♪128 12月11日
「そんなわけで、コレ、木崎君から」
「何か……すみません。気を遣わせてしまいましたね」
「気にしなくて良いよ。どうやら、アキのファンだったみたいだから」
「ファン……。それはそれは」
晶は複雑そうな顔で手に持ったチョコレート菓子を見つめた。蓋を開け、中の袋を破り、その中に入っているチョコのかかったビスケットを章灯に手渡す。
「お、サンキュ」
「でも、松竹さん、大丈夫ですかね」
「――え?」
「コガさんから、
「あの人は相変わらずそういうところまめだなぁ」
「番組がなくなったりとか……ないですよね?」
「よっぽどの大御所を怒らせたとかならあるかもしれねぇけど、俺らくらいだし、大丈夫だろ。まぁ、俺らはもう出ないけどな」
「そうですよね……」
晶は明らかにホッとした表情を浮かべた。いくら苦手な相手といえど、それとはまた別の問題だ。自分の番組がなくなるということは、晶にとっては演奏する場を奪われることと同義である。
ただ、『シャキッと!』の方はどうなるかわからないな、と章灯は思った。
まぁ、育てていないとはいっても実の娘だしな。社長が怒るのも無理はないだろう。――もちろん俺だって許せねぇけどさ。
「失礼します」
控えめなノックの音と共に番組スタッフが入ってくる。
「ORANGE RODさん、準備はよろしいですか?」
その言葉で晶をちらりと見ると、慌てて口の周りの食べかすを払っている。
「大丈夫です。行けます」
「では、スタジオへお願いします」
無意識によいしょ、と言って立ち上がり、晶に苦笑されつつ控室を出た。
今日は音楽番組『Pick Up !』の収録である。この番組もまた曲についてはPVを流すだけのタイプで、インタビューに重点を置いている。例のごとく、晶はギター持参である。今日のMCは長年ラジオDJを務めてきたベテランなので、その辺りは臨機応変に対応しますから、という心強いお言葉をいただいているのだった。
「最近あんまり演奏してない気がするな」
スタジオに向かう道すがら、そんなことをぽつりと呟く。もちろん、あともうひと月もしないうちに章灯の正月休みを使ったツアーが始まるのだが、最近の収録はどちらかといえばインタビューやトークに重点を置いたものが多く、生で演奏させる番組自体が減っているのかもしれない。最近の生演奏といえば『
ファンの子達は、俺らの演奏が聞きたいのか、それとも俺らのトークが見たいのか。綺麗に編集されたPVなんかじゃなく、その場の空気も内包するようなそんな生の演奏を聞いてもらいたいのに。
章灯はそう思う。
ファンの子達が皆が皆、自分達のライブに足を運べる訳ではない。彼らが渋々でもテレビに出るのは、新規のファンを獲得したい、というよりは、そういう『ライブに来られないファン』のために生演奏を届けたいという気持ちが強いからだ。PVは店でも流れているし、CDを買ってもらえれば特典DVDに収録されている。けれど、当然だが生の演奏、生の歌声はその時しか聞くことが出来ないのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます