♪22 これじゃまるで

「美味いか?」


 章灯しょうとの問いにあきらは無言で頷く。

 テーブルの上には家の近くの洋菓子店で買ったケーキが並べられている。


 『ぜんまい仕掛けの飾り時計』、『回れ、姫君』、『新聞紙と花束と』、『木漏れ日の日に』、『よりたくさんの幸福を』、『気まぐれ子猫』……と書くと何やらわからないが、つまり、レアチーズ、チョコレートケーキ、ピスタチオのムース、フルーツタルト、ティラミスにミルフィーユである。晶が指差したのを手当たり次第に買った結果だ。「残しても良いから好きなだけ食べろ」という章灯の言葉に完全に甘える形となって、全種類を一口ずつ食べたところである。罪悪感に苛まれながらも口の中は何とも形容出来ない幸福感でいっぱいだった。


「あの……ちゃんと食べますから……責任持って……」


 そうは言うものの、元々食の細い晶がいくら好物の甘い物とはいえケーキを6つも食べられるわけがない。 


「無理すんな。っつーか、俺にも少し食わせろって」


 歯を見せて笑うと、晶もそれにつられ、少し気まずそうに笑った。


 そしてふと思い出すのだ。『年下でも、甘えてばっかりじゃダメよぅ』というカナの言葉を。


 ――また甘えてしまった。


 やや優勢だったはずの幸福感は突如現れた援軍によって一気に窮地に立たされてしまい、晶はフォークを握りしめたまま固まった。そんな彼女の様子を見て、章灯は顔をしかめつつコーヒーを飲んだ。


 また何を考えていることやら。


 きっとこのまま放置してしまえば彼女の思考はとんでもないところまで漂流してしまうだろう。何か無理やりにでも話題を振って気を逸らした方が良いのではないだろうか。


 しかし一体どんな話をしたら良いのか……。


「……アキとコガさんって結構似てるとこ多いのな」


 さんざん考えてこれかよ! 我ながらそう突っ込まずにはいられない。


「そう……ですね。私も驚きました」


 とりあえず乗っかってくれたことに章灯は安堵する。


「でもあれって……」

「うん、まぁそうなんだけどさ」


 どう考えても遺伝的にではなく、躾というか教育というか、とにかく後天的に植え付けられた部分であった。それでも一応カナは納得していたようだったが。




「何これ……」


 章灯と晶が出て行った後のリビングである。


 カナは大きな目を限界まで開き、ほとんど瞬きもせずにテレビ画面を見つめていた。


「何これ何これ何これ。伯父さん何してんの」


 画面から目を放さずにあんぐりと口を開けた状態でカナは湖上こがみに問い掛けた。


「何してんのって、ベース弾いてるわな」

「だって……こんな大勢の前で……。何で何で何で?」

「何でって言われてもよぉ」

「ちょっと待って。この歌ってる人ってもしかしてさっきのお兄さん?」

「おー、よくわかったな」

「え? え? ドラムの人もこないだケーキのお金くれた人?」

「そうそう。良く出来ました~」


 画面を指差しながら口をパクパクさせるカナに湖上はパチパチと拍手した。


「良く出来ましたじゃないよ! どういうことなの、伯父さんっ!?」


 やっとカナは画面から視線を外し、湖上を見た。何故か頬が赤くなっている。


「どういうことって……。アキの仕事が知りてぇって言ったじゃねぇか」

「言った……けど……。伯父さんまでこれじゃまるで……」


「プロのミュージシャンみてぇだろ」


 湖上はそう言ってパチンと指を鳴らした。


 カナはぐぅっと息を詰まらせ、おずおずと頷く。


 カナと湖上が出会った翌日か翌々日だったか、とにかく彼が落ち着いた頃、彼女は聞いたのだ「パパのお仕事って何?」と。


 だから湖上は答えた「ベースの講師だ」と。


 嘘はついていない。

 彼は都内にある専門学校で非常勤の講師をしており、その日の『仕事』はたまたまそれだけだったのである。


 カナは再びテレビに視線を戻す。そこにはさっきとはまるで別人である章灯と晶がいる。


 自分は何て人に何てことを言ってしまったのだろう。しかし後悔しても遅い。遅すぎる。


 そう考えるだけで背中には冷たいものが流れる。指先は冷たいのに顔だけは熱い。


「知らなかった……」

「だろうな」

「ママは知ってるのかな……」

「さぁ? 知ってるかもしれねぇし、知らねぇかもな。でもお前に話してねぇってことは知らねぇんじゃねぇ?」

「もうっ、何よそれぇ!」

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