♪11 葛藤の結果
「いやぁ~、お疲れさん」
やけに上機嫌の
「昨今の測定器ってやつぁすげぇんだなぁ、オイ」
二人の言葉は章灯の耳に入っていないようで、彼は楽屋のソファに浅く腰掛け、がくりと頭を垂れている。
「まぁ……その……何だ」
肩の上に乗せられたままになっていた湖上の手は、消沈している章灯を決起するべく彼の頭上高くまで振り上げられ、そして――、
「元気出せって、章灯。な?」
章灯の頭の上に優しく下ろされた。
いまから数時間前のことである。
やけに気合いの入ったセットの中心に章灯は立っていた。
目の前にあるのはレコーディングで使うようなマイクと譜面台、そしてモニターが一つ。譜面台には楽譜が置かれているが、いまだに素早く音符を読むのが苦手な章灯にとっては歌詞カード以上の意味はない。モニターには曲に乗って流れるように動く譜面が写され、マイクが拾ったその歌声が正確か否かが表示されるようになっている。これは最近のカラオケボックスにほぼ標準装備されている採点システムと同じ表示法で、音程やリズムがずれると減点され、逆にビブラートやこぶし等を入れることで加点されるという仕組みだ。
まさかこんな場所で歌うことになるなんて、とため息の一つでも吐いてやりたいところではあったが、本業であるアナウンサーの顔がひょこひょこと飛び出して来てはそれを阻止する。
まぁ仮にアナウンサーという肩書きがなかったとしても、そんなことやんねぇけどさ。
社長に頭を下げられたとはいえ、最終的に『出る』と決めたのは自分だ。自分で決めたことにいまさら文句を言ってどうする。これが社会人ってやつなんだよ。ええい、くそ。
やけっぱちな気持ちで歌い始め、モニターに表示されたミスを意味する赤いバーで気を引き締める。
正しくキッチリと歌うということは、難しくないようで、これが案外難しい。ライブに慣れれば慣れるほど難易度は上がっていくのだ。
一音一音確実に歌ったからといって客の心が動くわけではない。
棒立ちで音程ばかりを気にしていたんではハートは震わせられない。
リズムだってわざと狂わせる時もあるし、フェイクやシャウトをその場のノリで入れることもある。
CDと全く同じ歌しか歌えないのなら、ライブを行う意味なんてない。俺達の曲は、その時の生の声を聴きに来てくれたファンと一緒に作るものなんだ。
負けたくないから正しく歌わなければ、という気持ちと、その正しさへの反発が頭の中で混ざり合う。
そして、結果はというと、負けたのだった。
章灯は忘れていたのだ、自分がそんなに器用な方ではないということを。
音楽の知識などほぼ0の状態から天性のセンスでここまでやって来たのである。ああだこうだと考えたことが仇となり、どっち付かずの出来に終わってしまったのだった。しかし、腐ってもプロと言うべきか、聞くに耐えないほどではなかったのだが。
――ただ、
そう、この消沈の理由は『うえま』に負けたことだけではない。晶にそんなひどい歌を聴かせてしまったこと、そして、そんな
「良いじゃねぇか、アキは勝ったんだからよ」
「そうそう。あンの一番生意気な『リンコー』とかいうやつな。さすが天才の質が違う!」
晶は、内部崩壊しかけている自我を得意の営業スマイルで何とか保っている章灯とのすれ違い様、無言で彼の肩を叩いた。
それに驚いてちらりと晶を見ると、真っ直ぐに前を向いていた美しい横顔はこくんと小さく頷いた。まるで『任せろ』とでも言うかのように。
そして、彼女は眉間に深いしわを刻んだまま、一度もモニターを見ずに演奏しきった。そして当然のようにつまらないミスなどしなかった。
その後に『リンコー』が演奏し、彼の敗北と晶の勝利が確定した時も、彼女は眉一つ動かさず、ただ黙って頭を下げた。そして無言で出演者席に戻り、隣に座る章灯に軽く頭を下げたのである。
その後、自分が番組の中でどんな発言をしたのか、全く記憶がない。恐らく、『アナウンサー・
そういえば楽屋に戻ってから晶と一言も会話をしていないことに気付き、章灯は辺りを見回した。
「あれ? アキはどこに行ったんだ?」
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