♪12 リンコーとアキ

「……笑いに来たんすか」


 人気のない非常階段に腰掛けていた『リンコー』は、あきらを前髪の隙間からぎろりと睨み付けた。野性動物のようなその威嚇にも全く動じず、晶は手に持っていた缶コーヒーを差し出しながら隣に腰掛ける。


「ども……」


 『リンコー』は少々面食らいつつコーヒーを受け取り、手持無沙汰気味にそれを手の中で弄ぶ。


「……『My Train』見た」


 そう言いながらカフェオレのプルタブを開け、一口飲む。『リンコー』もまたプルタブを開けた。


「……そっすか」

「……SUPERNOVAスーパーノヴァ

「えっ?」


 無理に作った低い声がしんと静まり返った階段に響く。


「……SUPERNOVA。どうして」


 この声では長文は話せない。まして、晶はそもそもひどい人見知りなのである。いまこうしていることだけでも十分奇跡なのだ。

 どうしてSUPERNOVAの曲を選んだのかと、晶はそう言いたいのだろう。


 パソコンで『My Train』にアップロードされていた『MoG』の動画を見た晶は、彼らがSUPERNOVAの曲をカバーしていることに驚いた。何せSUPERNOVAは晶が産まれる前に解散したユニットである。活動期間も二年弱と短く、現在の高校生が選ぶようなユニットではないはずだ。


「……親父が好きで、よく聴かされたっす」


 『リンコー』はやや気まずそうに語り出す。


「親父はKYOってヴォーカルの熱狂的なファンだったんすけど、俺はSATSUKIって女性ギタリストのがかっけぇって思ってて。いま『My Train』にも動画上がってるじゃないすか」

「それは……知らなかった」

「俺、元々音楽ってそんなに聴く方じゃなくて、ギタリストってそのSATSUKIしか知らないんすけど、すげぇ上手いって思って」

「うん」

「それで、SATSUKIみたいになりたいって思ってギター始めたっす。でももうSUPERNOVA解散しちゃったし、SATSUKIも活動してないみたいで」

「……うん」

「健人と『MoG』を作った時、あいつ、RODさんの動画見せて来たっす」


 RODさん……つまり、ORANGE RODのことだ。以前長田おさだから、自分達の動画も『My Train』にアップロードされていると聞いたことがある。


「そしたらAKIさんの弾き方っつーか、見せ方っつーか、とにかくSATSUKIにそっくりで」


 それは否定出来ない。皐月を――母を手本に、目標に、いままでやって来たのだから。


「俺はSATSUKIになりたいのに、どうして先にAKIさんがいるんすか。こんなに有名になっちゃったら、俺、AKIさんに憧れてるみたいじゃないすかぁ……」

「それは……ごめん……。でも……」


 缶に口をつけ、ごくりと喉を鳴らす。ふぅ、と息を吐いた。


「SATSUKIには誰もなれない。代わりになれるギタリストなんかいない」


 そう、なれるわけはない。どんなに模倣したって限界がある。どこかで必ずオリジナルが出る。


 あぁそうか、足りないと思ったのは『彼自身オリジナル』だ。まだ彼はSATSUKIの模倣でしかない。きっと彼は『模倣』の天才なのだろう。


「……わかってます。ていうか、今日のAKIさん見てわかりました。全然SATSUKIじゃなかった。でも、面影は残ってた」


 それがAKIさんってことですか。


 そう問い掛けて、『リンコー』はコーヒーをぐいっと飲み干した。


「たぶん、そう」


 曖昧な答えを返すと、『リンコー』は空き缶を強く握りしめて立ち上がった。ただそれは、スチール缶のため軽く凹んだだけだったが。


「AKIさんでも『たぶん』なんすね」


 小馬鹿にするような口調でそう言うと、非常扉のノブに手をかけて振り向いた。


「すぐ追い付くんで、待っててください」


 その言葉に晶はきょとんとした顔をした。『追い付く』を額面通りに受け取ったのだろう。


 いや、明らかに帰る素振りをしているのはそっちじゃないか。


 晶はそう思った。


「待てるかはわからないけど」

「……まだまだ第一線を走り続けるってことっすね。」

「えっ……いや、走るのは……」


 苦手で、と続けようとしたのを遮り、『リンコー』はさっきまでとは売って変わって爽やかな顔で言った。


「すぐに追い付きます。その時は俺からコーヒー奢らせてください!」


 突然の変わりように呆然としている晶を一人残し、『リンコー』はその場を去った。


 本当に天才なんだったら、絶対にここから一皮剥ける。模倣から脱却出来ないのならそれまでだ。


 そう思い、晶は心の中で密かに「頑張れ」とエールを送った。


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