♪24 昌明君

「英梨ちゃん、山海やまみさん、みぎわちゃん、OKでーす。では20分休憩して英梨ちゃんと山海さんは曲の方お願いしまーす」


 監督がマイクに向かってそう言うと、ブースの中では出番を終えた章灯しょうとら3名が共演者から拍手を贈られ、何度も頭を下げている。やがて拍手とお辞儀の応酬も落着き、大御所声優が出入り口に向かって歩き出したのを皮切りに、中にいた者達がぞろぞろと外へ出て来た。


 どうやらORANGE RODの大ファンらしいという千石英梨は、章灯の隣にぴたりと寄り添い満面の笑みである。その様子だとORANGE RODのファンというよりはもしかしたら章灯のファンなのかもしれない。それは普段から女性ファンが少ないと嘆く章灯にとって喜ばしいことなのだと頭では理解しているものの、あきらは何だか胸がざわついて仕方がなかった。


 ブースから出て来た章灯は、両脇を英梨と明花さやかに固められとりあえず笑顔を作っている。


 明花は女子アナらしく、清楚なお嬢さんを絵に描いたような恰好をし、

 現役トップアイドルの千石英梨は、そのさばけたキャラクターに合わせた流行りの恰好である。


 晶には女性のファッションのことはいまいちよくわからないが、とにかく章灯は可愛らしい女性2人に囲まれているのだった。


 明花はその大人しげな恰好とは裏腹に快活な笑顔を見せ、英梨の方はというと、どうにか彼の気を引こうと必死にボディタッチを繰り返す。営業スマイルを張り付けながらもどこか上の空のように見えるのは、これから歌録りがあるからだろう。


 いま、彼の頭の中は歌詞のことでいっぱいなはずだ。何せ自分が詞を書いていない曲なのである。譜面には歌詞も書いてあるというのに、他人の詞だからうまく馴染むか心配なのだろうと晶は推測し、成る程、こういうところが章灯さんの弱点なのかもしれないと思った。


小出町こいでまちさん、そちらの方は……」


 変装しているとはいえ、章灯に気付かれる前にレコーディングルームへ移動しようとしていた晶だったが、初めて乗る車椅子の動かし方がわからず、やっとの思いでどうにかUターンをしたところで声をかけられてしまった。懇意にしているベテラン声優と談笑していた小出町は動じることもなく章灯の方に向き直り、「あぁ」と言う。晶が入室したのは章灯のアフレコが始まった直後だったため、ブースの中に入っていた彼はこの車椅子の人物が一体誰なのか紹介されていないのであった。


「あのね、僕の姉の子なんだ。昌明まさあき君っていうの」

「そうなんですか。初めまして、昌明君」


 せっかくかなり苦労して向きを変えたというのに、小出町によって章灯と向かい合うよう動かされてしまい、晶は彼と視線が合ってしまわないよう無言で頭を下げた。


「ごめんねぇ山海君、無愛想な子で。ちょっと難しい子なんだよ。ほら、この通り足も悪くて家に籠りがちでね。――こら昌明君、失礼じゃないか」

「いえ、僕は気にしてませんから」

「悪いねぇ。この子がどうしても君の歌を聞きたいって言うもんだからさ」

「――!?」

「僕のですか?」

「そうそう。こう見えてこの子、君の大ファンなんだよ」

「そうなんですか。嬉しいです。どうもありがとう」


 そう言ってその場に膝をつき、晶と目線を同じにする。


「僕のファンっていうのは、アナウンサーの、ではないですよね」

「そうだね、山海君というよりは、SHOW君の方だね」

「そっか。それなら歌い方とか全然違うけど……がっかりしちゃわないかなぁ」


 優しく語りかけるようにしたが晶は頑として顔を上げない。いや、上げられない。目を合わせれば確実に正体がバレてしまう。


「大丈夫だよ。ねぇ、昌明君? むしろ新鮮で良いんじゃないかな」

「なら良かった。すごく良い歌だから、気合い入れて歌うよ。せっかく頑張って来てくれたんだし」


 そして未だ顔を上げられないでいる晶の手を取り、優しく握った。

 その言葉とこの行為の中に、点数稼ぎやら好感度を上げてやろうだなんて、そんな打算など欠片もないことは晶が一番よく知っている。本当に嬉しいのだ。部屋に籠りがちだというこの『昌明』なる人物が、自分に会うために勇気を出して部屋から出て来てくれたことが。山海章灯とはそういう人間なのである。


 晶はまさかこんなところで手を握られるとは夢にも思わず、俯いたまま顔を赤らめた。

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