♪7 一筋縄じゃいかない

「成る程、こう来ましたか……」


 出来たばかりのデモテープを聞き終えた章灯しょうとは感心したような声を上げた。

 これまでも色んな人に楽曲を提供したことがあるとは聞いていたが、ORANGE ROD とはまたがらりと違う曲調である。


 お前は一体どれだけの引き出しを持っているんだ。


「しかし……、これ、詞はどうするんだ? まさか俺じゃないよな?」


 いくらアイドルアイドルしていないとはいっても、まさか俺が書くわけにはいかないだろう。


 ぐったりとソファにもたれかかり、章灯から手渡された栄養ドリンクの瓶を握りしめているあきらは表情を曇らせた。


「一応当てはありますから、そこは大丈夫です」

「大丈夫……なのか? あんまりそうは見えねぇけど」

「大丈夫です」

「まぁおまえがそう言うなら良いけど。……で、方向性は決まったのか?」


 そう尋ねながら楽曲の入ったmp3プレーヤーにイヤホンをくるくると巻き付ける。


「……どんな印象でしたか、聞いてみて」

「へ? 印象? そうだなぁ……一筋縄じゃいかない感じかな。親しみやすいようで、近寄ってみたらトゲトゲしてて……みたいな」

「じゃあ、それです」

「は?」

「章灯さんに判断してもらうことにしたんです」


 そう言ってドリンク瓶の蓋を開ける。どんなに疲れている時でもこの手の蓋を章灯に開けさせることはない。章灯がうっかりきつく閉めてしまったジャムの蓋でさえ、滑り止めのシリコンマットを駆使してまで自力で開けようとするのである。見かねた章灯が手を差し出すと、不本意と言わんばかりの表情でそれを手渡してくるのだった。


 うん、俺はやっぱりこっちの方が良い。


「俺にって……」

「曲は、私なりに彼女の奥底を探って書きました。ですが、それを言葉で表現出来なくて。だから、章灯さんに」


 手に持ったドリンクをぐいと飲み干し、親指で唇を拭う。その一連の動きが何だか様になっていて、CMのオファーが来るんじゃないかと思った。いや、実際にオファーならいくつもあるのだ。ただ、彼女が首を縦に振らないだけで。



「……っていう感じみたいだよ」


 またも収録後のスタジオに現れたカメラを、局ビルの1階に入っているカフェテリアに連れ出した章灯は、出足の遅れた営業スマイルと共にその言葉を吐き出した。


「一筋縄じゃいかない……。親しみやすいようで、トゲがある……」


 100%のブラッドオレンジジュースを啜り、ふぅ、と息を吐く。


「素敵……! そう、それなのよ、あたしが求めていたのは……!」


 さすが晶様ね! と瞳を輝かせて同意を求める。


 確かにアキがさすがなのは否定しない。現に表に出ていなかった彼女の願望を読み取ったのだ。あんなファンシーなピンクの海から、よくもまぁ。


「レコーディングのスケジュールだとか細かいところは兼定さん通して伝えるから……」


 その言葉でお開きにしようとテーブルについた章灯の手の上にひんやりと柔らかいものが触れる。秋田出身の章灯の肌にも負けないくらいに白く、キメ細やかなカメラの手であった。


「――えっ? ちょ、ちょっと?」


 章灯は腰を浮かせかけた姿勢で制止する。


「まだ時間大丈夫ですよね?」


 形よく整えられた爪には淡いピンクのグラデーションがかかったジェルネイルが施されている。そして、ぷっくりと丸みを帯びた一見無害そうなその爪はぎっちりと章灯の手の甲に食い込んでいた。


「色々教えてください! 晶様のこと!」

「えぇ?」

「何でも良いですから!」


 ギラギラとした大きな目と、鼻息荒いカメラの様子に恐れをなした章灯は、その視線を逸らすことが出来ないまま、ゆっくりと腰を下ろした。


「え――……っと……、こないだの焼き菓子は……かなりのヒットだったと思う……よ……」


 そう答えながら、ずるずるとカメラの下敷きになっていた手を引き抜く。そしてその手はきちんと膝の上に乗せた。


「あとはっ?」

「あ、あとぉ?」

「そう! 食べ物の好みとか、好きな色とか、あっ、あと、好きな異性のタイプ!」


 異性のタイプ……。それは俺だ。俺だ、と思う。思いたい。しかしまさかそんなことは言えない。ていうか……。


「アキの好きな異性のタイプって結構有名だと思うんだけどなぁ……」


 それなら以前ラジオの公開収録で公表している。


「もちろんそれは知ってます。でも、そうじゃなくて、その、好きな恰好っていうか……」

「あ――……、成る程」


 成る程、と言ってはみたものの、ぶっちゃけそんなものは知らない。それでもいつもの自分のコーディネイトに口を出されたことはないから、恐らく、この手の恰好は嫌いじゃないはずだ。


 そう思って、自分の普段の姿を思い浮かべる。割と派手めなシャツにダメージジーンズ、そしてごつめのブーツ。しかし、それは確かに『異性』の恰好ではあるのだけれども、彼女は晶を男だと思っているのだ。


「何だろう……。でも少なくとも……」


 そう前置きしてから、「こないだの千尋君が着てたみたいなのは苦手かもなぁ」と言うと、カメラはげぇっと小さく叫んだ。

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