♪12 ある構成作家のやり方

「よ……かったぁ――……。どこにいんだよ、アキ。俺も皆もすげぇ心配してんだぞ」


 今日の朝までは、もしあきらから連絡が来たら、ちょっときつめに叱ってやろうくらいは思っていた。いくら晶でもこれはやりすぎだ、と。


 しかし、時間が経つにつれ、やっぱり自分に非があったんじゃないだろうか、事件に巻き込まれたのではないかと思うようになり、叱るどころではなくなったのである。


「すみません、章灯しょうとさん。あの、本当にすみません」

「良いよ、もう。とりあえず無事ってことがわかっただけでも。細かいところは俺からは突っ込んだりしねぇから、言いたくなったら言えば良いし。ただ、コガさんとオッさんにもちゃんと連絡してやれ。冗談抜きにオッさんは完徹してっからな。しかも俺らンで」

ウチで、ですか?」

「おう。俺が家空けてる間にアキが帰って来るかもって思ったみたいでな。まぁそれは置いといて、だ。いつ帰って来るんだ? 来週のイベントは?」

「それはもちろん出ます」

「良かった。リハもあるから、余裕もって帰って来い」

「わかりました」

「それと、俺、打ち合わせ中だから切るけど、出来ればスマホの電源入れといてくれ。別にこっちからガンガンかけるつもりは無いけど、いつでも繋がるんだって安心するからさ」

「……わかりました」

「……そんじゃ、切るな」

「はい、お仕事頑張ってください」


 アキもな、と言おうとしたところで通話は切られた。晶の電話はいつも切り際が容赦ない。じゃあね、またね、などといった応酬が続くことはなく、ほとんどの場合、彼女の方からぷつりと切れてしまうのである。


 やっぱりか、と苦笑して章灯は立ち上がった。


 事件性は0。そのことにひとまず安心する。



「すみません、お待たせしました」


 そう言いながら会議室に戻ると、構成作家は「ああ、全然ですよ。僕もいま休憩してました」と返してきた。それがあながち間違いでもなさそうに見えるのは、テーブルの上に個包装のせんべいやらチョコレート菓子やらがぶちまけられているせいかもしれない。


「まま、山海やまみさんもどうぞどうぞ」


 一応この業界ではやり手らしいその若き構成作家の澤田石さわたいし雁固がんこは、あまりかっちりとした会議や打ち合わせというのを好まないようで、彼自身もかなりラフな恰好である。


「僕ね、これ好きなんです」


 そう言って、一口サイズの堅焼きせんべい『ひとくちガンコ』に手を伸ばした澤田石は、個包装を嬉しそうに破いた。食べるのが楽しみで仕方がない、といった表情である。


 『ひとくちガンコ』というのは、例えば京都やら銀座やらに本店を構えるような老舗の有名菓子店の商品というわけではない、スーパーやコンビニでも買えるような米菓だ。ただ、それを作っている菓子メーカーの『いなほ米菓』自体の歴史は古いので『老舗』と言っても良いのかもしれないが。


「美味しいですよね」


 勧められるがままに章灯も手を伸ばす。見ると味は数種類あるようで、四角い海苔が付いているもの、ザラメが付いているものもある。どれにしようかと悩んだ結果、章灯はザラメを選んだ。


「お、山海さんは甘いのもイケますか」

「えぇ、割と好きです」

「良いですよねぇ。僕も好きです。ていうかねぇ、まず名前が良い。僕の名前、これから取ってるんで」

「そうだったんですね、雁固さんって」

「んふふ、実はね。でも、こんな名前にしちゃったもんだから性格の方も頑固なんじゃないかって思われたりするんです」

「仕方ないんじゃないですかね」

「でもまぁ、そういうので避けてくるならそれはそれで良いんです、僕。あぁそういう人なんだなってことで僕からもすっぱり切ります。でも――」

「でも?」


 澤田石はそこでせんべいを口の中に放り込んだ。一口サイズではあるものの、結構な硬さのせんべいのため、飲み下せるほどの大きさになるまでかみ砕くのは容易ではない。しばらくの間、澤田石は「ちょっと待ってくださいね」と左手で口元を隠し右手を章灯に向け、バリンボリンと小気味よい音を響かせていた。


「そんなに急がなくて良いですよ。ゆっくり味わって下さい」


 章灯がそう言うと、澤田石は口元を隠した状態で目をぎょろつかせた。大きくパチパチと瞬きをしている。


「いっ、良いんですか?」

「良いですよ、全然。せっかくお好きなんですから、美味しく食べてください」

「いやぁ、そう言っていただけると……。あぁ、でもいまちょうど口の中なくなったので……」


 そう言いながら今度は海苔せんべいの個包装を破いた。


「僕はね、自分でもわかるんですけど、かなり面倒くさい人間なんです。来るもの拒まず去るもの追わずっていう言葉あるじゃないですか。僕ね、来る人は基本拒みませんし、同じもの作ってても頭の中も同じってわけじゃないからいつかどこかで意見が分かれて去って行く人がいるのもわかるんです。でもね、そういう人達には絶対に後悔させたいんですよ、僕は」

「後悔ですか」

「そう。僕の元を離れたことを徹底的に後悔させる。っていっても、悪いことするわけじゃないですよ? もちろん。絶対にそんなのは当たらないとか批判されたら、もう一字一句漏らさずに記録するんです。そしてそれを壁に貼って、あとはそれを毎日睨みながら、ただただ、頑張る。ひたすら頭も使う。で、絶対に成功させる。そしたらきっとその人は『あぁ、雁固の言うことは間違ってなかったんだ』って思うんじゃないかって」

「はぁ……、成る程。でもそれってかなり大変なんじゃないですか?」

「うん。すごく大変なんです、やっぱり。でも、僕はそれが原動力なんですよね。最近やっと自分の扱い方がわかるようになってきたというか。そういう時の方が僕はどうやら生き生きしてるらしいんです。壁の貼り紙に向かって悪態つきながら仕事してる方が。面倒くさいっていうか、厄介ですよね。でも、大体僕の番組でどーんとでっかく当たるのってソレがある時ですからね」

「そうなんですね。あの、ちなみに、コレは……」


 章灯はテーブルの上の企画書をおずおずと指差す。


 大まかな内容自体はそう珍しいものではない。都内の穴場を紹介していく、というものである。

 すると澤田石は海苔せんべいの海苔だけをぺリぺりと剥がし、それを口に入れてニヤリと笑った。


「んふふ。どっちでしょう~ねぇ~」


 海苔から先に食べてしまいシンプルなしょうゆせんべいになってしまったところで、それをわざと二口で食べると、澤田石は身を乗り出して企画書をぺラリと捲った。


「いや僕ね、もっと男子アナウンサーさんには色々活躍してもらった方が良いと思ってたんですよ」

「え? えぇ、えぇ……」

「特に! 山海さんの場合、結構色々出来るじゃないですか。歌も歌えるし、身体も動くし」

「いや、身体の方はもう結構鈍ってて」

「あとはやっぱり見た目ですよ、うん」

「見た目!? いや、それなら正直言って僕じゃなくて木崎君ですとか……」

「わかってないですねぇ、山海さん。木崎君じゃだめなんですよ。あそこまで整っちゃうと、だったら俳優さんで良いじゃんってなっちゃうじゃないですか」


 ということは、そこまで整ってはいない、と……。

 いや、わかってるけど。


「与えられた仕事はかっちりこなす真面目さがあってアドリブにも強く、頼まれたらNOと言えないくらい人が良くて、けれども魅せる時は魅せる! そういう人がですね、強面系の大御所に絡まれてアワアワしてるのって面白いんじゃないかって常々思ってたんですよ。そしたら、そんなのMCの人がひたすら可哀想なだけじゃないですか、って言って辞めちゃった女の子がいてですね……」

「わかりました。もうわかりました。当たりますね、当たるってことですねコレ。頑張ります、僕……」

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