♪13 オツ
そこまで無言で
――あ、これはヤバい。
そう思った時にはすでに遅く、彼女は明らかにそわそわし始めている。これは完全に『踊る道化師』に――というより、
「後でネタ動画見るか?」
そう聞くと、晶はこくりと小さく頷いた。
後悔するなよ、と心の中で呟く。
***
さて、夢に出る方の道化師こと伝田でんのすけ(さすがに芸名らしい)がその禍禍しい笑みと共に提案したのは『音楽』を使うことだった。
「ウチのマキは断線ヘッドホンでしたが、逆に音楽を流すわけですねぇ」
牧田をニヤニヤと見つめながら、ねっとりと話す。牧田の方はというと「バレてたのかよ!」と青ざめている。やはりバレていたらしい。
「成る程。それならどうにか出来そうだ」
***
「――で、とにかく一秒でもずれないように曲を聞きながらリアクションする練習をしたんだ。それで、本番ではVに切り替わるタイミングでmp3プレーヤーに繋いだイヤホンに交換して……」
「それは大変でしたね」
「うん。マジであの2人にはもう頭が上がらないよ、俺」
照れたように笑う章灯につられて晶も笑った。
「でもごめんな、アキ。まだまだ一緒にホラー映画を楽しむには至れねぇみたいだ」
「そんなことないですよ」
「そうか?」
「章灯さんにも弱いところが1つくらいあってもらわないと」
「いや、弱いとこなんてまだまだあるぞ、俺。梅干しだって食えねぇし、料理も出来ねぇし、楽器も弾けねぇしさ」
「良いんですって」
「うーん。うん、まぁ、アキがそう言うなら」
「怖がる章灯さんというのもまたオツですから」
「――ちょっ!? アキ!?」
「冗談ですよ」
首を傾げて晶は笑った。その妖艶な笑みにどきりとする。
まさかこんなにペースを乱されてしまうとは、と年上としての焦りを感じ、それを誤魔化すべく軽く咳払いをしてから無駄に大きな声を出してみる。
「――そ、そぉーだっ! 見るか? さっきの?」
「さっきの、ですか?」
「もう忘れたのかよ。『踊る道化師』のネタ動画だよ」
「――あぁ!」
「宣伝してくれってDVDもらったんだ」
名刺代わりに渡しているのだというそのネタDVDは、手書きで『踊る道化師 究極ネタ集 Vol,1』と書かれているのだが、それもまた妙におどろおどろしいフォントなのであった。晶の方はそこにも興味を持ったようで、感心したような声を上げながらその文字をなぞっている。
しばらくふんふんとディスクを見つめていた晶だったが、章灯がデッキのリモコンを持ったことに気付いて、それを慌てて奪い取った。
「ダメです! これ、ディスクの方も章灯さんダメなやつですから!」
いつもの彼女からは考えられないほど手早くデッキからディスクを抜き取ると、テレビの影に隠してあったケースに入れ、再び同じところに戻す。どうやらレンタルではなく私物らしい。パッケージを章灯に見せないようにという配慮だろう。何もそこまで、と言って笑い飛ばしたいところではあるが、ありがたいというのが正直な気持ちだ。
空になったデッキに『踊る道化師 究極ネタ集 Vol,1』を入れ、再生ボタンを押す。
本当に後悔するなよ、と心の中で呟いた。
***
「もしも、職務質問をしてきた警察官がバレエダンサーだったら!」
「もしも、道を尋ねてきた腰の曲がった老婆がバレエダンサーだったら!」
「お客様の中にバレエダンサーはいらっしゃいませんか?」
「もしも、頑固一徹家系ラーメン店の親父がバレエダンサーだったら!」
「もしも、中学の頃仄かな恋心を抱いていたあの娘がバレエダンサーとして現れたら!」
***
彼らのネタは全てにおいて伝田でんのすけの完成されまくったバレエの力を惜しげもなく前面に出したものだった。伝田がかなりキャラも濃くアクの強い芸を見せているので、その一方で牧田が控えめなのかというとそうでもない。
警察官の恰好をした伝田が優雅に躍りながら職務質問をする中、牧田は何故か端の方でバンジョーを弾いているのである。
――なぜ相手をしない。
章灯の第一印象はそれであった。
ということは、である。
伝田は誰もいない空間に向かって職務質問をし、あるいは道を尋ね、ラーメン論を語り、実は私も田中君のことが好きだったのと告白するのだ。牧田の奏でるバンジョーの調べに乗せて。もちろん弾くだけではなく、オチの部分では彼も参加するのだが、どんな内容のネタであっても、
「しーししし、知ーらないよぉー♪ 知らないよぉー♪ ダンサーだって知らないよぉー♪」
で締めるだけなのである。
とりあえず再来週の『目指せ! ネクストブレイカー!』に出演させることは内定したものの、大丈夫なんだろうかと心配で仕方がない。
さて、アキの反応やいかに……。
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