♪118 MINAMI

山海やまみ、お客さん来てるぞ」


 本番を終え、章灯しょうとが局に戻ると、斜め後ろの先輩社員が声をかけてくる。


「お客……。どなたでしょうか」


 特にそんな予定はなかったはずだと首を傾げていると、先輩はニヤリと笑って「めっちゃ可愛い女の子」と言う。そう言われるとますます心当たりがなく、謎は深まるばかりだった。


「本当に、心当たりないんですけど……」


 そう言いながら、導かれるまま応接室に向かう。ノックをして入室すると、革張りのソファに座っていたのは先ほどのMINAMIである。


 何だ、この子なら面識がある。

 

 というか、先輩だってこの子が誰で、さっき誰の番組に出演していたかなんてわかっているはずなのに、と少々恨みがましく先輩を睨むと、彼はへへへと笑って肩をポンと叩き、自分のデスクに戻って行った。


「お待たせしまして」


 そう言いながら、彼女の向かいに腰掛ける。


「ええと……?」

「すみません、お忙しいところ」


 そう言って頭を下げるMINAMIは先ほどの快活さはなく、何だかそわそわとしている。


「いや、大丈夫だよ。次の仕事まで時間あるし。それで……どうしたの?」

「実は、あの、お願いがありまして……」


 MINAMIは言い難そうに下を向き、膝の上に置いた手は忙しなく動いている。


「お願い……? 何だろう」

「あのっ……、さ……、サインを……いただきたくて……」


 真っ赤な顔でそう言われ、章灯はなぁんだ、と安堵した。こんなに思い詰めてるから、もっととんでもない『お願い』が飛び出すのではないかと冷や冷やしていたのだ。


「良いよ。何に書けば良い? あ、アキの分もだよね? いや、むしろアキの分かな?」


 局内でサインをくださいと言われ、二つ返事でOKしてからそれが晶のサインだったというパターンはもう何度も経験していたので、今回もそのパターンだったとしても、正直、特にショックでもない。


「いえ、その……SHOWさんのが……」

「えぇっ?! 俺ぇっ?!」


 本来ならさして驚くところでもないはずだが、情けないことに素っ頓狂な声を上げてしまうほど晶の方が女性ファンは多いのである。

 嬉しさよりも驚きが勝ってしまったことに恥ずかしさを感じながら、彼女が手渡してきた色紙にサインを書く。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます! あの、今度のライブも、行きます、私!」

「わざわざチケット取ってくれたの?」

「はい、実はファンクラブにも入ってて」

「えぇ~? そうなんだ。何か悪いなぁ」


 大事そうに色紙を両手で持ったまま、MINAMIは顔を赤らめている。


「全ッ然悪くなんかないです。だから、あの、今日もですけど、こないだ共演出来たのが本当に嬉しくて……」


 それならあの時の楽屋で言ってくれれば良かったのに、そう思いながらも悪い気はしない。


 MINAMIはすっと立ち上がると、「本当に、お時間取らせてしまって申し訳ありませんでした! AKIさんにもよろしくお伝えください!」と丁寧に頭を下げた。


「大丈夫だよ。こちらこそ、応援してくれてありがとう。これからも頑張ってね」


 そう言って、彼女を見送る。MINAMIは何度も振り向いては章灯に向かって頭を下げ、去っていった。


 まさか、俺のファンだったとはなぁ……。


 章灯はMINAMIの姿が見えなくなってからもしばらくその場に立ちつくしていた。

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