまり時間は取られたくないでしょうから。」
「ああ……。そうだな。少し、ふぅ。落ち着いた。なんでも聞いてくれ。」
「ご理解が早くて助かります。ではまず、貴方は我が国と敵対国に当たる国の出身とお伺いしています。」
「そうだ。みっともない話だが、人を殺すのが嫌で軍隊から逃げ出した臆病者だ。」
「ええ。知っています。次です。我が国へ来たことを知っている人はいますか?その人は今どこにいますか?」
「いや、いない。祖国にすべて置いてきた。家族も友人もな。連絡も取っていない。」
「そうですか。ところで、我が国で友人はできましたか?」
「友人……というほどじゃないが、仕事仲間、だな。よく同じ仕事をしている。」
「その仕事仲間にも祖国のことは何も?」
「ああ。何も話していない。」
「よくわかりました。おい!こいつを水車に縛り付けろ!」
おいおいおい!話が違うじゃねえか!
ずっと後ろにいた兵隊に乱暴に床に埋まっている水車の側面に立たされ、肩、足、腹をきつく縛られた。
さっきまでオレを尋問していた男は、オレの足元にある板を外しながら言った。
「連絡を取っていないだと?仕事仲間?嘘をつけ。お前は三日前、祖国の母親に向けて手紙を出している。それに仕事仲間じゃあない。同じ国の出身だろ。水車を回せ。」
ゆっくりと回り始めた水車に合わせ、体が浮き、のけぞり、逆さまになっていく。
床下が水で満たされていることに、沈められてから気がついた。
鼻から水が容赦なく入り、水中でむせ返る。吐く息がなくなったとたん、水面へ引き上げられた。
ちくしょー、コツわかってやがる。
「さて、もう一度聞きましょうか。祖国の家族や友人と、連絡は取っていますか?」
「に、二度……手紙を、出し、た。ゲホッ!!一度は、軍隊を逃げ出したことの報告を。二度目は、生きているって、伝える手紙だった。仕事仲間については知らねえ!お互い、深い話は一度もしたことがねぇからな!」
「ほう……?そうか。」
男は、ニヤリと口元を歪めた。
「その仕事仲間とやらは随分、情報通のようだな。定期的に、誰かに情報を売っているようだが?」
は?
コイツ、何言ってやがるんだ?
アイツが?情報?この国の?意味が
「回せ。」
男の声は冷徹だった。
またゆっくりと回り出した水車は、オレの息を奪っていく。
どれだけ堪えても、鼻から容赦なく水が入ってくる。
むせながら水面に顔を出す。
苦しさはどんどん増していく。
息苦しさに頭がぼうっとする。
何回沈められたのか。
何回水を飲み込んだのか。
何回水を吐き出したのか。
喉が痛い。咳き込むこともまともにできなくなったころ
「そろそろいいか。もう辛いのは止めにしよう。仕事仲間の名前くらいは教えてくれるだろう?」
息を吸うことも苦しい。
荒い息と一緒に、名前を吐き出した。
「そうか。」
男は納得すると、水車の横まで歩き、
オレの体が足から沈んだ。
唐突で息を溜める間もなく、大量の水を飲んじまった。
死ぬのか?オレは、
ザバリと引き上げられたとき、尋問していた男はいなくなっていた。
「では最初はわたくしから、記録はお願いします。」
「はい。休憩を挟みながら段々長くしていきましょうか。」
クソッタレ!こいつら、コイツラ!!
「全部!ぜんぶっ、じゃべっだじゃねぇか!オレを、解放しろお!」
二人の兵隊へのオレの叫びは、水の中に消えた。
「俺たちはまだ新人だからさ。加減がよくわからないんだ。まだマシな死に方だと思うから、せいぜい耐えてくれよ。」
これが、選択を誤ったってやつだろうなぁ……。
色んな顔が浮かんでは消えた。
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