♪88 ヨリドコロ

 午前の仕事が終わり、章灯しょうとは自分のデスクに戻った。

 デスクワークと昼食を済ませたら、次は雑誌の取材が入っている。もちろんそれは『ORANGE ROD』の仕事だ。

 今日は音共社の音楽雑誌『BRAND NEWブランニュー!』である。写真撮影もあるのであきらは既に現場に入っているはずだ。基本的に晶はインタビューは絶対に受けないが、今回はその風景もカメラに納めたいとのことで、同席だけはすることになっているのである。

 目を瞑り、人見知りの晶が大人数に囲まれて困惑している姿を想像する。

 

 ……これは悠長に飯なんて食ってられねぇな。待ってろ、アキ。



「すみません! お待たせしまして!」


 今日の撮影は日の出テレビ本社ビル近くのスタジオである。

 章灯が息を切らせてメイクルームへ飛び込むと、案の定、疲れた表情の晶がいる。しっかりとギターを抱えているところを見ると、余程心細かったのだろう。


「お疲れ様です、SHOWさん」


 SHOWが章灯であることは周知の事実だが、晶はユニットの仕事中はなるべく『章灯さん』と呼ばないようにしている。別にどちらでも良いのに、と章灯は思うのだが、「これは1つの『けじめ』です」と晶は譲らない。


「SHOWさん、早かったですね」


 専属ヘアメイクの女性はそう言って章灯に着席を促す。

 早い、と言われて時計を確認すると、予定よりも20分早く着いていることに気付いた。


「おぉ、最短記録更新してる」


 そう呟くと、自身の髪に櫛を入れている女性が鏡越しに微笑んだ。


 章灯の撮影も終わり、メイクと衣装はそのままでインタビューが始まる。


「なぁアキ、ギターはいらないんじゃないのか……?」


 章灯の隣に座った晶は相変わらずギターを構えたままである。晶は章灯の言葉にぶんぶんと首を振る。


「失礼致します」


 背後から声をかけられ、章灯は立ち上がった。振り向くと、小柄な女性が笑顔で立っている。


「音共社の片岡真里です。本日はよろしくお願い致します」


 そう言って真里は名刺を取りだし、章灯に手渡した。アナウンサーのであれば名刺があるのだが、と思いつつそれを受け取る。次からは一応それも用意しておくか、となどと思ってみる。


 片岡……真里……真里……。


「――真里?」


 名刺をまじまじと見つめていた章灯が声を上げると、真里はにっこりと笑った。


「久し振りね、章灯」

「おぉ……、久し振り……だな。お前、音共社ココに入ったのか」

「ずっと別の雑誌担当してたんだけどね、『BRAND NEW !』の熊谷さんが産休に入ったから、その穴埋めに。ねぇ、座っても良い?」

「――え? あぁ、ごめん、どうぞ」


 章灯が椅子を勧めると、真里は「相変わらず優しいのね。インタビューされる側がする側に椅子を勧めるなんて」と笑った。

 章灯はやや気まずそうに頭を掻いて椅子に座った。隣には目を細めて気難しい顔をしている晶がいる。その目は完全に「お知り合いですか」と語っている。


「あぁ、アキ、あのな、この人は……、えー……っと……」


 どう説明したものかと章灯が言い淀んでいた時、真里は営業用の笑顔を張り付けた状態で一歩前に出た。


「AKIさん初めまして。実は章灯のってやつです、私」


 その言葉に晶は目を見開いて章灯を見つめる。単なる驚きの表情にも見えるが、章灯にはそれがそれだけじゃないような気がしている。


 もしかして、ちょっと怒ってたり……?

 だとしたら、少し嬉しい気もする。一応、焼きもち焼いてくれてるってことだし。

 でも、面倒なことになりそうな……。


「でも、元カノっつっても、もー10年近く前だぞ? 別に連絡とかも取ってなかったしな!」


 慌ててそう言ってみる。


 晶のことだから浮気だとかそういうことを心配しているとかではないのだろうが、そう言わずにはいられない。


 実際、晶は単に目の前の女性が自分と真逆の、小柄で、緩くウェーブされたロングヘアで、女性らしいラインを持つ可愛らしいタイプであることにショックを受けただけであった。


 章灯さん、本当はこういう女性が好みなんじゃないか……。

 

 そんなことを思いつつ。


「もぅ、章灯ったら。そんなムキにならなくても良いじゃない。今日の私はインタビュアーなんだから」

「まぁ……、そうなんだけどさぁ」


 視線を晶から離し、正面を向く。


 やりづれぇ……。

 アキ、変な想像とかしてないと良いけど……。


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