7/10 章灯の誕生日 3
「今年もまたたくさんもらって来ましたね」
誰かが用意してくれた紙袋とチャック付きの簡易保冷バッグ、そして通勤鞄を持った
晶の視線がチラチラと保冷バッグの方に向けられているのに気付いた章灯は苦笑しながら「ほい」とそちらを手渡した。気になっているのがバレてしまったことに少々気まずい思いをしながらも、晶は「ありがとうございます」とそれを受け取る。
ゆっくりとチャックを開けると、彼女は小さな声で「わぁ」と言った。楽し気に吟味している晶の横で、章灯は紙袋の中に視線をやり、ため息をつく。それに気付いた晶が心配そうな顔で彼を見上げた。
「どうしたんですか、章灯さん」
章灯は、眉を寄せて首を傾げる晶に向かって紙袋の中から『プレゼント』を1つ摘まみ上げ、苦笑する。
「いや、今年は爆弾が来ちまってさ……」
「爆弾? ですか?」
章灯の誕生日祝いを晶と2人でやることになったのは、幸か不幸か、
晶からのプレゼントは毎年彼女がデザイナーを務める『turn off the love』のシルバーアクセサリーと決まっていて、『turn off~』の、とはいうものの、もちろん一点ものの非売品である。毎年彼の誕生日後のライブでそれを身に付けるのだが、当然のように店には問い合わせの電話やメールが殺到する。そして、それの対応にぶちギレた
『turn off~』はあくまでもAKI個人のブランドであるため、ORANGE RODとは無関係というスタンスだったのだが、デビュー直後ならまだしも、今現在、『turn off~』とORANGE RODを無関係と見ているファンは皆無に等しい。最近では晶の方でも諦めたのか、こういったコラボじみた企画にも乗るようになったのだった。
御馳走に舌鼓を打ち、ひいきにしているケーキ屋の小さなホールケーキを平らげた後で、やり残した作業を片付けてくると晶は言った。確かに今日は章灯の誕生日ではあるが、別に祝日でも何でもない平日である。当人とその近しい人物にとっては特別な日でも、だからといって何もかもが免除されるわけでもない。
それでも「早めに終わらせますから」と、終わらせた後に何かあるのかと期待させるようなことを言って、彼女は地下室へと続く階段をかけ下りていったのである。
それであれば、と本棚から自分達の曲が使われた原作本を取り出し、ソファに寝転んだ。
全36巻のちょうど半分を読み終えたところでインターフォンが鳴る。
あの2人は奄美大島のはずだけど。
あの2人ならサプライズも充分考えられる、と身構えながらモニターを確認してみれば、何てことはない晶の双子の姉である郁とそのパートナーの千尋であった。
「はい、いらっしゃい」
そう言いながら出迎える。落ち着いたカーキ色のオールインワン姿の郁とは対照的に、千尋はというと目の覚めるようなショッキングピンクのワンピースである。仮に千尋が女性だったとしても、ここまで真逆のファッションセンスの2人が友人同士には見えないのではないだろうか。
「千尋君、今日も派手だね……」
単なる感想ではあるのだが、その中にほんの少しの嫌味を混ぜつつそう言ってみるも、彼は案の定額面通りに受け取ったらしい。
いや、「そうなの。可愛いでしょ?」と噛み合わない返答をしたところを見るに、恐らくどんな感想を述べたところで同じ答えが返って来るのだろう。
「アポも無しにごめんなさい、
晶と良く似た顔の郁が眉を寄せれば、迷惑だなんて言えるわけもない。というより、彼としては晶が戻って来るまではとりあえずすることが無いのである。
「いえ、大丈夫ですよ。ここじゃ何ですから、上がってください」
自分より6つも下なのに、郁に対しては何故かついつい敬語になってしまう。
「えへへー。章灯さん、お誕生日、おめでっと~」
「ああ、うん。ありがとう。ちょっと離れて」
祝いの言葉と共に二の腕に抱き付かれ、彼は冷静にそれを振りほどく。郁はといえば注意する気も起きないのかうんざり顔である。
「うふふ~、どうせ今年も局の人達から納豆攻めだと思ってさぁ、『私』達からはぁ、納豆とは別のものにしたよん」
わざと身をくねらせながら女声でしゃべる千尋に、章灯と郁はほぼ同じタイミングでため息をついた。とりあえず、居間へどうぞ、と言いかけた時、再びインターフォンが鳴った。
もしかして、今度こそあの2人が?
とすると、もしかして『紫煙』のライブ自体が嘘?
いや、そんなわけはない。CMでも宣伝してたから、それは間違いない。
え? じゃあもしかして俺を驚かすためだけにキャンセル……?
――いやいやいや! それはさすがにやりすぎだろう!
それとも影武者を……?
って、それは現実味が無さ過ぎる!
さまざまな憶測が交差する中、おずおずと半分だけ扉を開けてみるとそこにいたのは――、
「……突然すみません、先輩」
後輩の
「――矢島さん? どうしたの?」
困った、さすがに資料関係は持って帰って来てないぞ、と思ってしまうのは、やはり彼女が俯き加減でもじもじしているからである。こういうテンションで声をかけられる=何かしらの困りごと、という図式が既に成り立っているのだった。
「ごめん、俺家にあんまり仕事持ち帰らないから、さすがに資料系は……」
そう続けるが、睦美は俯いたまま無言でぶんぶんと頭を振るばかりである。
もしや教育係の
そう思い、彼の背後に隠れるようにして立っている郁と千尋に目配せをする。郁は少し困ったような顔で頷き、千尋はというと何だか憐れんでいるような慈母のような顔で微笑んでいる。
これはどういう意味なんだろう……。
【郁】
A、私達ならすぐにお暇しますから、上がっていただいたら?
B、女の子と2人きりというのはどうかと思うわ。お邪魔じゃなければ私達も残りましょうか?
【千尋】
A、あーらら、面倒くさそうな子が来ちゃったね、ご愁傷さま。俺達帰るね。
B、2人だと後あと面倒なことになるから、俺達も同席しようか?
思い浮かんだのはせいぜいこれくらいだった。
わざわざ訪ねてきた後輩を追い返すというのも気が引けるが、地下に晶がいるとはいえ、2人きりというシチュエーションもまずいだろう。
章灯は意を決して2人と視線を合わせた。
すみません! B案でお願いします!
それが伝わったのかは定かではないが、千尋はその大きな瞳(つけ睫毛装着済み)で彼にウィンクをした。郁は苦笑いをしながら大きなため息をつき、靴を脱いで睦美の分のスリッパを出す。
それを見て、章灯は睦美の方に向き直り、ゆっくりと扉を開け、「とりあえず、どうぞ」と言った。
「お、お邪魔しま――……え?」
やっと顔を上げた睦美は、章灯の後ろに2人の『女性』がいることに驚いて目を見開いた。
「あ、あの……?」
「どうしたのぉ? 遠慮しないで上がって上がってぇ~」
千尋は底抜けに明るい声を発しつつ、後退しかけた睦美の手を取って中へと引きずり込む。さして華奢でもない彼女ではあったが、曲がりなりにも男である千尋に敵うわけも無く、「え? え?」と多数のクエスチョンマークを宙に浮かべながら、あれよあれよという間に、気付けば居間のソファにちょこんと座らされていたのだった。
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