♪26 彼の秘密
「ちょっと、コガさんオッさん、何やってんすか!」
そう言いながら
「おいおい
「おうよ。毎回毎回俺らが悪いみてぇに」
「ちょっと待て。『ら』って何だ。だいたいの場合ややこしくしてんのはお前一人だからな、コガ」
「うぇ、ひっでぇなオッさん」
「事実だろ、馬鹿」
「ちょっと止めてくださいよ2人共。小松沢さん困ってるじゃないですか。ていうか、蒼空さんも山田君も何も言えなくなっちゃってるし。あの、本当にすみません、小松沢さ――……?」
振り向いた章灯は我が目を疑った。
清吉が、左手で胸を、そして、右手で口を押さえているのである。
苦しそうに歪んだその顔は赤く、いまにも破裂しそうだった。
「小松沢さん? あの、どこか具合でも――」
「……む、胸が……苦しい……」
「え? えぇぇ!?」
「ちょ、ちょっと、お父さんっ?!」
「おやっさんっ?!」
一目でわかる非常事態に傍観者を決め込んでいたらしい2人もさすがに腰を上げた。彼と対峙していた大男達もまたこれは一大事と慌て始める。
「きゅ、救急車呼びましょう!」
章灯が携帯を取り出しながらそう言うと、清吉は口を押さえていた手を放し、「待ってくれ!」と叫んだ。
「だ、大丈夫。本当に大丈夫だから……。と、とりあえず、蒼空、山田、ちょっとお前達は席を外しなさい」
「はぁ? 何で私が?」
「僕もですか、おやっさん!?」
「良いから!」
清吉の声に押され、蒼空と仁太はキョロキョロと辺りを見回した。席を外せと言われてもどこに行けば、という表情である。それでも外へ出ようとしないのはやはり彼のことが心配だからだろう。
「えっと、蒼空さんと山田君はとりあえず地下室にでも……」
「ちっ、地下室? そんなのあるんですか、この家?」
地下室と聞いてどういうものを想像したのか、仁太は瞳を輝かせた。この状況でよくもまぁと呆れる気持ちがないわけではなかったが、それでもその気持ちはわからないわけではない、とその場にいた男連中(清吉を除く)は思った。男にとって『地下室』というのは『秘密基地』とイコールくらいの憧れの対象なのである。
「練習用のだけどね。ただ男女2人きりっていうのはさすがにまずいから、蒼空さんが中に入って、山田君は階段で待っててもらえれば。一応客間もあるんですけど、ちょっといま散らかってて」
章灯がそう提案すると蒼空はホッとしたような表情で「わかりました」と言った。
「父の様子がおかしかったら、どんなに拒否しても救急車を呼んでくださいね」
そう念を押しながら、蒼空が地下室への階段を降り始めると、清吉は、ほぅ、と息を吐いてその場にしゃがみ込んだ。
トントンと階段を下りる足音がぴたりと止まる。仁太は踊り場にブランケットを敷き、その上にクッションを置いて座っている予定である。正直、こいつにそこまでしてやる必要はないとも思ったのだが、時期が時期だし、一応、他事務所の俳優である。
「小松沢さん、そんなところじゃ何ですから、あの、おかけになってください」
2人の姿が見えなくなったところでがそう章灯が勧めると、湖上と長田がすかさず清吉の両脇に回ってその肩を担ぐ。身長180越え(厳密には185と188)の2人に抱えられ、清吉はつま先立ちになりながらソファに腰掛けた。
そのタイミングで晶がコーヒーを運んで来る。
清吉は4人に見下ろされながら少々どころではない気まずさの中、それを啜って、ふぅ、と息を吐いた。
そして、さんざん話すのをためらうような素振りを見せた後で、わざとらしいまでに「うぉっほん」と大きく咳払いをし、しばらくそのまま黙っていたがやがて観念したように口を開いた。
「……ファンなんだ」
「……はい?」
そう聞き返したのは章灯のみだったが、残りの3名の表情もほぼ同じである。皆一様に「は?」と口をぽっかりと開けていた。
「こ、小松沢さん? あの、いま何て……」
聞き間違いだ。絶対に。
いや、確かに、年配のファンもいる。有り難いことに。
でも何だろう、それが納得出来るような雰囲気の方々、というか。「昔はそれなりにヤンチャでね」みたいなチョイ悪系の、いまでもハーレー乗り回してます、みたいな、そういう感じの方々というか。
あぁでも、顔のいかつさだけなら意外ではないのかな? でも確かクイズ番組で「音楽は娘の歌かクラシックばかりで」って言ってたはずだけど?
「ファンなんだ、君達の」
混乱しまくっている章灯を一瞥し、清吉は既に肩の荷が下りたとでも言わんばかりの晴れやかな表情で、さらりと言った。
「ありがとうございます」
さすがの湖上と長田も章灯同様に混乱気味だったようで、一番にそんな当たり前の返しをしたのは晶である。彼女は存外に切り替えが早い。次いで章灯が礼を述べたところで、やっと落ち着きを取り戻した湖上と長田が今度は出遅れまいと競い合うように頭を下げた。
「すみません、まさか小松沢さんが僕らみたいなのを聞くと思わなくて、ちょっとびっくりしちゃいました」
「そうだろうな。私はクラシックの類しか聞かないことに――いや、付き合いで演歌くらいは聞くが、まぁ、君達の音楽を聞くようなイメージはないだろう」
「そう聞いてました」
「ただね――――」
清吉はそこで一度大きく息を吐き、自分を取り囲んでいる面々をぐるりと見渡してジャケットの内ポケットから手帳を取り出した。
「CDはすべてDVD付きの初回限定版、さすがにライブを見に行くのは難しいが、ツアーDVDはもちろん買ったし、グッズもオンラインショップですべて購入済みだ。当然、来月発売の5枚目のアルバムも予約している。それから、AKI君モデルのギターは限定生産も含めてもちろんすべて購入したし、湖上君のベースもすべて揃えた。SHOW君のマイクスタンドや長田君のドラムセットも――」
一体何が書かれているのか、手帳をペラペラとめくりながらそんなことをすらすらと言う。晶と湖上は口を真一文字に結び、目を大きくひん剥いている。さすがは親子。顔の作りはまるで違っていても、こういう時の表情はそっくりである。長田はというと若干引いているのか眉をしかめたまま固まっていた。
「あ、あの小松沢さんもしかしてその……ファンクラブの方にも……?」
カナレコのオンラインショップでも所属アーティストのツアーグッズは購入可能なのだが、やはりファンクラブのそれとは内容が若干異なっている。やはり会費をいただいている分、そこでしか買えない限定グッズなんかもある。そして、その上等な黒革の手帳に何のためらいもなくぺたりと貼られているのは――ファンクラブの方の限定ステッカーだ。
「うむ。悔しいことに1桁は逃してしまったが……ほら」
章灯のその質問を待っていたかのような素早さで、清吉は会員証を提示してきた。ナンバーは『0000012』。確かに1桁ではないが――――。
いやいやいやいやいやいや!
これってもう『シャキッと!』の初披露直後くらいだろ!
ファンっていうか、大ファンじゃないか!
ていうかフツーのファンって、ギターやベースはともかくドラムセットやマイクスタンドまで買うか?!
「あの、すみません、正直、かなり驚いてます、僕……」
章灯がぽつりとそう言えば、
「すんません、俺もっす」
と、長田が続く。
湖上と晶はほぼ同じタイミング、同じスピードでこくこくと何度も頷いた。
「有難すぎて、もう何が何やら、というか……」
そう言いながらちらりと地下室へと続く階段を見る。
「あの、これって蒼空さんには……?」
「言えるか」
……だろうな。
あの2人を外した理由と、晶に対してやけに低姿勢になっていた理由がわかり、章灯は成る程、と頷いた。
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