♪7 新規の仕事
プロデューサーから、さほど誠意の感じられない形ばかりの謝罪を受け、
「次はお天気です」
アナウンサーとしての仕事を終え、トイレに行く振りをして携帯を取り出した。誰からも――もちろん晶からも着信やメールは無く、がくりと肩を落とす。どうせ午後からはイベントの打ち合わせで顔を合わせるのだ、話ならその時で良いだろう。そう思って携帯をポケットに入れ、くるりとUターンした時、尻ポケットの中で携帯が振動していることに気付いた。
アキか?
慌ててサブディスプレイを確認するが、そこに表示されているのはマネージャーである
「何だ白石さんか……」
何だ、なんて言って良い相手ではないと頭ではわかってはいるものの、つい口が滑ってしまう。コホンと咳払いをしてから通話ボタンを押した。
「もしもし……」
「お疲れさまです、白石です」
「あぁ、お疲れさまです」
「いまお時間よろしいですか?」
「大丈夫です。午後の仕事ですか?」
「いえ、新規なんですが……。あっ、あの、朝の見ました!」
「えっ? あ、あ――……、すみません、何か急にあんなことになってしまって……」
「いえ、ORANGEはある意味『シャキッと!』専属ですからね。あれくらいは問題ありませんよ。でも、良かったです。まさか負けるなんてことは万に一つも思ってませんでしたし」
「いや、本当にですよ。あの、で、その、新規の仕事というのは?」
麻美子にしては珍しく、本題に入るまでが長い。いつもならば手短に用件を伝えてくるというのに。
「あ――……その……、何と言いますか……」
「『音楽王は誰だ! ~SEIKAKU無慈悲~』?」
通話後に送られてきたメールを晶に見せる。案の定、彼女は形の良い眉毛の間に深い深いしわを刻みつつ、首を傾げた。
「何ですか、これ」
イベントの打ち合わせを終え、久し振りに、と立ち寄った喫茶オセロである。すっかり顔見知りのマスターが気を利かせて通してくれた奥の目立たない席で、淹れたてのコーヒーに舌鼓を打つ。
「まぁ……簡単に言うと……、いかにきっちり正確に演奏出来るかっていうのを競う番組だな。歌だってギターだって、ライブでちょっと間違ったりするじゃねぇか」
「えぇ、それは確かに」
「だろ? この番組は、そういう粗探しをしてやろうぜって内容だ」
「そんな。それに出るんですか?」
「そう。しかも対決相手がな……」
そう言ってからわざとらしく大きなため息をつき、画面をスクロールさせた。
「MoGだとよ」
「またですか?」
晶もまた大きなため息をついて顔を覆った。
「なぁ、アキはさ、生で見てどう思ったんだ?」
「……章灯さんはどう思ったんです?」
顔を覆ったまま、ぼそぼそ声で問いかけて来る。
「俺? 俺はなぁ、アキみてぇに専門的な部分はわかんねぇけどさ、まぁ、上手いと思ったよ。天才って呼ばれるだけはあるなって思った。思ったけどさぁ、なーんか足りねぇんだよなぁ」
頬杖をついて窓をちらりと見る。通行人と目が合いそうになって慌てて店内に視線を戻した。サングラスなんて気の利いたものは持って来ていないのだ。
「足りないって、何ですか?」
「そこがわかんねぇんだよなぁ。言ったろ、専門的なことはわかんねぇんだよ、俺は」
アキはどうなんだよと振ると、彼女は顔を覆っていた手を外して首を振った。
「確かに上手いとは思いましたが」
「が? がって何だ? やっぱりアキも何か違うって思ったのか?」
「何ていうか……、コガさんの言葉を借りると『そそられない』ですかね」
「そそられない、かぁ」
「好みの問題かもしれませんが」
そう言ってカップに口を付ける。
「……なぁ、アキ、すっげぇ真剣に見てたろ? 何見てたんだ?」
何気なく放ったその問いに晶の動きがぴたりと止まった。カップを口元に固定したまま気まずそうに目を伏せる。
「それは……」
「何だよ、言えねぇのかよぉ」
拗ねたように口を尖らせ視線を外す。俺とお前の仲じゃねぇかよ、とぽつりと漏らすと、晶は右手でカップを持ったまま左手で目元を押さえた。
「言えないわけでは……ないんですが……」
余程言いづらいことなのだろうか、耳まで赤くなっている。
この状態で周囲にバレたらまずい。
ORANGE RODがここにいるということが知られるだけでも充分にまずいのだが、この状態だとゲイ疑惑が加速してしまう!
「……とりあえず、帰るか」
そう言うと、晶はこくり、と頷いた。
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