♯10 見つけたぁ!
「あれって……、
それは千尋が父親の命で、三軒茶屋の不動産を回っていた時のことである。
そろそろ戻ろうかと駅の方面に歩いていると、見覚えのあるイケメンを発見した。モデルのようにすらりとした体型。さらさらとなびく艶のある黒髪のショートヘア。身に着けているものは男物だろう、少しだけ肩が余っている。相変わらずの仏頂面で男のように大股でガシガシと歩いていた。
声をかけても良かったのだが、慣れないスーツ姿を見せるのが恥ずかしく、それは躊躇われた。その代わりに、どこへ行くのだろうと後をつけてみる。
おそらく、自分がこんな恰好をするなんて思わないだろうから、ちょっとぐらいなら顔を見られてもバレないだろう。
そんなことを思いながら。
案の定、晶は周囲にあまり興味がないようで、一度だけ後ろを振り向いたが、千尋には一切気が付いていないようだった。
「さすが晶君、道行く女の子がみーんな見てる。俺なんて男の時は全然見向きもされないのに」
晶とすれ違ったほとんどの女性は、年齢関係なく彼女を二度見して、一様に口元を押さえていた。中には声をかける強者もいた。もちろん、素気無く断られていたが。
そしてその晶はというと、脇目も振らずにどんどんと住宅街の方へ歩いて行く。
もしかして、晶君の家とかだったりして。それか……恋人の……とか。そう言えば、晶『君』って言ってるけど、女の子なんだよな。てことはやっぱり恋人って、男だよね? でも、あの晶君が男の人にしなだれかかってる姿ってあんまり想像出来ないなぁ。それよりは女装した時の俺みたいな『THE可愛い系』の女の子を腕枕してる方が様になるというか……。
ベッドサイドの微かな灯りの下で、すやすやと寝息を立てる彼女の寝顔を見つめながら、腕枕をしている晶の姿を想像する。
そうだ、こっちの方が絶対しっくりくる。
千尋はうんうんと頷きながらぐふぐふと笑った。
やがて、晶は綺麗な一軒家の前で立ち止まった。家の前の駐車スペースには見慣れた車が停まっている。
こっちの赤いレンジローバーは晶君のでしょ。
とすると、この、青いミニは?
それに、こんな立派な一軒家に1人で住んでるわけないよねぇ。
これって、
いや、知ってるよね、さすがに。だって血の繋がった姉妹なんだから。
……にしても、晶君、一体誰と住んでるんだろう。
これは今度押しかけて確かめる必要があるな。うん、絶対ある。
千尋はそう決意して来た道をUターンした。
さすがにこの恰好の時はダメだ。
近いうちにここの家でファッションショーさせてもらおーうっと。
***
「ねぇねぇ郁ちゃん、今日ねぇ、晶君見たよ!」
店を閉めた後で、スーツ姿の千尋が裏口から入ってきた。今日は一緒に夕食を食べに行く約束をしている。……という約束がなくとも彼は暇さえあればちょくちょく顔を出して来る。店番もしてくれるので正直有難い気持ちはある。
「そう、元気そうだった?」
「うん、いつも通り。とっても恰好良かったよ!」
「そう、良かったわね」
うきうきと報告をしてくる千尋には目もくれず、1日の売り上げをパソコンに入力していく。
「……焼きもち焼かないの?」
何だか拗ねたような声が聞こえた。ああこれは確実に上目遣いで私のことを見ているな、とは思うものの、それを受け止めてあげる時間的余裕はいまのところない。
「どうして妬く必要があるのかしら」
「だってさぁ、郁ちゃんがいないところで晶君に会ったんだよ? 俺、晶君の追っかけなんだよぉ?」
千尋は私の気を引こうと必死である。しかしそんなことは有り得ないとわかっている。お互いに。
だって晶の追っかけなのは『女』の千尋であって、『男』の千尋ではない。いわゆるバカップルのじゃれ合いというのをしたいのだ、彼は。
「千尋のことを信じているからよ」
パソコン作業が一段落し、仕方なく彼に視線を向けてそう言ってやった。
「それだけでは不満かしら」
「……じゅ、充分だよっ、郁ちゃぁぁん!」
すると彼は、潤んだ目でそう叫んで私に抱き付いてきた。
もうほんと、郁ちゃんには敵わないなぁ。
普段は滅多に出さない低い声で、耳元でそう囁かれる。
女の恰好の時に抱き付かれるのも困るのだが、男の時も実はちょっと困ったりする。
あなた、私が耳弱いの知っててわざとやってるでしょ。
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