♪15 クラシックギターだったんですよ
「ぅえぇ? 1位ぃ?」
仮にも恩人である2人に向かってあんまりな態度であるという自覚はある。あるけれども、
いや、もし『章灯だけ』がわからないのだとしたら、彼らはもっと売れているはずなので、やはり大半の人々にはわからない類の笑いなのだと思う。
「あのさ、ちょっと参考までに聞かせてくれない? どういうところがアキ的にグッと来たわけ……?」
グラスにウィスキーを注ぎつつ、尋ねる。飲むか? と瓶の口を空のグラスに向けると、少しだけ、という答えが返って来た。
「えっと、あの、何て言うか……」
薄めに作った水割りを一口飲み、ふぅ、と息を吐く。元々語彙の乏しい晶だが、『笑いどころ』というのを説明するのは恐らく誰にだって困難な作業だ。それでも、ええと、ええと、と言いながら懸命に伝えようとしている。
くそ、可愛いな、こいつ。
昨今のモテテクとやらはどうにもぴんと来ないが、自分のために一生懸命言葉を探している、というこのシチュエーションはかなり『刺さる』。しかもそれが自分の愛する妻で、酔いのせいか羞恥のせいか、はたまたその両方かで頬をほんのりと染め、瞳を潤ませているのである。
――完璧か!
完璧すぎる。自分を落とすには。揃い過ぎているのだ。恐ろしいくらいに。
ちっくしょう! この状態で我慢出来るのは俺くらいなもんだからな! お前は俺に感謝しろ!
晶が真剣に困っているその隣で、その様子に胸を熱くしながらもそんなことを思ってみる章灯であった。
「――章灯さん?」
「……ぇえ? な、何……?」
「いえ、そんなにじっと見られるとちょっと恥ずかしいんですが。その、一応わかりました」
「お、おぉ! えと、それで……?」
「あのですね、まず、あのバンジョーの方の演奏が素晴らしくて」
「……だろうな。アキならまずそう言うような気がしてたわ俺」
「バンジョーは私も挑戦したことがあるんですけど。弾けなくはないんですが、あの人――」
「牧田君」
「はい、牧田さんのような陽気な感じのリズムに慣れなくて」
「言ってたもんなぁ、あっつい国の陽気な感じの音楽が苦手って」
「はい……。で、牧田さんのバンジョーと、踊っている方――」
「伝田君ね」
「伝田さんのバレエが全く合っていないんです」
「やっぱり合ってないのか」
何だ、そこはアキも同意見なのかよ。
「恐らく。私はあまりバレエの方は詳しくないんですけど、テンポが全くかみ合っていませんでしたし。それに、あの、職務質問って、そんなに弾んだ曲調でするものでは無いと思うんですよね。ですから、ええと、こういうのを何て言うのか――」
成る程、感じた部分は一緒だ、と章灯は思った。
自分はそれをつまらないと評価し、その一方で晶は面白いと評価したのだ。
ミスマッチを楽しむ、というか。
――そうだ。
「ミスマッチ、ってやつか」
「そう! それです!」
大きめの声でそう答えた晶の顔は実に晴れやかだった。
***
「いやぁまさかあのAKIさんがねぇ」
「実に、恐悦至極ぅ」
章灯がMCを務める朝の情報番組『シャキッと!』である。
次に不定期コーナーである『目指せ! ネクストブレイカー!』を控えた状態でCMに入ったところであった。
セットの中央で所在なげに立っている『踊る道化師』の2人は、ずらりと並んだ番組スタッフ1人1人に視線を滑らせ、さして緊張もしていないようなトーンでぽつりぽつりと会話をしている。
このコーナーは、ネタにしろ歌にしろ必ずしも『生』であることを強制したりはしない、というのが1つのスタンスである。
始まった当初、ガチガチに緊張しまくった読者モデル上がりの歌手が歌唱中に倒れるというトラブルがあったため、事務所や本人と相談し、VTRを流してトークに重点をおくか、それともあえて生で勝負するかを判断してもらうことになったのだった。
そして、彼ら『踊る道化師』はというと、「生は危険すぎる!」という事務所判断のもと、VTR+トークという構成になったのである。彼らが余裕の表情でこのCM中の時間を持て余しているのは、そういう理由からであった。
「お、おい、伝田、見ろ――」
鼻歌でも歌い出しそうな気楽さでバンジョーを片手に突っ立っていた牧田は、カッと目を見開いて2カメの奥を指差した。
「何だ、どうし――? あぁ……!」
これにはさすがの伝田でんのすけも驚いたと見えて、ただでさえギョロギョロとしている目をさらに大きく開けている。本当にぽろりと落ちてしまうのではないか、と数メートル先のMC席に座る章灯は気が気ではない。
しかし、それも無理はないだろう。
何せ、牧田の示す先には、晶が立っていたのだ。
特にこれといった変装もせず。
おかげで番組スタッフの中でも若い女性辺りは、自身の職務を遂行しつつもチラチラとそちらの方をついつい見てしまい、先輩に小突かれている。――が、その先輩の方でも彼女達よりはその頻度が少ないというだけで、晶の方を何度も見ていることはバレバレだったが。
気付けば年配のカメラマンさえもが後ろを気にし始め、「おい、撮った方が良いんじゃないのか」などと言いだす始末である。
まさかアキが自ら見学したいと言い出すとは。
そんなにも気に入って『くれた』――というのが恐らく正しい表現なのだろうが、なぜか胸がもやもやとして釈然としないのは、あれから何度見返しても、彼にはあのミスマッチを楽しむような気持ちになれなかったからである。
しかしそれでも、1人でも多くのファン(で合っていると思う)を獲得することは、こういう業界で食っていくためには何よりも重要なことだし、それが晶のような影響力のある(たぶん)人物であれば喜びもひとしおのはずだろう。何せ「実はあのAKIさんが俺達のファンで」という一言はかなりの破壊力を見込める武器になるのだ。
章灯は最終確認、と手元の資料に視線を落とす。
どんなに大金を積んでも強い推薦無しにはその門すら潜らせてはもらえないという名門バレエスクールに所属していたという伝田は、牧田が言った通りに様々なコンクールを荒らしまくっていたようである。
バレエダンサーを志す人間からすれば伝田でんのすけ――もとい
伝田についてはただ者じゃないと章灯の方でも覚悟していたのだが、牧田の方も中々のものだった。
ある有名な交響楽団に所属するトランペット奏者の父とフルート奏者の母との間に産まれた牧田虎雄(これは本名だった)は、上にトロンボーン奏者の兄(ドイツで活動中)とオーボエ奏者の姉(ウィーンで活動中)がいる音楽一家の中で育った。
上2人と年が離れているため、かなり甘やかされて育った牧田は、クラシックこそ至高、という環境に背いてやりたいと、僕はギターをやる、と宣言した。虎雄が5歳の時だった。両親はそれに反対することもなく、まだ幼い彼のためにと子ども用のギターを用意した。そして彼は満足げにそれを練習し始めたのだという。
「――が、それ、クラシックギターだったんですよ」
牧田がそう言うと、スタジオ内には笑いが起こった。彼らのネタを流した後だったので、正直、どんな話でも面白く感じるのである。いや、晶はかなりウケていたのだが。
そして、牧田少年がそれに気付いた頃にはもうすっかり天才ギター少年と呼ばれるほどになっていたのだという。
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