♪2 一種の『焦り』
「そのギャップが良いんだってよ」
というのは
もちろん、小馬鹿にするようなトーンではあったが。
「完全無欠の完璧超人ってのは、それで案外つまんねぇもんだぜ?
そう続けて、「アキもわかるだろ?」と同意を求めて来たのだった。返事はとりあえず彼女なりにはぐらかしたつもりだが。
確かに章灯さんは自分から見れば完璧超人だ。
料理だって、最近は目玉焼きを焦がさずに焼けるようになったし、ちょくちょく熱を出して倒れてしまう自分のためにお粥の作り方も覚えてくれた。
それに楽器だって、この間のアコースティックライブでタンバリンデビューも果たした。
料理と楽器、彼の二大弱点が消えつつあるいま、もう四捨五入で完璧超人の称号を与えても良いだろう。
晶はそう思った。
けれど、近寄りがたいと思うことはない。それはやはりどこか抜けている部分があって、人間味が感じられるからなのだろう。
――人気が出ちゃうんだろうか。
ORANGE RODの『SHOW』の方ではなく、日の出テレビの『
そう考えると胸がチクリと痛んだ。
ユニットの方では女性人気なら自分の方が強い。いつもおどけて羨ましがる彼を見ているから、女性ファンが増えるのはとても喜ばしいことだ。だけど、アナウンサーとしての彼は、断然女性――主に主婦層からの人気が高いのだ。それはやはり朝の情報番組を担当していることが大きいだろう。
しかし、件の心霊特番は午後7時のゴールデンタイムに放映予定らしい。恐らく、朝の情報番組をほとんど見ていないような若い女性なんかも見るだろう。
そしてそれくらいの年齢層ならば、彼といえばSHOWなのだ。真面目なアナウンサー『山海章灯』ではなく、ド派手なロックヴォーカリストの『SHOW』なのである。そんなイメージを持っていたところに、いまのようなフニャリとした弱い部分を見たとしたら、どうだ。
とんでもないイメージダウン。
普通ならそうなるだろう。しかしORANGE RODはそこまで硬派なユニットではない。単に
しかし、彼女は何となくモヤモヤとした胸騒ぎだけを感じていた。形容は出来なかった。恐らく彼女の辞書に無いのだ、このような感情は。
それは恐らく、一種の『焦り』というか。
自分しか知らなかったはずの彼の一面を見せることで、何かが変わってしまうかもしれないと、晶はそれを危惧したのである。
どう考えても杞憂すぎるのだが。
もし晶がその感情を明確に章灯に伝えることが出来たら、彼は必死に笑いを噛み殺しつつ、こう言うだろう。
「そんなわけねぇだろ」と。
あっさり、ばっさりと。そして、我慢の限界だと噴き出しながらこう続けるのだ。
「何を見せたって、それで周りが何て言ったって、俺は俺だ。アキのことを好きなことも大事に思っていることも一切変わらないし、アキからの気持ちが変わるとも思ってねぇから」
章灯にはその確固たる自信がある。
愛し、愛されている、という自信が。それはもう、金輪際覆ることはない。夫婦だから、ではない。あんな紙切れ一枚などなくたって、相互の思いでがんじがらめに拘束されているのであった。
けれどやはり、晶にはそこまで胸を張れるほどの自信がない。
何か些細なきっかけで、自分のような人間はあっさりと捨てられてしまうのではないかと。それほど彼女は自分に――いや、『女』としての自分に自信がないのである。
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