♪11 だとしたらきっと
「違います。もっとカメラの位置を考えてください」
「お箸で持上げたら、一度こっちに視線ください」
「はい、口に入れたら、目で語って!」
「目! とにかく目です! 口にものが入ってるんですから、ある程度飲み込むまでは目で!」
「かといってすぐに食べるのもダメです! まずはじっくり見てください。そう、色んな角度から見るの良いですよ」
「先輩は語彙は豊富なんですけど、固すぎるんです。普通、本当に美味しかったらそんな詩人みたいなこと言えないですからね?」
さすがにこの組み合わせで行動するのは不味いんじゃないか。
「ね、これなら、食レポが苦手な先輩の練習に付き合っている感じに見えるじゃないですか!」
自信満々でそう言い放つ彼女は幸せそうな顔でウニのクリームパスタを頬張っている。感想なんて述べなくても絶品であることが如実に示されているその表情に、章灯は、敵わねぇな、と思った。
「汀はいつもこんなこと考えながら食べてるのか?」
「まさか! そんなこと考えてたら味なんかわからないですよ」
おいおい、だったら俺も同じだよ。
「いつかこんな日が来ると思って、自分の食レポを見て研究しました」
「自分の?」
「はい。私はほとんど何も考えずにやってますけど、じゃあそれを例えばマニュアル化――って言うと聞こえは悪いですけどね、するとしたら……って。基本さえ押さえればあとは個人の色を出すだけですし。でもアレですよ? 先輩に教えると言うよりかは、後輩に、の予定でしたけど」
目を細め、小悪魔っぽく笑い、アイスティーを飲む。
「でも、一番の問題は――」
アイスティーのグラスを置き、明花はびしっと章灯の鼻先を指差す。
「そもそも先輩、あまり美味しそうじゃないです!」
痛いところ突かれた――――――――!
「
「どれだけって……。さすがにちょっとここでは……」
「ということは、ここよりも……?」
恐る恐る尋ねてくる明花の目を見ないように顔を背け、小さく頷く。
「いや、たぶん好みの範疇だと思うけどさ」
取りなすように言ってみたところで果たしてフォローになっているものだろうか。しかし好みの範疇というのはきっと事実だ。晶は章灯の好みをすっかり熟知しているし、何より『愛しい彼女が作ってくれた』というのは何にも勝る調味料である。
「驚いた……。晶君、天才すぎですよ。イケメンで、ギターも上手くて、曲も作れて、その上料理まで……! 神様は不公平ですよ、本当」
明花はそう言うとがっくりと項垂れた。さっきから表情がコロコロと変わって面白い。
「アキが人見知りしねぇやつなら教えてもらえよって言うところなんだけどな」
「うぅ――……」
「その師匠ならきっと二つ返事でOKだぞ」
「お師匠さん? 晶君のですか?」
「そ。コガさん」
「あぁ!
「あっ、これ!」
青白く発光しているかのような美しい雪景色をおさめたパネルを明花が指差す。
「先輩のデスクトップのですね!」
「そう、『冬佳景』。俺が櫻井さんを好きになったきっかけの作品だ。俺、夏産まれだし、どっちかって言うとやっぱり夏の方が好きなんだけど、冬の張りつめたようなぴんとした感じが好きなんだよなぁ」
独り言のように呟くその声に、明花は黙って耳を傾ける。
「俺は秋田で育ったから、雪が全然積もらない冬はいまだに変な感じがするよ」
「私も……北海道なんで同感です」
「そうだったな。雪って不思議だよな。身を刺すような冷たい空気の中にいるのに、積もるとこんもり丸くなる。一つ一つの結晶はそんな形してないのにさ。柔らかく見えるのに、触れると冷たい。遠目で見れば美しく、柔らかく。近くでは冷たく、恐ろしい」
「先輩、やっぱり何だか詩人みたいですね」
「そうかな」
ふと晶を思い出す。
真冬に産まれた彼女を。
いつだって背筋をぴんと伸ばして、他者を寄せ付けないようなオーラを身に纏っている彼女を。
付け込まれないように、付け入られないように、と気を張って。
弱いところだらけだから、未熟すぎるから、それを見透かされないようにと。
けれど、近付いてみれば、手を伸ばして触れてみれば、思った以上に柔らかく、温かい。それを確かめるのを許された者だけが知ることが出来る本来の彼女は、脆くて、儚くて、そして寂しい。
俺が支えなくてどうする。
それはわかってる。わかってるけど、もしかしたら俺はもう彼女の愛を受けられないかもしれないのだ。
――俺以上の声に出会ってしまったのだとしたら、きっと。
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