The Event 4(19××~20××)

1/1 元旦

「明けましてぇぇぇっ、おめでとぉぉおおうっ!」


 カウントダウンの後で盛大に打ち上げられた巨大クラッカーと共にその台詞を発した章灯しょうとは、赤いギターを下げたあきらと繋いだ手を客席に向かって高く上げた。

 手を繋ぐといっても、それはもちろん男女の――というか恋人のそれではなく、あくまでも仕事のパートナーとしてである。ようは『男』同士の友情的なものに近い。


 ちなみに、『明けましておめでとう』より『ハッピーニューイヤー』の方がしっくり来るのではという声は、記念すべき第1回目の時から寄せられているのだが、そこは章灯の拘りらしい。


 毎年恒例のカウントダウンライブである。

 いつもよりくだけた衣装でメイクもあまりガチガチにしなかったのは、今年はこれがファンクラブ限定のイベントだからだ。

 もともと濃いメイクやへアセットに抵抗のある2人は、これ幸いとイメージを損なわない程度にナチュラルな出で立ちでステージに立っている。

 

 ライブが終われば打ち上げと称した新年会である。今回はメンバーだけでやることになったため、会場は三軒茶屋の山海やまみ宅となった。


 とはいえ、いくら新年といえども散々暴れまわった後である。中年共がそんなに騒げるわけもなく、最年長の長田おさだが床に寝そべったのを皮切りに、湖上こがみ、そして章灯と年齢順に脱落していった。いつもならかなり早い段階で潰れる晶が最後になるのはこれが初めてである。さすがに一番若いだけはある――というよりも、彼女は開始早々から数時間仮眠をとっていたのだった。


 とりあえずテーブルの上の空き缶空き瓶を袋に入れる。その後で部屋から毛布を引っ張り出し、それぞれにかけた。かなり深く眠っているのか、彼らは寝返りをうつこともなく寝息を立て、あるいはいびきをかいている。

 

「明けましておめでとうございます」


 章灯の耳元でそう呟いてみるも、返事はない。そういえば昔、似たような状況で、彼が担当しているニュースコーナーのテーマ曲を鳴らしたことがある。その時は完璧なタイミングで目を覚まし、オープニングの挨拶をしたものだ。いまならどうだろう。メインMCを務める『シャキッと!』のオープニングテーマを流したら、以前と同じように目を覚ますのだろうか。

 そう考え、ギターを持ってこようと立ち上がってから、今回は長田や湖上がいるのだということを思い出す。さすがにこの2人には迷惑な話だ。いつか2人きりの時にやるとしよう。


 ――でもそんな日が果たしてくるだろうか。


 よくよく思い返してみれば、章灯が酔い潰れて晶がばっちり起きているというこの状況はかなりレアなのだ。ほとんど奇跡と言っても良いだろう。確かに、彼が先に潰れることはごく稀にある。あるけれども、その場合は彼女だってかなりギリギリの状態で、とてもじゃないがギターを構えていられる余裕などない。


 じゃあどうしよう。


 こと音楽に関しては、『思い立ったら即実行』の気がある晶は、どうにか試すことは出来ないかと辺りを見回してそわそわしだした。


 例えば、あの2人を転がして廊下に出すとか……。いやいや、それはさすがに風邪引いてしまうだろう。

 だったら逆に章灯さんを廊下に……? いやいやいやいや! あの2人が風邪を引く環境なら章灯さんだって同じだ。


 では――、


「とーしのはーじめーのたーめーしーとてー」


 耳元で歌ってみたらどうだろう。


 そう思い、何気なく『一月一日いちげついちじつ』を歌ってみる。この曲を選んだのはもちろん今日が正月だからだ。これくらいの音量ならばあの2人には聞こえないだろう。さて次は『シャキッと!』のオープニングテーマを、と晶は、すぅ、と息を吸った。その時――……、


「!!?」


 カッと目を見開いた章灯が、彼の耳元に顔を近付けていた晶を抱き寄せた。


「章灯さん?! 起きてたんですか?」

「いま起きた」

「ちょっ、ちょっと、放してください!」


 さっきまで高いびきをかいていた人間とは思えないほどの力である。晶はどうにか逃れようともがくのだが、力の差は歴然であった。それでも彼女が苦しくないように少しだけ隙間は空けてある。その狭い隙間の中を、ただ晶がじたばたしているという状況だった。


「おーわーりなーきよーのめーでーたーさをー」

「えっ?」

「はい、次はアキな」

「次?」

「交互に歌うとか、そういうんじゃねぇの?」

「……違います」

「そっか」

「あの、章灯さん。これはいつまで……」


 章灯に覆い被さるような姿勢の晶は、最初こそ拘束から逃れようともがいていたものの、諦めたのか、それとも心地よいと思い始めたのか、力を抜いて彼に身を委ねている。ただ、長田と湖上がもし起きたらと思うと気が気ではない。


「寝ようぜ、アキも」

「この姿勢ではさすがに。オッさんもコガさんもいますし……」

「昼まで起きねぇって」

「それに、章灯さん重くないですか」

「んー。まぁ、軽くはねぇけど。でも何か気持ち良い。アキあったけぇ」

「……私も温かいです。でも……」

「でも、何だよ」

「どうせならちゃんとベッドで」

「……だな」


 章灯は晶を抱いたままのそりと身体を起こした。そして軽く口付けを交わしてから彼女の手を取って立ち上がった。


「あの、章灯さん」

「ん? 何だ?」

「あの……」

「心配すんなって。さすがに何もしねぇって」


 カカカと笑って晶の頭に手を乗せる。


「ちっ、違っ……! そうじゃなくて!」

「んあ? じゃあ何だ?」


「明けましておめでとうございます、章灯さん」

「お? おぉ……。おめでとう、アキ」


 

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