♯13 バースデープレゼント (終)

「誕生日おめでとう、かおるちゃん」

「ありがとう」


 きちんとした『男』の恰好の千尋が『turn off the love』にやってきたのは12月31日正午のことである。


「今日、お仕事は?」


 いつものようにコーヒーを淹れながら尋ねる。


「今日からお休みなんだ。3日まで。ねぇ、郁ちゃんのお休みは?」

「私は2日までよ。今日も早く閉めるけど」


 そう言ってコーヒーを渡す。千尋はそれを嬉しそうに両手で受け取った。


「それじゃあさ、2日まで一緒に過ごそうよ。俺、郁ちゃんのためにご飯作るから!」

「作れるの?」


 意外そうな顔で見つめると、千尋は得意気に胸を張った。


「やっぱり料理くらい出来ないとね。『女子力』高いでしょ?」

「あなたは『男子』よ」


 呆れた声でそう言うと、千尋は「良いじゃーん」と笑った。



「改めて、郁ちゃんおめでとう!」


 テーブルの上には千尋が作った料理が並べられている。メニューはハンバーグと付け合わせの粉ふきいもに人参のグラッセ。それからコンソメのスープだ。


「ありがとう。豪語するだけあって、美味しそうね」

「へへ。郁ちゃん、ハンバーグが好きだなんてかっわい~い。ケーキもあるからね。さすがに買って来たやつだけど」


 目の前に座っている千尋は何だか少し照れたように笑っている。


 一口サイズに切ったハンバーグを口へ運ぶと、味の方もなかなかのものだ。


 まぁ、あきらのには負けるけど。

 何てことは口が裂けても言えないけれど。


「美味しい」


 にこりと笑って感想を口にすると、千尋は満面の笑みで「良かったぁ」と言った後で、肩を竦め「……でも、晶君と比べてたりしてない?」と続けた。


「晶の料理を一度でも口にしたら、比べるなと言う方が無理よ」


 澄ました顔でそう言い、口を尖らせている千尋を尻目に食事を続ける。


「でも、気持ちが入っている分、こっちの方が嬉しいわ」


 そんな私の言葉で千尋はあっという間に笑顔になる。


「郁ちゃんへの気持ちはいーっぱいいーっぱい入ってるからね。それなら晶君にだって負けないよ!」



 バースデーケーキとは言っても、食べるのは2人しかいないため、ごく小さなホールケーキだった。シンプルなドーム状のチョコレートムースの上に『2』と『1』と形どられた蝋燭を立て、火を灯す。私が、ふぅ、とそれを吹き消し、千尋は嬉しそうに手を叩いた。


「郁ちゃん、プレゼントなんだけど……」


 ケーキを食べ終わった後、千尋は真っ赤な顔で小さな箱を手渡してきた。


 この形は見覚えがある。

 ウチの店にもあるやつだ。

 だから、たぶん、そういうことなんじゃないだろうか。


「千尋、もしかして、これって……」


 それを受け取り、蓋に手をかけた状態で問いかける。


「あのね……、そうなんだけど、そうじゃないっていうか……」


 千尋は俯き加減でもじもじしている。彼にしては珍しく歯切れが悪い。


「そうだけど、そうじゃないって、どういうこと?」

「えー……と、それは……」

「どうしたの?」

「あのね……、それ、中身空っぽなんだ……」

「空っぽ?」


 私は手の中にある小さな箱をゆっくりと開けた。本来であれば、それなりの石でも付いた指輪が入っているであろう、その中は確かに空だった。


「どうして空なのかしら」


 千尋はきちんと正座をし、両手は固く握られ行儀よく膝の上に置かれている。耳まで真っ赤にして下を向いているその様子に私は苦笑した。


 別に私、お説教しているわけじゃないのよ?


「俺……よく考えたら郁ちゃんのサイズ……知らなかったの……。聞こうと思ったんだけど……、ちょっと勇気が出なくて……」


 千尋の声はどんどん小さくなり、それに比例して、どんどん背中も丸まっていく。


「だから……その……、もし、郁ちゃんがOKなら、いっしょに買いに行こうと……思って……」


 その言葉で私は大袈裟にため息をついた。


「……私はまず何に対してOKかそうでないかを言えば良いのかしら」


 千尋はハッとした表情で顔を上げ、気まずそうに頭を掻いた。


「何かこれと一緒に言うことがあったんなら、渡すところからやり直してちょうだい」


 にっこりと笑って小箱を手渡すと、千尋は赤い顔でそれを受け取った。姿勢を正し、ゴホン、と大きく咳払いをしてから、真剣な眼差しで私を見つめる。


「郁ちゃん、俺と結婚してください!」


 まっすぐ差し出された手には小箱が握られ、それは小さく震えていた。


 あの時みたい。


 私は交際を申し込まれた時のことを思い出して少し笑った。

 小さく震える手を両手で箱ごと包むようにして握り、囁くような声で「ありがとう」と返す。


「私達はまだ若いし、いますぐじゃなくても良いかしら。でも、私もあなたしかいないと思ってたのよ」

「郁ちゃぁん……」


 千尋の目には涙がにじんでいる。


「まぁ、ウチの『雷親父様』を説得出来たら、でしょうけど」

「そうだった……。2、3発は覚悟しとくよ、俺……」

「頑張って。あの人の腕、千尋よりも一回りは太いから」


 そう言うと、千尋は「マウスピースとか用意しといた方が良いかな?」と笑った。


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