♪103 サイズと価値観

「あら、山海やまみさん。いらっしゃいませ」


 あきらの店『turn off the love』へ行くと、いつものように紗世が明るい笑顔で出迎えてくれた。

 章灯しょうとは店内をキョロキョロと見回し、晶の姿がないことを確認してから紗世の元へ向かった。


「晶さんですか? たったいまお帰りになりましたが、まだ近くにはいらっしゃると思いますけど……」


 その言葉を聞いてホッとする。


「いや、アキじゃなくて……、その、ちょっと紗世さんにお聞きしたいことがあって」

「私にですか? 良いですよ。ちょうどお店も暇でしたから」


 紗世はカウンターの脇に立てかけてある折りたたみ椅子を運んできた。広げて章灯に勧める。


「ああ、すみません……」


 紗世はカウンターに寄りかかるようにして立っている。


「それで……、何でしょうか」

「あの……、もしご存知でしたら、なんですが。その……アキの指輪のサイズを知りたくて……ですね」


 俯き加減でぽつりぽつりと言う。耳が熱い。この分だとおそらく顔も赤くなっているだろう。紗世はその様子を見てくすくすと笑う。


「指輪のサイズって……どの指でしょうか?」


 そうだよ。指っつっても両手で10本あるんだ。そこまでちゃんと言わなきゃだったよなぁ。


「あっ……、あの……左の……薬指……です……」


 語尾はどんどん小さくなる。下を向いて、且つ、このヴォリュームである。果たして紗世に届いただろうか。

 しかし、紗世には既に見当はついていたようで、にこりと笑いながら「左の薬指ですね」と復唱した。


「いよいよプロポーズですか?」


 その言葉で顔を上げると、紗世は満面の笑みで章灯を見つめている。


「えー、まぁ……はい……。でも、アキが果たしてダイヤの指輪とかそういうのに興味があるのかどうか……」

「それは確かに」


 紗世は握りこぶしを顎に当てて考え込んでいる。


「私もあまりそういう話はしたことないんですけど。年齢的なものもあるかもしれませんが、晶さんはあまり『結婚』というものに焦っているようには見えませんね。もしかしたら、一般的な女性と同じに考えてはいけないかもしれませんよ?」

「やっぱりそうですよね……」


 章灯は両手で顔を覆う。


「それに、必ずしも指輪でなければならないというものでもありませんし、中には腕時計ですとか、ブレスレット、ネックレスにする方もいるみたいですよ。ほら、お仕事の関係で指輪が着けられないですとか。美容師の友人がいるんですけど、彼女はネックレスでしたね。式も挙げなかったので、指輪自体用意しなかったみたいで」

「ああ、確かに……。俺らも大っぴらに着けるのはちょっとまずいですね」

「一応、晶さんの薬指は9号です。指輪を用意してからプロポーズではなく、OKを貰ってからお2人でお考えになった方がよろしいんじゃないでしょうか」


 その言葉で顔を上げると、紗世はにっこりと笑っていた。



 やっぱりまずはプロポーズだよなぁ。

 予想はしてたけど、紗世さんともそういう話はしない、か……。

 アキに女の友達とかがいれば、ぼちぼち結婚する子なんかも出て来てさ、んで、式に招待されたりなんかして、ベタにブーケを受け取ったりしてさ、あー、次は私かな、みたいなさぁ……。

 でもまだアイツ22か。最近はこれでもまだ早い方なんだよな……。

 

 アキ、いまどこにいるんだろうな。

 車に乗り込み、ポケットから携帯を取り出して、電話帳から『飯田晶』を検索する。電話をかけようかとひとしきり悩んで、やはりメールを打つことにした。


 件名:いま

 本文:何してる?


 素っ気ない文面を送った後で、当てもなく、車を走らせる。カーステレオからはAKIのCD『SUPERNOVAスーパーノヴァ』が流れている。『SUGAR』も良かったが、やはり晶の歌声が聞きたかった。おそらく、これが晶に知られたら嫌な顔をされるだろうが。

 車が渋谷駅を通過したころ、ドアポケットに入れていた携帯が振動した。

 近くのコンビニに車を停め、携帯を開く。案の定、晶からのメールだった。


 件名:家です

 本文:夕飯を作っています。何時に戻られますか。


 そういえばもう5時半を過ぎている。いますぐ帰ると返信して、車を走らせた。


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