♪21 ただの酔っぱらい
「ほほぉ、これが例のブツか……」
「このバンドのダメさが
「確かに。っつーかこんなんでよく歌えるよなぁ、あいつ。しかし――」
「つくづく思うけどよ、章灯もなかなかだよな」
「なかなか? 何がだよ」
「いやいや、俺らはやっぱりアキばっかり天才だ天才だって言うけどよ、章灯の方も大概だよなって話よ」
「あー、それはあるわな。ずるい、あいつは」
「ずるいよな。だってボイトレだってしたことねぇんだろ? 少年合唱団に入ってたとかよ」
「少年合唱団! 似っ合わねぇ! だはは!」
「んでもって全国区のアナウンサーで? 今年は人気ランキングも良いとこ行くんじゃねぇの? 去年は確か3位だったよな」
「おぅ。そんで見てくれもまずまずでよぉ、俺らにゃ及ばねぇがまぁ長身だわな」
「まぁ、まだまだほっせぇけどな。陸上やってたから太らねぇとかあんのかなぁ」
「なぁ。短距離ランナーで運動神経も良くてよぉ。そんでもって極め付きが――」
さんざんに章灯を持ち上げた2人はそこで顔を合わせ、一様に忌々しそうな表情を作った。
「彼女がアキなんだぜ?」
湖上は吐き捨てるように言うと、残りわずかのギネスを飲み干した。空になった瓶を軽く振る姿を見て、長田がすかさず立ち上がる。
「でも漏れなくお前も付いてくるわけだからなぁ」
「何だよ、悪いか。なかなかいねぇぞ? こんな恰好良い舅」
「阿呆か。
「ガハハ。だとしたらそれまでだったってことよな」
「成る程」
2本目のギネスを片手に戻って来た長田は、それを湖上に手渡して再びラグの上に腰を下ろす。
「しかしよぉ、声変わりする前の章灯も良い声だなぁ。これがもう聞けねぇなんてある意味残念だ」
「――だろ? だからコピーして、アキにも渡してきた」
湖上は親指を立て、得意気に胸を張る。その言葉に長田は腰を浮かせた。
「はぁっ? 馬鹿かお前っ! こんなのアキに聞かせたらまずいに決まってんだろ!」
その慌てふためきように、湖上はまぁまぁと言いながら空のグラスにコーラを注ぐ。ぐいぐいと押し付けられるグラスを渋々受け取り、長田は腰を下ろした。
「どっちに転んでも良い結果にはならねぇぞ」
「どっちに?」
「気に入らなくても、気に入ってもってことだよ」
「おぉ、そうか。……そうかぁ?」
「気に入らなかったとしてもよぉ、これが章灯の声だって知ったら自己嫌悪だろうが。アキだぞ?」
「お――……、おぅ、そうだな。まぁでも気に入るって、絶対」
「それならそれで問題だろ。この声で曲作ったらどうすんだよ。歌わせんのか? 完全に声変わりした章灯によ」
「おぅ……言われてりゃそうだな」
「全く……。てめぇは親父だろうが。娘の性格くらい完璧に把握しとけ」
「まぁまぁ、大丈夫だって」
ガハハと笑って瓶に口を付ける。
――と、ここまでが数ヶ月前の話である。
そして話は章灯が人気ランキング1位をとったあの夜に戻る。
章灯と
「いやぁ~……、まさか章灯があんな風になっちまうとはなぁ……。こえ~……」
「……だから俺はまずいって言ったんだ。明らかにおかしなことになってんじゃねぇか、あの2人」
どうすんだよ、と助手席を睨み付けると、湖上は鞄の中からギネスを1本取り出した。もちろん栓抜きも常備している。
「まだ飲む気かよ。溢すんじゃねぇぞ、コガ」
「ぐはは。だーいじょうぶ、大丈夫」
「お前の大丈夫ほど当てにならねぇもんはねぇ」
「大丈夫だって、オッさんよぉ。あいつらも大丈夫だってぇ」
明らかに酔いの回っているトーンである。
「……本当かよ」
呆れ気味にそう返し、ウィンカーを出す。車通りの多い交差点で右折するタイミングを計っていると、隣からポン、と栓の抜ける音がした。
「おっとっと……。やべぇやべぇ」
「馬鹿。溢すんじゃねぇって」
「へっへ~。ちゃーんとタオルも用意してんだぁ、俺。偉いっ!」
「偉かねぇよ、阿呆」
そう言いながらハンドルを切る。対向車線のファミリーカーのヘッドライトが2人の顔を照らした。
「――まぁ、こんなんでダメになっちまうなら、もうそれまでってこった」
さっきまでのだらしない酔っ払いとは思えない真剣なトーンに、長田は思わず助手席を見た。本当に同一人物なのか、と。
「――おぅ? 何だぁ、オッさぁん?」
しかし、彼の視線を受け止めたのは、さっきと変わらぬだらしないただの酔っ払いなのであった。
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