♪113 あいさつ回り

 今週最後の仕事は土曜日夜8時からの生放送番組『MUSICミュージック PLAZAプラザ』の出演である。


 あまりゴールデンタイムのテレビ番組には出ないようにしているのだが、新曲を出したばかりなので、そうも言っていられない。もちろん普段から生演奏のため、演奏に自信がないわけではないが、いかんせん、この番組は曲に入るまでのトークの時間が長い。1時間の番組にも関わらず、出演者は4組あれば多い方だ。ちなみに本日はORANGE RODを含めて3組である。


 人懐っこいベテランMCに一体何を突っ込まれるやら、と章灯しょうとはため息をついた。アドリブには慣れているが、あきらに関する話題はやはりどんな地雷が埋まっているかわからないのだ。


 衣装に着替えメイクを済ませた後は、共演者の楽屋へ挨拶に行く。一言もしゃべらないとは言っても、晶を連れて行かない訳にはいかず、最後までギターを担いで行くと抵抗していたのを何とか説き伏せ、重い足取りで楽屋をノックした。


「はい」


 若い女性の声がする。ここは最近売り出し中のシンガーソングライターMINAMIの楽屋である。


「失礼しまーす……」


 この業界でのキャリアはどんなに上でも、『本業・アナウンサー』としてはつい低姿勢になってしまう。どうやら業界内では、そういった姿勢も評価されているらしいが、それは現在のところ章灯の耳には入ってきていない。

 おずおずと頭を下げて入ってくる先輩の姿に、MINAMIは慌てて立ち上がり、勢いよく頭を下げた。


「――すっ、すみません! 先輩の方から来ていただくなんて……!」


 若いシンガーは恐縮しっぱなしである。それを見ると悪いことをしたかな、と思うのだが、自分達の方がキャリアがあるからといって楽屋でふんぞり返るのはどうにも性に合わない。


「いやいや、良いんだ。いつもこうしてるから。それより、今日はよろしくお願いします」


 章灯がそう言って礼をすると、そのタイミングで晶もぺこりと頭を下げる。


「えっ? はい、もちろんです! 今日は勉強させていただきます!」


 勉強させていただくも何も、彼女とは音楽のジャンルが違うような気もするけど。


 そう思うのだが、悪い気はしない。


「いつか『シャキッと!』にも出てくれると嬉しいなぁ」


 毎週金曜日は流行りのミュージシャンを紹介する『MUSICミュージック TOPICトピック』というコーナーがある。章灯は会社の命により、共演者には必ず声をかけるようにしているのだった。


「ぜひ、お願いします!」


 MINAMIは満面の笑みで再度頭を下げた。


「……朝から声出る?」


 出演の打診をすると苦い顔をするのは、生演奏を常としているミュージシャンである。口パクのアイドル辺りは、声が出なくとも問題はないし、朝の爽やかなイメージで二つ返事である。


「大丈夫です! あの、これ、私のマネージャーさんの名刺です。ぜひ、よろしくお願いします!」


 そう言って、ポーチから名刺を取り出し、差し出した。


 なかなか積極的な子だな。


 そう思いながら受け取る。


「じゃ、番組からマネージャーさんと交渉させてもらうね。じゃ、後で……」


 扉が閉まる直前まで、彼女は深々と頭を下げていた。長い髪がまっすぐ下に垂れている。


「いやぁ、ハキハキして気持ちの良い子だったなぁ……」


 人気の少ない廊下でぽつりと呟くと、「正反対ですね」という声が後ろから聞こえる。


「何だ、焼きもちか?」


 ニヤリと笑って振り向くと、晶はぷいと視線を逸らし「別に」とだけ言った。


 いますぐ抱きしめたいのをぐっとこらえ、「ココが終わったらな」とささやく。目の前は大御所フォークデュオ『クロッカス』の楽屋である。

 ココが終わったら何をするのか。晶がそれを問う間もなく、章灯は扉をノックした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る