♯11 爆弾設置完了
「ねぇ、
頭のてっぺんからつま先まで女になりきっている千尋が両手いっぱいの紙袋を持って『turn off the love』の
「あら、どうしたの? そんな大荷物で」
「前の郁ちゃんのお店がセールやってたの~」
言われてみると、千尋が持っている紙袋は以前に勤めていた店のものだ。でかでかと『PINK POISON』と書かれている。
「相変わらずのお得意様なのね」
「だって可愛いんだもん~。だから、晶君のところでファッションショーしてくるから!」
晶の許可は取ってるのかしら。それに、社宅なんだし、あんまり騒いだら迷惑だと思うけど。
そう思ったが、そのまま口にするのも何だか面倒くさく、「晶によろしくね」とだけ言った。
***
インターフォンが鳴った時、晶は翌日のクリスマスライブに向けての練習中であった。自分のユニットのではない。『
幸か不幸か自分の部屋で弾いていたため、インターフォンが聞こえてしまい、しぶしぶ玄関へ向かう。この時きちんとモニターで確認すれば良かったのだが、つい面倒でドアを開けてしまったのだった。
「おっ邪魔しまぁ~すっ!」
そう言いながら有無を言わさず上がり込んでくる。いくら晶より小柄だと言っても力は男だ。ぐいぐいと押され、結局リビングへ通してしまった。
***
「お前の彼氏をどうにかしろ」
晶から電話がかかってきたのはその日の夜だった。
「どうにかしろって……。何かやらかしたの?」
「何かも何も……、人ん家押しかけて来て、いきなり脱ぎだして」
「あら? 襲い掛かってきた?」
「そ……っ、そんなんじゃないけど! 次から次へと服を着替えて……!」
「ああ、いつものファッションショーね。新しい服を買った日は必ずやるのよ。いつもはウチのバックヤードでやるんだけど。今日は晶の家に行くってきかなくって」
「何でウチがバレてるんだ。とにかく、郁の方でしっかり見張っておけ」
「あら、千尋を束縛する権利なんて私にはないわよ」
「なかろうが何だろうが関係ない。どうにかしろ」
そう言って電話はぷつりと切れた。ため息をつきながらくるりと振り向く。
「……晶、相当怒ってたわよ」
「えへへ~、ごめんごめん。少しでも女の子の恰好に興味持ってもらえるかと思ったんだけど。失敗だったね」
千尋はちっとも悪びれた様子はなかった。
「女の恰好に興味持たせてどうするのよ。あなた、『男』の晶のファンなんでしょう?」
「うーん、そうなんだけどさぁ。もしかしてなんだけどぉ、晶君、男の人と同棲してるかもなんだよね」
「どういうこと?」
「洗面所に歯ブラシ2本あったし、髭剃りもあったし」
「まぁ、いくら晶でも髭は生えないわね。でも、それ、
「そうかもしれないけどさぁ~。でも違うと思ったの! これは『女』の勘!」
「……あなたは『男』でしょう」
ため息と共にそう吐き出し、呆れた顔をして千尋を見つめた。
「まぁまぁ、細かいところは気にしなーいっ。でね、ちょっと爆弾しかけてきたの」
彼――とりあえずいまは男の姿でいる――は両手を口元に当ててぐふぐふと笑っている。
「……爆弾?」
「『私』のブラジャー!」
私は視線を宙に泳がせて大きくため息をついた。
「それのどこが爆弾なわけ?」
「え~、結構な爆弾だよ? たとえば、晶君が発見した場合、その同棲相手が女の子を連れ込んだ! って修羅場になるでしょ」
「……なるかしら」
「で、逆に同棲相手が発見したとして、晶君を『男』だと思ってたら、晶君が女の子を連れ込んだ! ってなって晶君質問攻めでアワアワ……みたいな!」
「……そうかしら」
「で、もし、晶君の『女』がバレてたら、ラッキー、晶君の下着ゲット! って盛り上がって……とか!」
「……馬鹿馬鹿しい」
「まぁ、それは半分くらい冗談だけどさ。もし、その人が『男』だと思ってたとしても、ブラジャー発見したらさぁ、もしかして晶君って『女』なんじゃないかって気付くと思うんだよね。いくらそれっぽく振る舞ってても、やっぱり晶君は女の子の身体だよ」
千尋は口を尖らせ、少しだけ真剣な顔で言った。私はその発言の真意を上手く汲み取ることが出来ない。
「あなたはその同棲相手に晶が『女』だって気付かせたいの?」
「――ん? まぁー、そうかな。自分を偽って生活するのって、郁ちゃんが思ってる以上に大変なんだよ」
千尋は笑顔でそう言った。いつもの明るい声で。
「千尋、あなた」
「いやいや、俺は好きでやってるけどさ。晶君、強がってても女の子だもん。毎日嘘をつき続けるなんて身体に毒だよ」
そうだ。
晶は強く見せてるけど、あれで結構繊細なところがあるのだ。
千尋はそれを見抜いているということだろうか。
まったく、普段はこんななのに抜け目ない男である。
私は子どものように足をバタバタとさせている千尋にゆっくり近付くと、前髪をかき分けてその額にキスをした。
「郁ちゃん?」
元々私はあまり自分から仕掛けないタイプだ。不意打ちのキスに千尋は目を丸くしている。嬉しさが脳に到達する前に驚きが先に出てしまったようで、正に鳩が豆鉄砲を食らったような顔、というやつだ。
「あなたのそういうところが好きよ」
止めのようにそう言うと、千尋はやっと頬を緩ませて私の身体に抱き付いて来た。
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