♪7 新規の仕事

 プロデューサーから、さほど誠意の感じられない形ばかりの謝罪を受け、あきら湖上こがみ長田おさだに連れられ、スタジオを後にした。何かを言いたげな晶の目に後ろ髪引かれる思いであったが、番組はまだあと45分もある。章灯しょうとは最後の気力を振り絞って笑顔を作った。


「次はお天気です」



 アナウンサーとしての仕事を終え、トイレに行く振りをして携帯を取り出した。誰からも――もちろん晶からも着信やメールは無く、がくりと肩を落とす。どうせ午後からはイベントの打ち合わせで顔を合わせるのだ、話ならその時で良いだろう。そう思って携帯をポケットに入れ、くるりとUターンした時、尻ポケットの中で携帯が振動していることに気付いた。


 アキか?


 慌ててサブディスプレイを確認するが、そこに表示されているのはマネージャーである白石しろいし麻美子の名であった。


「何だ白石さんか……」


 何だ、なんて言って良い相手ではないと頭ではわかってはいるものの、つい口が滑ってしまう。コホンと咳払いをしてから通話ボタンを押した。


「もしもし……」

「お疲れさまです、白石です」

「あぁ、お疲れさまです」

「いまお時間よろしいですか?」

「大丈夫です。午後の仕事ですか?」

「いえ、新規なんですが……。あっ、あの、朝の見ました!」

「えっ? あ、あ――……、すみません、何か急にあんなことになってしまって……」

「いえ、ORANGEはある意味『シャキッと!』専属ですからね。あれくらいは問題ありませんよ。でも、良かったです。まさか負けるなんてことは万に一つも思ってませんでしたし」

「いや、本当にですよ。あの、で、その、新規の仕事というのは?」


 麻美子にしては珍しく、本題に入るまでが長い。いつもならば手短に用件を伝えてくるというのに。


「あ――……その……、何と言いますか……」



「『音楽王は誰だ! ~SEIKAKU無慈悲~』?」


 通話後に送られてきたメールを晶に見せる。案の定、彼女は形の良い眉毛の間に深い深いしわを刻みつつ、首を傾げた。


「何ですか、これ」


 イベントの打ち合わせを終え、久し振りに、と立ち寄った喫茶オセロである。すっかり顔見知りのマスターが気を利かせて通してくれた奥の目立たない席で、淹れたてのコーヒーに舌鼓を打つ。


「まぁ……簡単に言うと……、いかにきっちり正確に演奏出来るかっていうのを競う番組だな。歌だってギターだって、ライブでちょっと間違ったりするじゃねぇか」

「えぇ、それは確かに」

「だろ? この番組は、そういう粗探しをしてやろうぜって内容だ」

「そんな。それに出るんですか?」

「そう。しかも対決相手がな……」


 そう言ってからわざとらしく大きなため息をつき、画面をスクロールさせた。


「MoGだとよ」

「またですか?」


 晶もまた大きなため息をついて顔を覆った。


「なぁ、アキはさ、生で見てどう思ったんだ?」

「……章灯さんはどう思ったんです?」


 顔を覆ったまま、ぼそぼそ声で問いかけて来る。


「俺? 俺はなぁ、アキみてぇに専門的な部分はわかんねぇけどさ、まぁ、上手いと思ったよ。天才って呼ばれるだけはあるなって思った。思ったけどさぁ、なーんか足りねぇんだよなぁ」


 頬杖をついて窓をちらりと見る。通行人と目が合いそうになって慌てて店内に視線を戻した。サングラスなんて気の利いたものは持って来ていないのだ。


「足りないって、何ですか?」

「そこがわかんねぇんだよなぁ。言ったろ、専門的なことはわかんねぇんだよ、俺は」


 アキはどうなんだよと振ると、彼女は顔を覆っていた手を外して首を振った。


「確かに上手いとは思いましたが」

「が? がって何だ? やっぱりアキも何か違うって思ったのか?」

「何ていうか……、コガさんの言葉を借りると『そそられない』ですかね」

「そそられない、かぁ」

「好みの問題かもしれませんが」


 そう言ってカップに口を付ける。


「……なぁ、アキ、すっげぇ真剣に見てたろ? 何見てたんだ?」


 何気なく放ったその問いに晶の動きがぴたりと止まった。カップを口元に固定したまま気まずそうに目を伏せる。


「それは……」

「何だよ、言えねぇのかよぉ」


 拗ねたように口を尖らせ視線を外す。俺とお前の仲じゃねぇかよ、とぽつりと漏らすと、晶は右手でカップを持ったまま左手で目元を押さえた。


「言えないわけでは……ないんですが……」


 余程言いづらいことなのだろうか、耳まで赤くなっている。


 この状態で周囲にバレたらまずい。

 ORANGE RODがここにいるということが知られるだけでも充分にまずいのだが、この状態だとゲイ疑惑が加速してしまう!


「……とりあえず、帰るか」


 そう言うと、晶はこくり、と頷いた。

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