♪19 1人飲みの寂しさ

「おーい、アキ、着いたぞ」


 三軒茶屋にある自宅に戻り、隣で寝息を立てていたあきらの肩を優しく揺する。時折ふごふごと可愛らしいいびきをかいていた晶はゆっくりと目を開け、寝ぼけた表情のまま車内を見渡した。


「着いたぞ」


 2回目でやっとここが自宅であることを理解した晶は、いつの間にかドアを開けて待ってくれている章灯しょうとの手を取った。


「めんどくなる前にシャワー浴びちまえ。身体しんどいなら一緒に入って洗ってやるけど」


 わざと意地悪そうに笑って見せると、晶はびくりと身体を震わせ「入れます、1人で」と言って俯いた。晶に大体の冗談は通じないのである。最も、章灯の方に『あわよくば』という気持ちがなかったわけでもない。自分の彼女の裸が見たくない男なんていないだろう。


「そっか。でも具合悪くなったらすぐ呼べよ。アキが上がるまで飲まねぇで待ってるから」

「……その時は、お願い……します」

「おうよ」


 お互いの裸など何度も見ている。もちろん見るだけではなく、触れ合ってもいるというのに、いまだ少女のような反応をする晶が可愛くて仕方がない章灯であった。



「――上がりました。次、どうぞ」


 そんな声が脱衣所から聞こえて来た。おぉ、と言って振り向いてみるも、晶の姿が見えない。いつもならきちんと部屋着に着替えた状態で髪の毛の水分をタオルに吸い取らせながら、ペタペタと可愛らしい足音を立ててやって来るというのに。どうやら自分が背中を向けていた隙に抜き足差し足で自室へ引っ込んだらしい。


「さては着替えを忘れたな」


 そんな晶の行動もまた頻繁にでは無いが稀にある。特に今日みたいなイベントで疲れている時には。


 まぁ、いまが夏で良かったな。風邪を引く心配がない。


 あまりの渇きに耐えかねて、章灯は水を飲んだ。それによって湯上りのビールの美味さが半減してしまうような気もしたが、この暑さだ、仕方がない。エアコンをつけたいところだが、あまり冷やし過ぎるのは喉にも良くないので、大きめの扇風機が首を振るのに合わせてゆらゆらと動いていたのである。


「そんじゃ俺も入ってくるな。寝たかったら寝てて良いぞー」


 部屋の中の晶にそう声をかけ、返事を待たずに脱衣所へと向かった。


 熱めのシャワーで一日の汗を洗い流す。


 今年のフェスも良かった。

 オッさんからラストの曲を『heroic irony』に変えられないかと言われた時は驚いたが、何とか歌詞を間違えることなく歌いきれたし、勇人はやと君もかなり喜んでくれたらしい。


 途中、調子が悪かったアキのイヤモニがとうとうイカレちまったけど、まぁ、あれくらいはどうってことないしな。


 自分達のライブでも無いのにオッさんのドラムソロも聞けたということで、ORANGE RODのファンも大興奮だったらしく、日のテレのSpreadDERスプレッダーは今回もドえらいことになっている。

 さて、次はアルバムのツアーだ。


 章灯は勢いよく頬を叩いて気合を入れ、シャワーを止めた。


「上ーがったぞぉーっと」


 独り言のように呟きながらリビングに戻るが、そこに晶の姿は無い。


 まぁ寝ちまったんだろうな。今日もしんどそうだったしなぁ、アイツ。


 自分達の出番まで酷い顔をしてひたすら水分を摂っていた晶を思い出し、章灯はクスリと笑った。あんまりに飲むもんだから何度もトイレに立っていたのである。その度に何やら済まなそうに身体を丸める晶を抱き締めたくなる衝動に駆られ、何度も自分の脇腹を殴ったものだ。


 プシュ、と音を立てて国産ビールのプルタブを開け、喉を鳴らしてごくごくと飲む。さっき喉は潤したというのに身体はアルコールを求めまくっており、350ml缶の中身はあっという間に半分以下になってしまった。適当に選んだスナック菓子を手に取り、封を開けてちょいとつまむ。こういうもので酒を飲むのは随分久し振りだ。


 1人で飲むのも別に嫌いじゃない。だけど、出来れば隣に晶がいてくれたらなぁと思う。会話なんか無くたって良い、ただ隣にいてくれるだけで。そもそも晶は普段からそんなにしゃべる方じゃない。


 相方の不在に寂しさをかみしめていた時、ガチャリとドアの開く音が聞こえた。おや、と思って顔を上げる。


「あ……、アキ……?」


 照れくさそうに視線を外し、手持無沙汰なのだろう、洗いざらしの髪に何度も手櫛を通しながら、ドアの前に晶は立っていた。この距離からは細かい柄などわからないが、さらりと涼し気な青色のワンピース姿である。ギターや小物類は必ず赤を選ぶ晶だが、衣服でその色を選ぶことはほとんど無い。かといって、こんなに鮮やかな青も珍しいと思った。


「す……、すすす座れ座れ。ココ! ホラ! こっちこっち!」


 手に持っていた菓子の袋をテーブルの上に置き、手に着いた塩を慌ててティッシュで拭って、章灯は自分の隣の席をポンポンと叩いた。


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