吸盤あり! 鎧あり! ヤツらの名はプレコ!

亡霊葬稿ゴーストライターマスタード』に登場する〈マスタード〉は、ナマズをモチーフにしています。更に限定するなら、〈マスタード〉のモデルになったのは「セイルフィンプレコ」です。


 セイルフィンプレコ? と多くの方は首をかしげたことでしょう。熱帯魚を好きな方でもない限り、彼等の姿を思い描くことは出来ないはずです。


 セイルフィンプレコはロリカリアに分類されるナマズで、アマゾン川流域に棲息しています。最大60㌢前後にもなる魚で、成長が早いことでも有名です。


 反面、丈夫で環境を選ばないため、飼育は難しくありません。そのため、ビギナーからベテランまで、多くの熱帯魚ファンに育てられています。


 日本に棲むナマズは細長く、色も派手とは言えません。

 一方、セイルフィンプレコはしゃもじのような流線型で、色も黄色に近い茶褐色です。しかも全身に黒い斑点が刻まれており、ヒョウのような柄を形作っています。


「セイルフィンプレコ」の「セイル」とは、ヨットの「帆」を意味します。

 その名の通り、セイルフィンプレコには帆のように大きな背ビレが生えています。また胸ビレも翼のように大きく、日本のナマズとは大分印象が異なります。


 最大の違いは、口かも知れません。


 日本のナマズの口は、顔の真ん中にあります。

 対してセイルフィンプレコの口は、限りなく腹側に付いています。

 驚くべきことに、正面からはほぼ見て取ることが出来ません。


 そもそも「プレコ」とは、「プレコストムス」を略した呼び方です。「プレコストムス」とは「折り込まれた口」と言った意味で、彼等の特徴を端的に言い表しています。


 彼等の口は吸盤状で、岩や水槽に貼り付くことが出来ます。本編では〈マスタード〉が壁に吸い付きましたが、セイルフィンプレコも同じことが可能です。


 岩に貼り付ければ、流れの速い場所でも流されることがありません。

 また流線型の体型も、急流に対する適応だと考えられています。


 吸盤の内側には歯があり、岩や水槽に生えたコケを削ぎ取って食べることが出来ます。このことから彼等は、水槽の掃除役として重宝されています。

 門外もんがいかんの作者には美しい魚に思えるのですが、観賞用として飼っている方はほとんどいないそうです。


 とは言え、セイルフィンプレコが人気者であることに間違いはありません。


 彼等は数百種類とも言われるプレコの中で、最も古くから飼われてきた魚です。現在でも最もポピュラーなプレコで、東南アジアで養殖もされています。


 先ほどから頻出している「プレコ」とは、吸盤状の口を持つナマズたちを指します。その特徴から、英語では「suckerサッカー catキャット」、「吸い付きナマズ」と呼ばれています。


 とは言え、学術的な用語ではなく、あくまでも観賞魚の世界で伝統的に使われている分類です。

 そのため定義は曖昧で、「これがプレコだ!」と断言することは出来ません。現在ではおおむね、「ロリカリアに含まれる一部のナマズ」と言った意味で使われているようです。


「ロリカリア」とはナマズのグループの一つで、全ての種が中南米に棲息しています。

 ナマズの仲間では最大のグループで、アマゾン川を中心に500種から600種前後が属しています。しかも、まだまだ未発見の種がいると考えられているとか。


 数百種類のナマズが含まれる以上、ロリカリアのナマズは大きさも様々です。セイルフィンプレコに代表される大型種から、インペリアルゼブラプレコのように10㌢前後の種まで幅広く存在します。


 現在、最大のプレコと言われているのは、アマゾン川広域に棲むアカリエスピーニョです。大きな背ビレや胸ビレが美しい魚で、1㍍以上に成長します。


 数百種類もいるプレコたちは、それぞれ独特の色や形をしています。


 全長10㌢程度のプッシープレコは、口の周りに突起状のヒゲを生やしています。ガリバープレコのように真っ黒な種がいる一方で、ニュータイガープレコのようにトラ柄のプレコもいます。


 とは言え、同じプレコに分類される以上、彼等には幾つか共通点があります。


 まず先ほど紹介したように、プレコたちは吸盤状の口を持ちます。

 また彼等は雑食で、コケや生野菜、アカムシと何でも口にしてしまいます。


 特にロイヤルプレコは、木を食べる魚として有名です。


 ロイヤルプレコは最大40㌢前後に成長する大型種で、コロンビア周辺の川に棲息しています。

 大きな頭が愛らしい魚ですが、迷路のような横縞は華麗さも感じさせます。セイルフィンプレコ同様、人気の高い種で、古くから飼育されてきました。


 ロイヤルプレコの腸内には、数種類の細菌や菌糸が棲み着いています。

 彼等には木を分解する働きがあり、エネルギー源となるとうを宿主に供給しています。他のプレコもよく木をかじるのですが、エネルギーを取り出すことは出来ません。


 ロイヤルプレコは、木を与えるだけでも問題なく成長していきます。と言うか、野生環境下では、水中に沈んだ木を主食にして暮らしているようです。


 第二にプレコと呼ばれるナマズは、骨の板で身体を覆っています。この板は脊椎から変化したもので、瓦屋根のように列を成しているのが特徴です。


 多くの種の体表には、エナメル質の細かい棘が生えています。

 特に「トリム」と呼ばれるグループは顕著で、全身に鋭い棘を備えています。


 元来、ナマズの仲間は鱗を持ちません。

 そのため多くの人は、ナマズにヌルヌルした印象を持っています。


 しかし骨の板をまとったプレコは、ゴツゴツと硬い魚です。

 また全身に生えた棘は、ざらざらとした手触りを彼等に与えています。


 第三にプレコの仲間は、明るさによって形を変える目を持っています。


 人間の黒目には、瞳孔どうこうの大きさを変える機能があります。

 周囲が暗い時、人間の瞳は瞳孔どうこうを大きくし、少しでも光を集めようとします。逆に周囲が明るい時は、瞳孔どうこうを縮め、光の量を制限します。


 プレコもまた、周囲の明るさに応じて瞳孔を変化させます。ただし、彼等は瞳孔どうこうの「大きさ」ではなく、「形」を変えて光の量を調節します。


 暗い場所に潜んでいる時、プレコの瞳は丸い形をしています。しかし一度ひとたび明るい場所に出ると、どんどん中央がへこんでいきます。


 最終的に彼等の瞳は、真ん中がすっかりくぼんでしまいます。その形がギリシア文字の「Ωオメガ」を逆さにしたようであることから、彼等の瞳は「オメガアイ」と呼ばれているそうです。


 参考資料:プレコ大図鑑 プレコの全てをなめつくせ!

         アクアライフ編集部編 マリン企画刊

      最新図鑑 熱帯魚アトラス

         山崎浩二・阿部正之著 (株)平凡社刊

      大アマゾン展公式ガイドブック

         岩科司監修 TBSテレビ発行

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