3/3 雛祭り・後編
「――で、結局お姉さん、ご結婚は……?」
「……しましたよ、かなりあっさりと」
レギュラー番組をいくつも持っているバラエティータレント松野忠利にマイクを向けられ、
何なんだ! この番組は!
現在人気急上昇中のアナウンサーに密着する、という内容のドキュメンタリー番組の収録である。女子アナ部門からは後輩の
24時間密着、というのはいささか息苦しかったがまだ良かった。問題はわざわざドラマ仕立てにしてくれた幼少期のエピソードである。それも、一体どんな内容なのか、収録の日まで本人達には一切教えてもらえない。スタッフから聞いたところによるとどうやら情報提供元は姉のようで、一体何の話を教えたのかと問い詰めてみたのだが、一体何のことかとのらりくらりと交わされてしまい、現在に至る。
よりによってこの話かよ!
まだ『節分事件』の方じゃなくて良かったとはいえ、これもなかなか上位に食いこむ『恥ずかしいエピソード』だ。
スタジオには最初こそ温かな笑いが沸き起こっていたが、その後、「姉が結婚するまで、一人暮らしを始めてからも、3月4日には必ず帰省して雛人形を片付けていた」という追加エピソードが紹介されると、今度は明らかに引いているとわかる「えぇ……」という声に変わった。
仕事で近くにいたからとこっそり紛れ込んでいる
「お姉さん思いの
「私は章灯さんらしくて良いお話だったと思いますが」
「……そんなわけないだろ、あのスタジオの雰囲気はさ」
「いやいや、俺も章灯らしくてぷぷっ、いっ、良いなぁってぐふっ」
「……コガさん、もういっそ思い切り笑ってください」
「良いなぁ~。俺も行けば良かった。おい章灯、その番組、いつ放送すんだ?」
三軒茶屋の山海家に集ったいつもの面々は、赤い顔をして俯く章灯を囲み、それを肴に飲んで(
「まぁまぁ、そうしょげるなよ。今日は桃の節句、つまりアキの祭だぞ? ちなみにオッさん、放送は再来週の土曜日だ」
膝を抱え赤い顔を伏せた章灯は「うぅ……」と呻いた。
晶は章灯の背中を尚も優しく擦っている。
「でもよぉ」
晶に慰められ、章灯はほんの少し顔を上げられるくらい回復した。視線の先には顎をさすりながら首を傾げている湖上がいる。
「どうしたんですか?」
そう問い掛けたのは晶だった。
「いや、アキも聞いたろ? アレ」
「え? あ――……、あぁ、はい。……でもコガさん、それは別に内緒のままで良いんじゃないでしょうか」
ここまでハッキリと『内緒』だなんて言われて無視出来るわけがない。
「……何すか。何なんすか、内緒って」
ふてくされたような章灯の声に、晶はしまった、という顔をした。けれどもそのワードを出してしまったのは自分だ。
「いや、章灯が聞きてぇっつーんなら止めねぇけどな? でも絶対後悔すると思うんだよなぁ」
「ここまで落ちたら後悔も何もないっす」
「良いのか? 俺は忠告したからな」
「何すか、もう勿体ぶって」
「後悔すんなよ、あのな……」
「それ話したの、
「……はい? ちょっと何言ってるかわかんないっす」
「さっきな、アキ経由で紀華ちゃんにさっきの話したんだよな、すっげぇ面白かったからさ。そしたら――」
「そんな話はしていない、と、仰ってました」
「は? いやいや、そんなわけねぇって。からかわれたんだろ、アキ」
「まぁまぁ落ち着けよ章灯。俺や章灯ならまだしも、紀華ちゃんがアキをからかう理由なんざねぇだろ」
「そ……れは確かに……。じゃ、一体誰なんすか」
「さぁ」
「さぁ、って……」
無責任に話を畳んだ湖上に章灯は身を乗り出す。
「だって、これは俺と姉ちゃんしか知らないはずで……!」
そう、これは章灯と紀華だけの秘密だったのだ。もちろん、彼女が口外していなければ、の話だが。
それほど内密にしなければならないような内容ではないのだが、安静にしていなければならないはずの病人と、ストーブを焚いているとはいえ廊下からのすきま風が入り込む和室で立ち話をした、というのが当時の章灯にとっては隠すに値するポイントだったのである。現に紀華の体調は翌日悪化し、尚更言い出せなくなってしまったのだった。
「そう、そこもなんだよな」
「……え? そこも?」
「あんな、紀華ちゃん、そんな記憶一切ねぇってよ。そりゃ子どもの頃の話だけどよ。でも、紀華ちゃんは治ってから章灯と一緒に雛人形を片付けるって言ったんだろ? 片付けたか?」
「いえ、次の日悪化して……。だから結局俺が一人で。でもこういうことは普段から良くありましたし。……って、ちょっと待ってくださいよ。じゃ、じゃああの時の姉ちゃんは……!?」
さぁっと血の気が引き、背中に冷たいものが流れる。さっきまで羞恥で暑くなっていた身体はすっかり冷めてしまっていた。エアコンの設定温度を20℃にしてしまった自分を呪う。
「紀ちゃんじゃねぇなら、章灯の夢、とか?」
「ねっ、寝てませんよ! 寝てません!」
青ざめた顔でぶんぶんと勢いよく首を振る。
「いや、でもお前、それだとその紀ちゃんは幽霊か何かってことになっちまうんじゃねぇの?」
「……ぐぅっ!! ね、寝て……たかもしれませ…………いや! やっぱり寝てないっすああああぁぁぁ!」
もうほとんど涙目の章灯は、縋るように晶のシャツの裾を掴んだ。これまでどうにか騙し騙しホラー映画に付き合わせてきたが、こんなに取り乱すのは初めてだと晶は狼狽える。
どうしよう。どうしたら良い?
晶はキョロキョロと辺りを見回し、現状打開の突破口を探す。その時彼女の視界に飛び込んで来たのは――、
「章灯さん、きっと、お雛様ですよ!」
本棚の上にちょこんと置かれていたお雛様とお内裏様だった。
それは、彼らが主題歌を務めたアニメ『歌う! 応援団!』のキャラクターが扮したもので、コンビニエンスストアで開催されているくじの景品である。たまたま引き当てた、というわけではなく、制作している会社の方から是非に、といただいたもので、ちなみにどちらも男子高生だ。
章灯を守るように包むような形で覆いかぶさり叫ぶようにそう言うと、湖上と長田はそろって「ほぉ」となぜか感心したような声を上げた。
「へ……?」
「ですから! あれは紀華さんではなくて、きっとお雛様だったんですよ! まっ、毎年章灯さんが、忘れずに、出したり、しまったり、して、くれたから、おっ、御礼を言いに来たんですよ!」
彼女にしては珍しく大きな声で、ところどころ突っかかりながら言う。その姿が何だか微笑ましく、湖上と長田は慈愛に満ちた目で2人を――主に晶をだったが――見つめ、うんうんと頷いた。
「アキ……」
章灯も驚いたような表情で彼女を見上げる。そして――、
「いや、それはそれで
それから数日、必死の形相の章灯から「もうホント、そういうんじゃないから!」と懇願され、晶はしぶしぶ一緒に風呂に入り、文字通り『ベッドを共に』した。もちろんそこに甘いささやきなど入る余地もない。
そしてこれが、紀華の、湖上や晶をも巻き込んだ壮大過ぎるドッキリだったと判明するのは、それからさらに1週間後のことである。
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