♪119 ファンの違い
「ちょっとアキ聞いてくれよ!」
帰宅した
いつもなら「ただいま」から入り、その次には大体「今日の飯、何?」と続くはずなのに、と訝しんだ晶が首を傾げていると、その様子を見て自分の失敗に気付いた章灯は、やや気まずそうに「ただいま」と言った。
「お帰りなさい、章灯さん。それで、どうしたんですか?」
晶は鍋の中身を皿に盛りつけながら、尋ねる。
「ああ、でも、その前に……」
「わかってる、うがいと手洗いだろ」
そう言って、洗面所に向かった。ついでに軽く顔を洗う。
俺は何でこんなに浮かれているんだ。単に共演した女の子がたまたま自分のファンだったというだけだろう。
だって、面と向かってファンです、なんて言われることほとんどねぇんだもんなぁ、俺。いや、もちろん0ってわけじゃない。わざわざ「SHOWさんのファンです!」って言ってくれる『女の子』が少ないというだけだ。うん。最近じゃ『SHOWの女性ファンは都市伝説』なんてネタもあるくらいだし。
リビングへ戻ると、晶はテーブルの上に料理を並べている。手伝おうとすると「スーツが汚れたら大変ですから、着替えて来てください」と指摘されてしまった。
部屋着に着替えてリビングに戻ると、テーブルの上はすっかり準備が出来ている。晶は行儀良く正座をして章灯を待ちかまえていた。お待たせ、と声をかけてから着席する。
「それで、一体どうしたんですか?」
晶は味噌汁を一口啜ってから問いかけた。冷静に尋ねられると、何となく照れくさい。
「今日、番組に出てくれた若手の女の子なんだけど。こないだMプラで共演した」
「わかります。ええと、たしか……MINAMIさん……でしたっけ」
「そうそう。彼女がさ、どうやら俺のファンだったみたいなんだよ」
「……はぁ」
興奮気味の章灯とは対照的に、晶はいつも通りの無表情だ。
「予想はしてたけど、やっぱりその程度の反応か」
「そう言われましても」
「まぁ、アキからすれば日常茶飯事なんだろうけどな。俺はこんなこと滅多にないんだよ」
「章灯さんのファンは控えめな方が多いみたいですからね」
晶の女性ファンに共通しているのは、TPOをわきまえずにとにかく突進してくる点である。それに反して、数少ない章灯のファンは晶に群がるファンの後ろでもじもじと視線を送ってくる子が多い。この違いは一体何なんだろうか。そしてそれは業界内でも同様で、共演者等でも「ファンです!」とぐいぐい来るのはたいてい晶のファンなのである。てっきり数に押されているだけかとも思ったが、それぞれ1人ずつの場合でも同様なのだった。
「でも、出来れば、私のファンの方もそうであってほしいんですが」
そう言うと晶はため息をついた。ファンの存在はありがたいものの、それでも少し対応に頭を悩ませているのである。
「そうだなぁ……。でも、俺はアキみたいにちやほやされるのが羨ましかったりもするけど」
顔をしかめている晶に章灯はニィっと笑みを向けた。それを見て、晶の表情も少し緩む。
「それにさ、アキの場合は男のファンもぐいぐい来るじゃん。『AKIさん見て俺もギター始めました!』なんつってさぁ。ああいうのは嬉しくないか?」
「それは……ちょっと嬉しいですね」
晶は俯き加減で顔を赤らめている。かつて自分が母親に対して抱いていたような憧れの感情を向けられているというのが照れくさいのだろう。
「良いよなぁ。『SHOWさんの影響で歌い始めました!』なーんてことはまずないもんなぁ。歌なんて誰でも何かしら歌ってるし」
と口を尖らせ、拗ねたようにそう言う。
「それでも章灯さんの歌声に憧れてる人はいますよ」
「いるかなぁ」
「絶対いますよ」
「随分自信満々で言ってくれるな」
「じゃなかったら、曲なんて作りませんから」
それだけ言うと、晶はぷいとそっぽを向いて黙々と食べ始めた。
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