♪16 逃げられない
「まぁ天才とはいっても、そもそも、ウチが音楽一家でしたから、やっぱり環境なんかは揃ってるわけですよ。それなりのところまでは出来るようになるんです。だから、人より上達のペースが早かったってだけで、そこから先は頭打ちです」
事実、高校に進学する頃には仲間内でもギターを始める者がポツポツと出て来た。最初こそギターの先輩として教える側に立っていたのだが、妙に飲み込みが早い者もおり、おまけにそいつは最初からエレキで、アンプも使いこなしていたのだった。
そこで自分も慌ててエレキに持ち替えてみたものの、どうにもしっくりこない。家族に反抗するかのようにロックやポップスを聞いてはみるものの、やはり肌に合わなかったのだという。
俺はやっぱりクラシックの中で生きるしかないのか。
そう思うが、どうしても両親や兄姉のようにそれで食っていけるほどの才能があるようにも思えなかった。
「同じ土俵で勝負したって勝てるわけがないだろぉ」
そう言ったのは、クラス内で妙に孤立していた伝田だった。
彼は確かに将来を熱望される有名なバレエダンサーではあったのだが、いかんせん立ち居振舞いが独特すぎた。入賞の度に校内に彼の勇姿が貼り出されるのだが、立ち止まるのは教師陣くらいである。
「白タイツとか、マジきもい」
それが生徒の大半の感想だった。
陰ながら「こいつは絶対面白い」とマークしていた牧田は積極的に絡み続け、『親友』のポジションを確立した。
そして伝田のその言葉によって一歩踏み出した結果が『芸人になる』だったのである。
しかしそんなに上手くいくわけもない。
お笑いがやりたくて志したというよりは、何となく対極にあるような気がして飛び込んだだけなのである。ネタが書けるわけでもなく、話が上手いわけでもなかった。
それでも妙な達成感、高揚感だけはあった。伝田を誘い込むことに成功し、こいつとならやれる、という根拠のない自信もあった。しかし、自信だけでは食べていけない。牧田はバイトを複数掛け持ちした。その中の1つが数年前まで足立区にあった『バンジョー居酒屋 ジョー』である。
「ギターが弾けるって言ったら、即採用だったんすよ。しかも、『演奏手当』がつくんす。賄いも旨くて最高だったんですけどねぇ」
ドキュメンタリーならここでそこの店主が登場もしくはメッセージが流れる場面だが、生憎、これはあくまでも情報番組内のワンコーナーである。彼らに与えられた時間も短く、牧田の話はここで終いとなり、最後にライブ情報を告知して彼らの出番は終わった。
「今後の彼らの活躍に期待しましょう」
と、
「ちょいちょい待ちなはれや、カメラさん。そこにAKIさん来てはるんやから、無視したらアカンて」
彼のその言葉で、コーナー終了のタイミングで帰ろうとしていた
スタジオ内の誰もがそういう『仕込み』なのだと理解し、誰からともなく拍手が沸き起こった。生放送のため、こうなるともう逃げ場はない。
「何やAKIさん、珍しく見学されとるなーって思て、ちょっと気にしとったんですけどね。彼らのネタでめっちゃ笑てはりましたやんか。意外やな、思て。実はファンなんちゃいますのん」
何度プロデューサーから注意を受けても彼が懲りる様子はない。相方の松ケ谷は章灯に救いを求めるような視線を向けながら「タケ、止めろ!」と強めに彼の肩を殴っている。
あの音は結構本気だな、松ケ谷さん。
そうは思うものの、出て来てしまった以上、はいさようならとはいかないのが生放送である。ましてひょっこり現れたのはAKIなのだ。プロデューサーは内心「よっしゃ! 今日の数字はもらった!」とほくそ笑んでいるだろう。確実に番組公式SpreadDERも大荒れのはずだ。
ここからどう収めようかと章灯は頭をフル回転させていたが、肝心の晶の方では先程の竹田の問いに対してのん気に頷いているのである。
「はぇ~、ほうなんでっか! 何や、もしかして彼らを推したのはAKIさんかいな」
「確かに、
「いやいや、推したのは僕ですよ! 爆笑だけがお笑いじゃないですから! アキがハマったのは嬉しい誤算、というか……」
「爆笑だけがお笑いじゃない、ですか……。何かとっても深いような……」
後輩の
「いや、そんなに真面目に考えなくて良いから!」
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