♪10 プライド
「君ら、秋田から来たんだって?」
手短な挨拶の後でそう切り出すと、『うえま』は照れたように笑った。
「はい。本荘由利原市って……田舎なんですけど」
「知ってる知ってる。行ったことあるよ、俺。
「鳥海山……、スキーですか?」
おずおずと問い掛けてきたのは『健人』だ。
「いやいや、普通に登山。ちっちゃい頃だけどね。俺、秋田出身なんだ。秋田市だけど」
その言葉に高校生達は、ほおぉ、という無声音で返す。
「全然訛ってないんですね」
「そりゃ一応アナウンサーだからね。んだども、気ィ抜げば結構訛るなや」
わざと訛ってみせると、彼らの表情は一層綻んだ。自分達は標準語一歩手前のような言葉で話す癖に、馴染んだイントネーションに安心したのだろう。気付けば晶も肩を震わせている。
「AKIさんも笑うんですね」
「……っわぁー、すっげぇ貴重」
公の場では決して見ることのない晶の姿に『うえま』と『健人』は興奮気味である。ただ一人『リンコー』だけは態度を崩さない。斜に構え、顎を強く引いて前髪の隙間から睨むようにこちらを見ている。
「……つか、『俺』なんすね」
口をあまり開けず、『リンコー』は吐き捨てるように言った。
「え?」
「……一人称っす。テレビでは『僕』じゃないすか」
「え? あ――……そうだね。普段は『俺』なんだ」
そう言うと、『リンコー』は片頬を上げて小馬鹿にするように薄く笑った。
「……だっせぇ」
「ちょっ、何言ってんの、リンコー?」
仲間の失言に『うえま』と『健人』は慌てふためいて『リンコー』に向き直った。
「失礼だろ、お前」
そう言って『健人』が『リンコー』の肩を強めに叩く。
「まぁまぁ、喧嘩しないで。ね?」
何やら不穏な空気が流れ始めた二人の間に割って入ると、またも『リンコー』は嘲るように笑った。
「……プライドは無いんすか」
「は?」
「一回り以上下の俺らにへらへらして」
「へらへらって……」
「言っとくっすけど、俺はテレビだろうと何だろうと『僕』なんて言わねっすから。ポリシーなんで」
「……好きにすれば良いよ」
この年代特有の万能感ってやつなんだろうか。いや、『年代』で括ってしまうのは後の二人に申し訳ない、か。
大人の余裕を見せたつもりで章灯はため息混じりに笑ったが、それもきっと彼には『へらへらしている』ように映っただろう。
「絶対負けねぇっすから」
強く握りしめた拳を突き出し、『リンコー』は高らかにそう宣言する。『うえま』と『健人』は心なしか呆れているようだった。
「うん、まぁ、受けたいところだけど……。君の相手は
そう、章灯の対戦相手は『うえま』なのである。章灯はこの中でただ一人ギターを弾くことが出来ないので声で勝負するしかないのだ。
ズバリ指摘され、『リンコー』の顔はみるみる赤くなっていく。
「あっ、AKIさん、俺、負けねぇっすから」
ほんの少し力の緩んだ拳を向け、さっきよりもやや勢いのない宣言を吐き出す。晶は無言ですたすたと彼の前に歩み寄った。そして、その拳をじっと見つめた後で顔を上げ、『リンコー』と視線を合わせた。
「……勝負だけど勝ち負けじゃない」
聞こえるギリギリのヴォリュームで、精一杯の低い声を出す。
「ハッ、負けた時の予防線ですか。AKIさんも案外大したことないんすね」
「リンコー!」
「っせぇなぁ。良いじゃねぇかよ、どうせこれから対決なんだからよ」
馴れ合いなんてくだらねぇ、と全方位に悪態をついて、『リンコー』は楽屋を出て行った。取り残された恰好となった『うえま』と『健人』は無言で顔を見合わせる。
「何か……ごめんね。空気悪くしちゃって」
「えっ、いや、その、SHOWさんのせいじゃないです」
「そうですよ。リンコーが勝手に怒ってるだけなんで」
『うえま』は頬をぷくぅと膨らませた。その言葉に『健人』も深く頷く。
「ま、まぁーでもさ、『リンコー』くんの言うことも一理あるよ。ほら、これから俺ら対決な訳だし。ね?」
まさか彼らに同調するわけにはいかない。ここで同調してしまったら、3人で上京してきたというのに2対1になってしまう。
章灯の言葉に二人は一瞬驚いたような顔をした。『うえま』は何か言いたげに口を開いたが『健人』に肩を叩かれ、そろって頭を下げると、何も言わずに楽屋を出て行った。
二人が出て行った後の楽屋には何とも言えない重苦しい空気だけが残った。
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