♪104 メリットって何だろう

 夕食後、ソファに並んで座った章灯しょうとは上の空であった。頭の中はプロポーズのことでいっぱいである。


 どう切り出そう。何て言おう。


 珍しくあきらの方から話題を振ってきたことが2度3度あったのだが、それすら聞き逃すレベルである。さすがに晶の方でもこれはおかしいと判断したようで、心配そうに章灯の顔を覗き込んだ。


「章灯さん、章灯さん」


 恥ずかしいのを我慢して、ぐっと近付き、顔の前で手を振ってみたり、熱でもあるのかと額に触れても見たが、どうやら熱はないらしい。それどころか、まるで無反応である。


 ここまでやっても駄目なら、自分にはもうお手上げだと思い、しばらく1人にさせた方が良いのかもしれないと思って席を立った。地下でギターでも弾いてこようかな。そう思っていた時、ふいに右手を引っ張られた。手は彼女の大事な商売道具のため、引っ張ったといっても、軽くである。それでも晶をその場に留まらせるには充分な効力があったが。


「何でしょう」


 さっきまでこっちがいくら働きかけても無反応だったくせに。その思いが、彼女をいつにも増して素っ気なくさせた。


「ちょっと座ってくれないか」

「……さっきまで座ってたんですよ」


 そう言いながらすとんと座る。


「ごめん、ちょっと考え事してて」

「何ですか、考えことって?」


 そう問いかけるも、章灯はまた黙り込んでしまう。


「もしかしてまたココを出るとか、そういうんじゃないですよね? 私、スランプじゃないですよ?」

「違うんだ。そうじゃなくて……」

「じゃあ、一体何ですか……?」


 晶は少しイラついているようにも焦っているようにも見えた。


「アキ……、あのな……。その……」


 晶が席を立ったことに気付いて慌てて呼び止めては見たものの、話す内容なんてまるで決まっていない。


 章灯は身体ごと晶の方へ向き、その両肩をつかんだ。

 突然の行動に晶は虚を衝かれたようで、目を見開き、驚いた表情をしている。


「アキ!」

「……っ、はいっ!?」

「えーっと、その……、俺と……! けっ……結婚して、くだ、さい」


 途中まではしっかりと晶の目を見ていたものの、最後は結局下を向いてしまった。

 

 何やってんだ、俺! ほんっと肝心なところでヘタレだな……。

 でも、言ったよな? 言っちまった……。さすがに、今回はアキに聞こえたよな……?


 恐る恐る顔を上げてみると、晶は首を傾げて不思議そうな表情のまま固まっている。


 まさか、結婚の意味が分からないとかじゃないよな……? いくらアキでも……。いや、もしかしてそれも有り得る……のか?


「章灯さん……」

「……は、はい」

「いま結婚、と」

「……はい」

「私と……ですか?」

「そう……だけど」


 ぽつりぽつりとぶつけられる質問に答える度、少しずつ冷静さを取り戻した章灯は、晶の肩から両手を離し、姿勢を正して正面から見据えた。


「アキの……返事は?」


 それでもこの質問は緊張する。交際自体は順調だと思う。であればきっとYESであるはずだ。しかし、相手は『アキ』である。そう簡単に返事をくれるだろうか。


「わかりません。結婚が何なのか」


 YESでもなく、NOでもない。でも晶らしいといえば晶らしい。


「えーっと、それは、赤の他人の男女が1つの籍に入って、苗字も同じになったりして……」

「いえ、章灯さん。さすがにそれはわかります」

「え? ああ、そうか。じゃ、何がわからないんだ?」

「別に、飯田から山海やまみになることは構いません。ですが、その、結婚のメリットというか……。いまこの状態じゃダメな理由というか……」


 さらっと言ったな。飯田から山海になることは構わないって……。


 それについては少しホッとした。


「私は、結婚している男女を間近で見ていませんので、夫婦というものが良くわかりません。一緒の家に住んで、一緒に生活をする、というならいまの状態と同じです」

「それは、確かに……」


 そう言われてみると、結婚って、何だろう。


 一緒の姓になって、一緒に住んで……。ああ、そうだ、確か扶養とか。いや、でもアキは自分でがっつり稼いでる。てことはコレも特に関係ないか。いちばんは、子どもかな。でも、正直、いまは子どもを作れる状況じゃない。


「章灯さんは、私と結婚して何がしたいんですか?」


 責めるようにではなく、単純に疑問だ、とでも言いたげな表情で晶が問いかけてくる。


「何が……?」


 晶は真剣な表情で大きく頷いた。


「俺は……、アキと一緒にいたいんだ。その……、前もずっと一緒にいるって言ったけどさ、そういう口約束じゃなくて……。変な言い方だけど、紙切れ1枚でも、契約として、証としてっていうか……。ずっと一緒にいるって誓いたいんだよ」

「ずっと、一緒に」

「ユニットは俺らの意思だけで続けられるもんじゃねぇけどさ、俺らの関係は、俺ら次第だろ?」


 話し切ったが、気付くと視線は下を向いてしまっている、そして相変わらず耳が熱い。


 さて、晶はどう出るのだろうか。



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