♪36 In your face!
「じゃ、
それぞれのリハを終え、moimoizに向かって監督の原田が声を上げた。
機材に囲まれて準備をしているmoimoizの2人は
追い打ちをかけるように、
これはさすがにちょっとフェアじゃないような気が……。
と、いたたまれない気持ちで視線を外していると、スピーカーから音楽が流れて来た。
moimoizはヴォーカルとギターの2人組ユニットだが、ベースやドラム等のサポートを入れず、打ち込みで制作、演奏するスタイルをとっている。作曲はすべてギターの三沢宗太が行っており、ポップな曲調で様々なアニメのタイアップに選ばれているpassionの売れっ子だ。
選ばれているのは実力だけじゃないのかもしれないけど、純粋に聞きやすくて良い曲だと思うし、歌も演奏もやっぱり上手い。だけど、何か違和感がある、というか。
そうは思うものの、しかし、素人の章灯にはそれが具体的に何なのかはわからなかった。
何だろう、何だろう、と左右に首を傾げながら聞いているうちに演奏は終わっってしまった。
結局わからなかったと思いながらmoimoizの2人を見ると、一瞬目が合ったが、やはり怯えたような顔をしてすぐに逸らされてしまった。何だか自分がいじめっ子にでもなってしまったようでかなり居心地が悪い。
「はい、じゃ『海山透と愉快な仲間たち』さん、準備してくださーい」
「はぁーいっ!」
自分達の考える新人の初々しさを前面に押し出したこの道約20年のでかい中年2人が、のしのしと『テスト会場』に向かう。その後にこちらはまだまだ『新人』で通用しそうな2人がついて行く。
すでに事情を察したらしい原田は必死に笑いをかみ殺している。
「えーっと、『海山透と愉快な仲間たち』です。よろしくお願いします」
わざとらしいほどたどたどしく緊張しているような演技で湖上が言い、1拍おいて長田のカウントが始まる。それに続いて
ざまぁみろ。
あれはそう言っている顔だ。それは自分にもわかる。だって、俺もそう思う。
ウチのアキを舐めんじゃねぇぞ。
そんな思いで、章灯も思わず笑みがこぼれる。
アキだけじゃねぇぞ、すごいのは。ベースも、ドラムも一級品だ。そしてもちろん、俺だって――。
章灯が歌い始めると、出来レースだと聞かされていたであろうスタッフ達がざわつき始めた。
原田は、参った、と言わんばかりに苦笑し、moimoizは青い顔をして時折視線を交わしている。
湖上は長田の方をちらりと見て、片目を瞑る。そのやりとりに気付いた章灯が2人を見て頷いた。
お望み通り、暴れてやる。
そう思って隣を見ると、その視線に気付いたのか、晶はちらりと章灯を見てにこりと歯を見せた。
以前長田が見せた動画や、クリスマスライブで見たあの笑顔である。それが自分に向けられたことに何とも言えない快感が込み上げてくる。
こんな笑えるメイクをしているにも関わらず、胸がざわめいて仕方がない。じゃあ、普段のステージメイクだったら、どうなるのか。
――畜生! そりゃ他バンドのファンのやつらなんてイチコロだよ。
そう思って多少変な力が入った。
「お前もかなり化けるやつだったな」
結果待ちの控室でコーヒーを飲みながら長田が笑う。
「そうすか? あんまり覚えてないんですよね」
章灯は紙コップに入ったコーヒーを啜りながら首を傾げた。
結果がどのようにして知らされるかわからないが、控室で待機という指示だっただめ、いまだにフルメイクにフル装備である。メイクは帰り際に裏口近くのトイレで落とすことになっている。
「そういえばさ、結局moiちゃん達に止め刺したのは章灯だったな」
やぁ愉快愉快、と愉快な恰好で湖上が笑う。
「止めって……、何のことですか?」
止めというならアキのギターじゃねぇのかなぁ、そう思いながら問いかける。
「お前、moiちゃん達が演奏してる時に何度も首傾げてたろ。まぁ最初っからガッタガタだったけど、あれで完全に崩れたよな。いやー、リズムが打ち込みで助かったな、あいつら!」
そう言ってこらえきれずに吹き出した。
「いや~、そりゃ崩れるよなぁ。弱み握られた上にこんな姿の野郎に難しい顔して何度も首傾げられたらよぉ。お前、その姿だと案外威圧感あんのな」
長田もそう続いて、章灯の肩をポンと叩く。
「いやー、でかした」
「えっ……。俺もしかして、すごく失礼なこと……」
「いやいや、そんなんでなくなっちまう程度のモンだったってこった」
「そうそう。俺らだってなぁ、いままでに首なんざ何度傾げられたかわかんねぇよ。それでも何くそって跳ね返してやんねぇと負けちまうんだって、この世界」
そう言って2人はニヤニヤと笑いながらフォローする。
晶は奇抜なメイクのまま、我関せずとミルクと砂糖を増量したコーヒーを啜っている。
「アキはどうだった? 章灯のデビュー戦」
急に話を振られても、晶は顔色も表情も変えない。もっとも、このメイクでは顔色などわからないのだが。晶は一度視線を外して軽く考えた後、ぽつりと言った。
「……出しましょう、アルバム」
「――おぉ!」
「来た来た!」
「……はい?」
嬉しそうな顔をしてハイタッチを決める2人とは対照的に、章灯には晶の発言の意味が分からない。
助けを求めるような視線を長田に向けると、ああそうか、と言って彼に向き直った。
「これはいわゆる『アキ語』ってやつだ。頭の中が作曲モードに切り替わりかけてる、っつー意味。アルバムっつーことはだ。つまり、いまある3曲を入れたとしても、あともう12曲くらいは必要だろ? まぁ、全部じゃないだろうけどもう何曲かはイメージが沸いてきてるんだろうな。いや、イメージどころじゃなくほぼ出来上がってるかもしんねぇな」
「はぁ……」
これだけの説明ではまだわからず、章灯には気の抜けた返事しか出来ない。それを見て、長田は小馬鹿にしたような表情でわざとらしく大きなため息をついた。
「お前は、ほんっとーに鈍いやつだな! だから、そこまでイメージが沸いちまうほど、お前の歌が良かったってことだよ! だろ、アキ? 章灯はまだお前の『素人』なんだ。ちゃんと一から十まで言ってやれ」
いまだぽかんとしている章灯の肩を軽く揺さぶり、長田は晶に向かって言った。
「――え? ええと、とても……良かったです。いつもの章灯さんとは別人のようだった、というか」
すぐに返事が出来るところを見ると、まだ完全な『作曲モード』にはなっていないのだろう。
「別人か……。別人ねぇ。もう一声!」
湖上が煽る。
「もう一声……? その……恰好良かったですよ」
「もうちょい!」次は長田だ。章灯から離れ、今度は湖上と肩を組んだ。
「も、もうちょい? え――……っと、背中が……何かこう……ぞくぞくするような……?」
伏し目がちにそう言うと、ぷいと背中を向ける。もしかしたら顔を赤らめているのかもしれない。もちろん、このメイクではわからないが。
晶が背中を向けたのを見て、湖上と長田が無言で顔を近付けてくる。メイクのせいで細かい表情はわからないがその目は「どうだ?」と物語っているように見えた。次に長田が少し顔をしかめて顎をしゃくる。おそらく「何か言え」ということだろう。
「……アキ、俺もぞくぞくしたわ。やっぱ、お前すげぇな」
章灯がそう言うと、肩を組んだ中年2人は奇抜なメイクの上からでもわかる不敵な笑みを浮かべた。
その時、コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。「どうぞ」と湖上が言うと、そのドアは実に品良く――それはもちろんmoimoizへの挨拶時との比較であるが――開けられた。そこからひょっこりと顔を出したのは監督の原田である。
「あっ、お疲れさまでーす!」
びしっと背筋を伸ばし、腰を90度に曲げて『新人らしく』挨拶をする湖上と長田に、原田は「もう良いよ。だいたいわかったから」と言って肩を震わせた。
「大丈夫、君らが誰かってのは聞かないから。……まぁ、そこのでかい2人はもう察しがついてるけど。――で? ちゃんと2話に間に合うようにバンド名は教えてもらえるんだろうね? いまだって結構ギリギリなんだけど」
原田は直立不動で『緊張している演技中』の長身2名を指差して言った。
「2話に……?」
固く結んでいた章灯の口が緩む。そこまで言って、『しゃべる時は方言丸出し』という設定だったことを思い出す。
「そ、そいだば、おいだづの曲っこ使ってけるってことだすか?」
急に方言でしゃべりだした章灯に驚いたのは原田以外の3人である。その設定を知っているはずの3人は一様に目を見開き彼を見つめているが、章灯は原田に注目しており、その視線に気が付いていないようだ。
「――ん? ああ、君は秋田出身だったか。普段はまだ結構なまっているんだねぇ。いや、思った以上に良かったからねぇ。moimoizを押してくる子たちもいたんだけど、僕が押し切っちゃった」
「ありがとうございます!」
湖上と長田はまた腰を90度に曲げて頭を下げた。それにつられて章灯と晶も頭を下げる。
「期待してるよ。漫画自体は長くやってるやつだから、僕としては正直、2期も考えてる。君らがこのクォリティで曲を作り続けてくれるなら、その際にはこちらから声をかけさせてもらうよ」
そう言ってにっこりと笑うと、「じゃ、渡辺社長によろしく言っといて。池下君……いや、池上君だったかな」とわざと間違えて首を傾げた。「どっちでも良いです」と湖上は苦笑した。
原田が部屋を出ると、テストに合格したという高揚感でいっぱいの章灯に3人が駆け寄ってくる。
「良かったっすね!」
満面の笑みでそう言う章灯に3人はあのメイクのまま、ずずいと顔を近付けて来た。
「ちょ……、近くないすか……? このメイクでこの距離は……ちょっと……厳しいっす……」
「章灯、さっきすげぇ訛ってたな!」
口火を切ったのは湖上である。
「俺、何語かと思ったぜ!」
長田も興奮気味に話す。
「章灯さん、別人のようでした」
こんな時でも晶は冷静だ。
「えっ……、だって、俺、そういう設定でしたよね……? で、でも、俺、一応秋田市内だし! あれはじいちゃんばあちゃんのを真似しただけで、実家の方でも別にあんなには……!」
両手を振り顔を真っ赤にして否定する章灯を、湖上がまぁまぁとなだめる。
「可愛かったって、なぁ、アキ?」
急に振られて、さすがの晶も返答に困ったのだろう、一瞬言葉を詰まらせた後、「アルバム……牧歌っぽいのも……入れましょうか……?」と言った。
それは彼女なりのフォローということで良いのだろうか、と章灯は首を傾げた。
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