♪13 酔いどれ

「おぉ、いたいた。どこ行ってたんだよ、アキ」


 非常扉から出、空き缶を持ったまま廊下を歩いていると、後ろから章灯しょうとの声が聞こえ、ゆっくりと振り向く。回りに人がいないことを確認してからあきらは口を開いた。


「非常階段です」

「何でまたそんなところに」


 そこで章灯は晶がカフェオレの缶を持っていることに気付いた。


「あぁ、そっか。飲んで来たのか」


 人気のないひっそりしたところでひいきにしているメーカーのカフェオレを飲むことが、晶の最近のブームらしい。


「せめて一声かけていってくれよ」


 あんな歌を聴かせちまった後なんだから、と言って気まずそうに頭を掻く。晶はその言葉に首を傾げる。『あんな』歌を聞いたことと一声かけなければならないことがどうしても繋がらないのだ。


「――っだから! 俺はお前に愛想をつかされたかと! 思って……その……っ」


 徐々に絞られていく声量と反比例するように赤くなっていく章灯の顔を見て、晶はほんの少し笑った。


「……笑ったな、コノヤロウ」

「本日は色々なSHOWさんが見られて良かったです」


 晶はにこりと笑うと、「帰りましょう」と言って、すたすたと歩き出した。


「お、おいっ、ちょっと待てって!」


 その後を章灯は慌てて追う。


 もしかしてこれって尻に敷かれているって状態なんだろうか、と。



「ほぉ、あの『リンコー』くんがねぇ」


 夕食を終え、各々のアルコールが入ったグラスを傾ける。明日は久し振りのオフである。晶は二人掛けのソファに腰掛け、ローテーブルを挟んで向かいの床に章灯は胡座をかいていた。


「何だか随分すっきりした顔をしてました」


 いつものようにコーヒー、もとい、カフェオレ・ブレイクをしようと良さげな非常階段を見つけた晶は、同じ場所へ向かっている『リンコー』の姿を見つけた。彼の分のコーヒーを買いに戻り、一言二言会話をしたのだと章灯に言うと、「まさかお前がそんなに社交的だなんてな」と意外そうな顔をした。


「憑き物が落ちたんだな。やっぱり天才同士、波長が合うんだろ」

「どうでしょうか」


 目を伏せ、つれない返答をする晶の顔を、章灯は身を乗り出して覗き込む。突然眼前に迫って来た彼の顔に晶はびくりと身体を震わせた。


「何ですか、いきなり……」

「随分入れ込むじゃねぇかよぉ」

「えっ?」


 口を尖らせ拗ねたような声を出すと、晶は狼狽えながら手にしていたグラスを置いた。


「入れ込むって……そんな……」

「なーんかよぅ、『リンコー』くんの画像も穴が開くほどじっくり見つめてたしよぅ」

「そんなに見てませんよ」

「ずーっとあいつらの動画も見てたじゃねぇか」

「それは……」


 晶が口ごもったのを見計らって床にぺたんと座り、ぷいと顔を背け、濃いめに作ったラムバックをちびりと飲む。


「……章灯さん、もしかして焼きもちを焼いているんですか」


 さすがの晶も長い付き合いの中で学習したらしい。ソファから降り、章灯の真正面にしゃがみ込んだ。


「悪いか」

「悪くなんかないですよ」

「どうせ俺は楽器なんて一つも弾けねぇよ」


 酔いに任せて最高に情けない自分になってみる。ほんの数時間前には最高に恰好悪い姿を見せているのだ。落ちるところまで落ちてやろう。


「弾けなくたって良いじゃないですか」

「若くもねぇし」

「若ければ良いというわけではありません。どうしたんですか、章灯さん」


 晶は心配そうに眉をしかめた。


「さっき言ったろ」

「さっき、ですか」

「……焼きもち焼いてんだよ」

「あぁ……。でも、その、そんな焼かなくたって……大丈夫ですよ」

「何が大丈夫なんだよぅ」


 依然拗ねたままの口調でボソボソと言うと、晶はずずいと顔を近付け、アルコールのせいでやや赤くなった瞳でじっと章灯を見つめた。


「私は章灯さんが好きだからです」


 囁くようにそう言ってから、軽く首を傾げ唇を重ねる。

 

 お前からの不意打ちはいつだって強力だな。


 軽く触れる程度で離れる予定だったらしい晶の後頭部に手を回したのは、ほとんど無意識だった。

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