♪31 平然と

「人前で平然と見ていられる自信が無いので遠慮します」


 章灯しょうとが勇気を出して「試写会にアキも来ないか?」と努めて明るく尋ね、返ってきたのがその言葉だった。


 平然って何だよ、と聞き返す。


 章灯としては、むしろ、それはこっちの台詞だろ、という話である。声だけとはいえ、自分の初演技だ。それもサブタイトルに載るほどの重要人物役で。声優志望だというのならこれほど感動することもないのだろうが、彼の人生において、それが将来の夢として掲げられたことはただの一度も無い。


「良いじゃねぇか、アキ。俺も見てぇし、行こうぜ」

「おうよ。俺とコガで挟んでやるから。な?」

「何でコガさんとオッさんまで来る気でいるんですか!」


 割って入ってきたのは久し振りにやって来た湖上こがみ長田おさだである。


「何でって……。俺らお前の『関係者』だし」

「かっ、関係者っ!?」

「そうそう。ちゃーんとお声がかかったんだぜぇ?」

「一応……私も……」


 得意気に胸を張る大男2人に挟まれ、あきらはおずおずと挙手する。


「何だよ、俺が誘わなくても良かったのか……」


 結構勇気振り絞ったんだけどな、と肩を落とすと、晶は慌ててその肩に触れる。


「いっ、いえ! ですから、私はお断りする気で……!」


 それはそれで何だか寂しいと感じてしまうのは、例えていうなら参観日に自分の親が来られなくなってしまったという感覚に似ているからだと思う。しかも科目はこれといって得意なものでもない。それでももしかしたら恰好良いところを見せられるかもしれないし、誉めてもらえるかもしれない。もしも、その恥ずかしさに勝る可能性があるのならば、やはり来て欲しい。

 恥ずかしいは恥ずかしいのだけれども、自分でもかなり頑張ったと思うその演技を出来れば一番に見て欲しかった。複雑な男心である。

 

 平然と見ていられる自信が無いというのはどういうことなんだろう。


 やっぱり回りはプロばかりだから、決して胸を張れるほどの演技では無い。それはわかってる。

 もしかして、それが痛々しくて見ていられないということだろうか。


「……アキは見たくないのか」


 必死に否定する姿を見て、何だか悲しい気持ちになる。あんなに自分の声に惚れぬいてくれているというのに、それは歌声だけなのだと突き付けられているようで。

 だから思わずそんな言葉が漏れた。


「ちっ! ちがっ……!!」


 肩の上に乗せられた手に力が入る。首を強く左右に振った振動がその手を介して伝わってくる。


「だよなぁ、見たくねぇわけねぇんだよなぁ」


 湖上が、ハイハイちょっとすまねぇな、と言いつつ章灯の肩の上から晶の手を優しくつまみ上げる。そしてさりげなく章灯から離れたところまで誘導しながら、その手を壊れものを扱うかの如くに優しく両手で挟むと、そのまま自身の顔の前に引き寄せた。その状態で撫でさする様はさながらどこぞのエロ親父なのだが、湖上は彼女のリアル『親父』である。


「だから、な? 行こうぜ、アキ」

「でも……」


 尚もためらう晶の耳元でそっと囁く。


「……俺の情報によるとだな、試写会でしか見られないところなんかもあるみたいだぞ? 本当に良いのか? 最初で最後かもしれねぇ貴重な章灯の演技を聞き逃しても」

「そっ……!」


 その反応に湖上は長田と視線を合わせてニヤリと笑う。


「行こうぜ、アキ」


 止めと言わんばかりに長田が彼女の背中を押す。


「い……きます……」


 晶が俯き加減で絞り出すようにそう言うと、彼らは再び目を合わせて笑った。


 それを端から見ていた章灯は突然の彼女の心変わりに首を傾げている。まぁ、そのやり取りからして、湖上が何かを吹き込んだことは明白だったが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る