♪17 蒼空の相談

 そう、だからといって、なのだ。


 蒼空そらの中で、AKI――あきらは完全なる『ゲイ』で、全くその気がない章灯しょうとをどうにか陥落しようとあの手この手を駆使しまくっているという非常に厄介な人物なのである。


 あの手この手の一つめは、まずは料理。

 これにはさしもの彼女も唸らざるを得ない。さっき食べたパスタも高級イタリアンで食べるようなかなり本格的な味がしたのである。


 あんなに短時間でいかにも適当そうに作ってたのに!


 そして二つめが仕事面である。

 この業界で仕事をしていれば、『AKI』という人物がどれだけの力を持っているかなんて5歳の子どもでもわかることだ。


 自身のユニットはもちろん、アイドルや歌手、映画やゲームへも楽曲を提供しており、それによる経済効果もかなりのものである。そんな権力者に目を付けられるということは、確かに有難いことではあるのだろうが。


 今回の特ソルにしても、OP曲はもちろんのこと、サントラの売れ行きは好調らしい。

 しかしそれでもキャラクターグッズや玩具の売り上げについてはいまひとつということで、劇場版をきっかけに盛り返していくべく、いま一度ヒットメイカーAKIの力を借りたい、というのが章灯の起用の理由なのである。

 あの『気難しい』AKIを動かすにはその『寵愛』を受けているSHOWから口説くべし、というのがマニュアル化しているほどで、蒼空はこの『寵愛』という言葉を額面通りに受け取ってしまった形である。


 どうにかあの変態イケメンの魔の手から山海やまみさんを守らないと!


 蒼空は勝手にそんな使命に燃えていたのだった。



「あの、今度父と共演なさるそうで」


 相談って何でしょうか、と章灯が問い掛けると、蒼空は伏し目がちにぽつりと話し始めた。


「あぁ、お聞きになりましたか。ネットの配信番組なんですけど、快くお受けくださって、本当にありがとうございます。初回なので、僕もかなり手探りになりそうで申し訳ないんですが」

「いえ、そんな! あの、私が心配しているのは、その……、父はあの通りテレビではかなり気難しい感じですから」

「あぁ、まぁ、確かにそう見えますよね」


 インスタントですみません、と断った上で淹れたコーヒーを啜る。蒼空もまた眉間にしわを寄せた状態で彼に倣った。


「でも、大丈夫ですよ」


 カップをテーブルに戻し、章灯はさらりと言った。虚勢などではなく、いつもの彼のトーンである。


「え?」

「いや、娘さんに対してこんなことを言うのは本当におこがましいんですけど」


 そこで章灯はちらりと壁時計を見た。彼女の話ではもうあと30分くらいで迎えがここに来る予定である。


「俳優としての小松沢さんには――ええと、蒼空さんの知らない部分が恐らくまだまだたくさんある、というか……」

「俳優としての、ですか?」

「そうです。父親としての部分はもう絶対蒼空さんや奥様に敵いませんけど、僕は――といっても僕自身、共演させていただいたのは指で数えられる程度ですが、それでも、俳優としての小松沢さんのことは蒼空さんより知っているつもりです」


 章灯は終始にこやかに話していたが、彼のことを深く知るものであれば、本当は彼が内心少々苛立ち始めていることに気付いたであろう。

 しかし彼にもその苛立ちの理由はまだわからなかった。なぜか無性にイラッとする、と、そう感じるだけである。


「確かに小松沢さんといえば、視聴者のイメージとして『気難しい』『偏屈』『怖い』なんかが挙げられると思います。そういう役どころが多い、というのもあるでしょうけど、それでも若い頃は爽やかな好青年の役もありましたし、時代劇ではお調子者のお奉行や旗本の三男坊っていうのもありましたよね」

「え、ええと――。そうでしたっけ」

「蒼空さんが産まれる前の役です。『退屈同心捕物帖』ですとか、『旗本が参る!』って聞いたことありませんか?」

「すみません、タイトルまでは。ただ、写真とかは見せられたと思います。ただ、あの『ツキダイ』? でしたっけ、私、あのかつらがどうにも……」

 

 それは『ツキダイ』じゃない! 『月代サカヤキ』と読むんだ!

 ウチの新人でもそれくらい読めるぞ!


 そう叫びそうになるのをぐっと堪える。

 少々だった苛立ちは既に『かなり』にランクアップしていた。しかし、それを出すわけにはいかない。


 指摘した方が良いだろうか、と一瞬迷う。彼女は恥をかかされたと思うだろうが、言葉を伝える仕事をしている以上、黙ってもいられない。


「ええと、それは『サカヤキ』ですね、そのかつらは」

「えっ、あぁ、やだ、私ったら!」


 幸いなことに蒼空はそれで気分を害するということはなかった。とりあえずそのことに安堵する。


「最近では小松沢さんもバラエティーに出る機会が増えたじゃないですか」

「番宣目的ですけどね」

「まぁ、それは置いといて。小松沢さんって、ものすごく周りをよく見てるんですよ。いまはどう振る舞うべきか、この番組でどんな自分が求められているのか、って」

「まさか! いつもふんぞり返って偉そうにしてるだけじゃないですか!」

「やっぱりそう見えます? ご家族まで欺けるなんて、さすが名優ですよ。ただ、正直なところ、そんな小松沢さんと上手く絡めない――言葉は悪いですけど、上手く扱えない司会者がいるのは事実です。それは単にこちらの力不足なんですが」

「そんな」


 一応、自分はそれが出来ている――という自負はある。というのも、小松沢のマネージャー経由で「彼の司会はやりやすかった」というお褒めの言葉をいただいたからだ。


「今回の番組は僕が街中を散歩しながら接待する、という内容ですけれど、放送事故になるようなトラブルは絶対に起こりません。僕もそうならないように気を付けますけど、それ以前に、小松沢さんがそうはさせませんよ、絶対」


 そう締め、章灯は再びカップに口を付けた。


「でも……」


 蒼空はまだ納得出来ないようで、言葉を詰まらせている。


「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。お父様を信じてください」


 そう言って章灯は空になったカップを持って立ち上がった。


「そろそろじゃないですか? お迎え。ちょっと見て来ます」



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