7/10 章灯の誕生日 6

 あのアキが、ねぇ。


 第一印象はそれだった。


 やり残した作業ってこれかよ、と苦笑する。

 

 章灯がクツクツと喉を鳴らすのを見て、あきらは唇を尖らせた。


「やっぱりおかしいですか」

「いや、全然。嬉しすぎて笑いが込み上げてきただけ」

「子どもっぽいかなとは思ったんですけど……」


 決して広くはない地下室は、折り紙で作られた輪っかとたくさんの風船で飾りつけられていた。


「小さい時、誕生日はいつもコガさんがこうやってしてくれたんです」


 当時を懐かしむかのように目を細める。

 

 よくもまぁ、あの短時間で。

 いや、もしかしたら、ちょこちょこと準備はしてくれていたのかもしれないが。


「ありがとう、アキ」

「あの、でも、プレゼントはこれじゃないですから!」

「――えっ? 違うの!?」


 急に大きくなったヴォリュームとその剣幕に思わずのけ反る。


「す……、座ってください」

 そう言って壁に立てかけてあったパイプ椅子を指差す。

 何だ何だと思いながらも従い、すとんと腰を下ろすと、彼女ももう1つの椅子を運び、彼の前に置いた。そして床に置いてあるギターケースからアコースティックギターを取り出す。


 成る程、何か弾くのか。

 ということは、俺が歌えば良いのかな?


「あの、歌います、から」

「――は?」

「わっ、私が、歌います、から」

「アキが? 作ったのか?」


 歌詞、書けないのに?


 という言葉はぐっと飲み込む。


「洋楽の有名なバースデーソングです。ちょっとだけアレンジさせてもらいましたが。本当は一から作ろうと思ったんですけど、どうしても……その……歌詞が……」

「いや、良いんだ。アキが俺のためだけに歌ってくれるってだけで」


 そう、それだけで価値があることなのだ。


 あのAKIが。

 ライブでもソロで歌うことなんてまず有り得ない、あのAKIが。

 地下室に2人きりだなんて、ファンなら誰もが憧れるようなシチュエーションで。

 たった1人のために歌う。

 これ以上なんてきっと無いだろう。

 

 いつもの控えめなコーラスではない、一本の絹糸のような繊細なその声は、柔らかなギターの音色と絡まりながら心地よく耳に届く。


 女の声だ、と章灯しょうとは思った。


 とはいえ、キンキンと甲高いわけではなく、世の女性と比べれば、やはり低い方かもしれないが。

 無理をしていない、自然な低さのその声は、伸びやかで、真っすぐで、良く通る。

 どうしてお前がヴォーカルじゃないんだと、つい言ってしまいそうになる。そんなことを言えば、晶はカンカンに怒るだろう。

 

 曲を歌い終えると、晶は数秒前とは別人のように小さな声で「お粗末様でした」と言った。


 あれのどこがお粗末なんだ、と言ってしまいそうになったが、真っ赤な顔で俯く晶を見て、何とか我慢した。その代わりに――、


「アキ、何か違うのも弾いてくれ。俺も歌いたい」


 そう言うと、晶は晴れやかな顔で「はい」と答えた。



 数曲歌った後で、さすがにそろそろ寝ないと、と章灯が立ち上がる。

 良い誕生日だった。心の底からそう思った。


「――章灯さん」


 背後から名前を呼ばれ、彼はゆっくりと振り向いた。


「お誕生日、おめでとうございます」

「今日一日で何回言ってくれる気だよ、お前は」

「え――……っと、何回言いましたっけ……。朝と、出掛けと……」

「良いって、数えなくても。ありがと。毎年毎年スタートは納豆尽くしで最悪だけど、結局こうやって最後にはなんか良かったなぁって終わるんだよなぁ」


 結果オーライ、と言ってカカカと笑うと、晶はギターケースの蓋を開けながらぶんぶんと首を振った。


「最悪じゃないですよ。この日に産まれたから、いまの章灯さんなのかもしれないじゃないですか。昨日や、明日産まれたとして、もし違う章灯さんだったら困ります。そっちの方が最悪です。私達出会ってないです。だから、7月10日この日が最高なんです」


 そんなことを言いながらギターをしまう。

 パチン、と金具を留め、「さぁ、もう寝ましょうか」と立ち上がったところで、章灯は彼女をぎゅう、と抱き締めた。


「くっそぉ、まったくおめぇってやつはよぉ」

「……? 苦しいです、章灯さん」


 畜生、何だよ。

 俺はアキに気付かされんのかよ。


 母さん、ごめん。

 

 ここで電話やらメールで感謝の言葉なんて述べたら、また姉ちゃんに「マザコンねぇ」と茶化されるんだろうか。

 

 そんなことを考え、章灯は苦笑した。



 

 

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