かきごおり。
青い栞
かきごおり。
窓から入ってくる風は蒸し暑く、肌にまとわりつく布が鬱陶しく感じる。
兄弟は毎日のようにかき氷を食べているし、扇風機もぐるぐると羽を動かし一日中仕事をしている。
風鈴も涼しさを感じる道具としてずっと鳴っていた。
しかしいつまでも暑い夏の気温は変に思考をにぶらせ、あの日のことを思い出させる。
「夏祭り楽しみだねぇ」
窓の外で繰り広げられる浴衣や甚平姿の子供たちの声がひどく懐かしく感じた。
まだ傷の残る腕を見る。
あれは今日みたいに暑い日の夏祭りでの出来事だった。
今でも忘れることはない、きっとずっと。
それでも
「ただいま」
と、君の声が聞けるだけで、それだけでいいと今は思う。
*
あれは中学最後の夏の日の出来事だった。
「夏祭り、女子はやっぱり浴衣でくると思う?」
「でもあれ暑いし面倒臭いらしいし」
クラスで仲の良い男女で集まって祭りをまわる予定をしていた。
大人からすればお金がかかるし人は多いし面倒なイベントに感じることの方が多いんだろう。
だけど子供にとったら楽しいだけの日でしかない。
男女が合流したところでその夜はスタートした。
その日、初めてりんご飴を食べた。
勧められて買った赤いりんごは甘くて美味しかったけど口の周りについてしまうのが難点だな。
ある程度みんな食べ終わった頃、
「ちょっとかき氷買ってくる」
「いってらっしゃい」
俺は正直かき氷のキーンとする感じが少し苦手だった
女子達がみんなでぞろぞろと屋台に向かっていくのを見ながらあの時の俺はそんなことを考えていた。
「なあキスとかしたことあんの?」
「は!?」
ありがちな話だ。
中学生というものそういうことに興味を示すようで必ず質問される。
「まだない…」
察してもらえればわかるだろうが当時の自分には彼女がいた。
しかしキスなんてしたことない。
中学生のカップルなんてそんなものじゃないんだろうか。
「まじか、予定とかあんの?」
あるわけない。と返事をしようとした。
その時だった。
「は……なに、」
あれ」という前にものすごい爆発音が鳴り響いた。
たくさんの人の悲鳴が聞こえ、俺たちの視線の先には真っ赤に燃え盛る炎に包まれた屋台の数々。
「なあ、あいつら巻き込まれたりしてないよな」
「嘘だ…」
確かに彼女達が向かったのは、いま炎に覆われているところの近くだったはずだ。
「おい、どこ行くんだよ! 夏樹!!」
一斉に人が押し寄せる。
だけどそれに抗うように俺は前へ進んだ。
嘘であってくれ、と願いながら。
「ママ! お姉ちゃん!!」
聞こえてきたその声は、俺たちがさっきまで一緒にいた彼女___渚の妹のものだった。
「夢ちゃん!」
「夏樹くん!」
「渚は?」
「 まだあそこにいるの! 熱いって…痛いってなってる?お姉ちゃん大丈夫なの?!」
「なんとかする、だから夢ちゃんは逃げて、お母さんと一緒に逃げて」
「どこにいるかわからないの」
「向こうに行けば絶対に会えるから、走って!」
「夏樹くんは?」
「大丈夫だから、ほら早く」
「うん、ばいばい」
そうして離れた小さな手は少し不安そうだった。
だけどついて行くわけにはいかない。
「渚!!」
俺は夢ちゃんが走っていったのを確認すると、炎に近づいていった。
「きみ、危ないから!」
「でも、渚が…彼女がまだ!!」
おじさん達に腕を掴まれ、行こうとするのを阻止された。
「まだ君は中学生だろう、そんな一時期のお遊びのような恋愛で命を落としたいのか!!」
「でも、それでも!!」
俺はおじさん達の腕を振り切り、走った。
大人からしたら所詮、なんて言葉でかたづけられるんだろう。
中学生の恋愛なんてお遊びだと思っているんだろう。
確かにそんなものだと思っている人が大半なのかもしれない。
高校生になれば新たに出会う人を好きなる。
そんな可能性だってなくはない。
だけど自分はただひたすらに彼女が好きだった。
ずっとまっすぐに想いを伝えていた。
彼女もそれに答えてくれていた。
カップルらしいことなんてまだ何1つしてない。
キスなんて緊張してできなくて、ようやく最近手を繋ぎ始めたところで、名前呼びも時間がかかった。
彼女とはただ同じクラスで、隣の席だった。
きっかけとかはなかったと思う。
ただ毎日のように顔を合わせて、少し会話をしてたまに教科書を見せてもらったり、問題を教えあったり。
彼女はいつも笑顔だった。
眩しいくらいに。
「渚!」
「なつ…」
彼女はそこにいた。
所々に火傷を負っていてせっかくの浴衣は汚れていたが、いつもと変わらないまま、そのままに彼女。
炎からは少しだけ離れた場所、少し近づけば助けられる。
「肩持って」
「ありがとう」
足を引きずる彼女に肩を貸して炎からゆっくり遠ざかって行く。
救急隊の人たちも近づいてきていた。
最後にドーンと花火に似た音が聞こえた。
それは何の音だったのか、俺は彼女を助けられたのか。
*
「お姉ちゃん、お墓参り行くよ」
「うん」
あの日、私は助かった。
だけど私がもう少し早く歩いていたなら、私が怪我をしていなかったなら、かき氷なんて買いに行ってなかったら。
そんなもしものことばかりを考えて、今じゃもう後悔してもしきれない。
あの日の火事で亡くなったのは5人ほどだった。
そこには彼___夏樹も含まれている。
もう少しというところで二度目の爆発、それによって飛ばされたが、私は守ってもらった。
しかし夏樹は飛んできたがれきに強く頭を打ち、病院に運ばれた末に死んでしまったのだった。
「お姉ちゃん」
「ごめん、もうすぐ行く」
「渚」
「だから待ってって」
……
「なつ?」
久しぶりに渚と呼ばれたその声は聞き覚えのある声だった。
「よお」
どうしてそこにいるの、なんでそんなに平然とした顔で座っているの。
「きちゃった」
声しか聞こえない。
だけど確かに夏樹はそこにいると確信した。
「なんで…」
「あまりにも渚が泣いてるからさ、もう4年も経ってるんだぜ」
「ごめん、ごめん…なつ」
「だから泣くなよ〜」
ごめんとどうしてしか出てこない。
「俺さ、会いたいってずっと思ってて、そしたらなぜかここにいて」
「うん…」
「会えて嬉しい、きっと俺のことは見えてないんだろうけど俺は渚が見える」
「そうなの?」
「うん、髪長いんだ、背も高いし抜かされてるな」
「伸びてないの?」
「伸びてないよ」
「あの時のまま?」
「体はね」
「元気にしてるの?」
「わからないな、会いたいと願ってたことは覚えてるし、ここにいるってのもわかるんだけどいつきたのかそれまでの記憶とか何もないの」
「何もない世界…?」
「そんなことない、今こうして会えてるんだし」
「そうだね」
「渚…」
「なに?」
「ありがとうって言ってくれないかな」
「……ありがとう、なつ、ありがとう」
どこかでどういたしましてと聞こえた気がした。
だけどもう名前を呼んでも何も帰ってくることはなかった。
人の命は一瞬で、いつ突然どうなるかなんてわからなくて。
でもそれまでの行動も会話も思い出はいくつも心に残っている。
存在しないように思えても存在していることもありえる。
たとえ見えなくても聞こえなくてもそこにいるかもしれないし、いないかもしれない。
生きてきた人生に失敗や成功はあっても間違いも正解もない。
だってあの日の君の死を無駄だと言えばいいの?
中学生の恋愛なんかでも私にために死ななければよかったのに、なんて言葉を言うことは今の私にはできない。
だって、最後にありがとうといった時、君の笑顔が見えた気がしたんだ。
「ありがとう」
もう一度そう呟いたのは聞こえたかな。
だけど風鈴の音がチリンとなった。
扇風機を止めて、溶けたかき氷をしまって、
「行こうか」
私は君に会いに行く準備を始めた。
*
「今年も来たよ」
「うん、ありがとう」
そんな会話は夏の暑さに溶けていった。
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