♪34 海山透と愉快な仲間たち
【1/3の流れ】 ※11:00にメイクルーム集合、時間厳守
13:00 会場入り、リハ
14:00 『
14:30 『海山透と愉快な仲間たち(仮)』演奏
15:30 結果発表(予定)
【海山透と愉快な仲間たち 設定】
Vo、海山透……秋田出身の25歳
Gt、酒田
Bs、池下
Dr、永田康一……新潟出身の38歳
・カナリアレコード所属
・4月デビュー予定
・BsとDrは同じ高校の同級生
・リーダーは池下
※基本的に振られたら池下か永田がすべて答える。どうしても海山が答えなければならない事態になったら、方言丸出しでごまかせ。酒田だけは絶対にしゃべらせるな
・メイク、衣装等は新潟で池下と永田が組んでいた『
・バンド名等は変更予定あり
「……何すか、これ」
カナリアレコードから戻ってきた
「よく練られてるだろ。見てみろ、名前なんかちゃーんと捻ってるんだぜ」
なぜか得意気な湖上のその言葉で3人は再度書面に注目する。パソコンなどで作ったものではなく、お世辞にも達筆とはいえないボールペンの殴り書きである。一応設定資料らしいのだが、どうみてもただのメモ書きだった。
「海山って……、
「名前、名前。まず、章灯はさ、『しょうと=short』っつーことで、それの逆の『tall=とおる』で、透」
「――おぉ!」
そこで章灯が感心したような声を上げた。
「アキは飯田の『飯』に対しての『酒』! そして、
「はぁ……」
晶はいかにも面倒臭そうな顔をしている。
「オッさんは『
「……やったのか? 俺は」
長田は自分を指差して不思議そうに首を傾げた。
「そして俺は『湖』に対しての『池』、『上』に対しての『下』! 勇助の勇でおそらく『勇気』からのインスピレーションで『正義』! どうだぁ!」
拳を握りしめ熱弁し、3人を見回すが、ほぉ~と感心しているのは章灯のみで、残る2人の視線は冷ややかである。
「まったくあんの社長はこんなことに時間かけやがって……。こんな見え見えの偽名……。どうせ監督にはバレるっつーのに」
長田がため息交じりに呟くと、バレるという言葉で章灯が慌てだした。
「えっ、バレちゃうんすか?」
「大丈夫ですよ、章灯さん」
そう冷静に返したのは晶だ。
「おそらくそれも作戦です」
「作戦?」
「たぶん、監督さんは社長の知り合いの方です」
「いや、いくら知り合いの方でも……」
「ばっかだなぁ、章灯。知り合いっつーことはだ、社長がここまでして隠そうとしてるってのを汲んでくれるだろうってことだよ」
ニヤリと笑って長田が補足する。
「だろ、コガ?」
「そーゆーことー」
湖上もニヤリと笑う。
「監督くらいの立場の人間にはバレてた方が都合が良いんだよ。でも、バラすのと察してもらうのとじゃ大違いだろ?」
「まぁ……それは確かに……」
「アニメの1話はオープニング無しみてぇだし、デビューを待ってから『ORANGE ROD』ってテロップを差し替えなきゃなんねぇからな。監督くらいの権限がないとさ」
「成る程……」
章灯が目から鱗、といった表情で湖上を見つめると、彼はコホン、と咳払いをした後で「さて、そろそろ夕飯だろ? アキ、今日はカレーで頼む。そんで、章灯は酒買ってこい」と指示を出した。
わかりました、とギターを持って上に向かおうとする晶に章灯もついていく。それを見て、じゃ俺も、と腰を浮かせた長田を湖上は目で制した。
2人が地下室から出ていったところで、湖上がニヤニヤしながら長田を手招きする。長田は怪訝な顔をして、何だよ、と言いながら彼に近付く。
「なぁ、オッさん。このmoimoizってユニットなんだけどよぉ……」
湖上は何とか笑いをこらえて話したが、長田の方は限界だったらしい。顔を真っ赤にして吹き出した。
「――ぷっ、うわははは! マジかよ、おい。なーにがmoimoizだよ! 気取りやがって、アイツら」
長田は腹を抱え尚も、「moimoizって、オイ!」と爆笑している。
「んで? 社長は俺らにどうしろって?」
「んー? passionさんとこにはこないだ別のタイアップ取られちゃったしねぇ~? 『かるーく』ジャブ打ってこいってさ」
「こっえぇなぁ、社長。まぁ、俺らも恨みがあるからなぁ、アイツらにゃ……」
ボキボキと指をならしながら長田が悪い笑みをこぼす。
「なぁ、アレは忘れらんねぇよなぁ……」
そう言うと湖上も不敵な笑みを浮かべた。
酒を買いに行くついでにふらりと古本屋に寄り、家に着くころには外にまでカレーの匂いが漂っていた。
カレーの匂いって破壊的だよなぁ、などと思いながら玄関のドアを開ける。リビングに入ると、その香りはいっそう強い。そういえば、晶がカレーを作っているところを見るのは初めてである。
いつもは出来上がった状態だしな。やっぱりスパイスから作ってんのかな。
そう思って冷蔵庫に向かいがてらコンロの前に立っている晶の元へ行く。
「お帰りなさい、章灯さん。あともう少し煮込んだら出来ます」
そう言いながら、鍋が焦げないようにゆっくりとかき混ぜている。
調理台の上には合間に作ったのだろう生野菜のサラダが置かれていた。
「相変わらず手際が良いよなぁ、お前は」
飾り切りされたゆで卵を見ながら呟く。
「なぁ、アキのカレーってやっぱりスパイスから作ってるのか?」
「いいえ、さすがにカレーはルゥを使います。コガさん『ベルモントカレー』が好きなんで」
晶はサラダの影に隠れていた『ベルモントカレー』の箱を指差した。
「そうなんだ、意外だなぁ。ドレッシングなんかも自分で作るから、てっきり……」
「ケチャップやマヨネーズは市販の物を使うじゃないですか。同じことですよ」
「成る程、そういうものか。……で、あの2人は?」
「まだ地下室じゃないですか? 章灯さん、ぼちぼち呼んできてください」
そう言った後で慌てて「その前にうがいと手洗い!」とつけ加える。はいはい、と言って章灯は洗面所に向かった。
「カレーってさぁ、夏は夏でスパイシーに! ってCMとかフィーチャーされんじゃん? でもさ、冬は冬で寒いから食いたくなるんだよなぁ」
独り言のように湖上が呟く。
「何なんだろうな。もうそしたら1年中カレーじゃねぇか。……まぁ、俺は毎日カレーでも良いんだけど」
続く発言に湖上以外の3人が顔を見合わせて苦笑する。
「――ん? 何だ皆して」
と3人の表情に湖上は怪訝そうな顔をした。
「いや……、さすが黄色いカップの男」
長田がクックッと笑いながら言う。
「アキの見立ては間違いなかったな……」
章灯は感心したように晶の顔を見る。
「……コガさん、料理が面倒になると毎日カレーにしちゃうんですよね……」
そして晶はいつもの呆れ顔だ。
「なっ、何だよ! 良いじゃねぇか!」
それに対し、湖上は顔を赤らめて反論した。一応『毎日カレー』に関しては多少恥ずかしいという思いはあるらしい。
「もっといろいろ食べてください。毎日ウチに食べに来てくれたって良いんですから」
取り皿に生野菜サラダをたっぷりとよそって湖上の目の前に置いてやると、彼は晶特製の手作りドレッシングをかけ、大口を開けてキャベツをその中へと押し込んだ。わざとらしいまでに大きく咀嚼し、ごくんと飲み込む。そして湖上は、ほら、食ったぞ、とでも言わんばかりに大口を開け、得意げな顔をした。
「ちょくちょく来てんだろ。でもなぁ、若い女の家に毎日飯目当てに行くってのもよぉ……」
と明後日の方向を見つめてしみじみと言った。
「……何目当てで行きたいんだよ、お前は」
長田がため息をつきながら言う。
「え~? うふふふふ~」
湖上はフォークに刺したプチトマトにキスをして長田にウィンクをした。
「ナニ目当て」
「はぁ……。お前、絶対結婚するな。嫁さんになるやつがかわいそうだ」
長田は脱力し、がくりと肩を落とす。
「まぁまぁ、俺の『男』を終わらせないでくれよ。それが原動力なんだからさ」
そんな長田の背中を優しくトントンと叩きながらしみじみと言う。長田が、はぁ、と盛大にため息をついて晶を見つめた。
「アキ、お前気をつけろよ。マジで」
「コガさんはお父さんですよ」
晶は表情を変えずにもぐもぐとカレーを咀嚼している。
「いや、男っつーのはわかんねぇんだって。この人畜無害そうな章灯だってなぁ……」
「――ぐぅっ……!」
いきなり矛先を向けられ、飲み込んでいる途中だったカレーが喉に詰まる。手元のビールに手を伸ばし、無理やり流し込んだ。
「いきなり何すか……!」
「え? 章灯だって狼になるんだぞ、っていう警告だけど?」
何てこともないように、しれっと長田が答える。
「ちょっと待ってくださいって! いくらなんでも相棒に手は出しませんよ!」
「お前、こないだだって『後輩には手を出しませんよ』とか言ってたくせに、その気になってたじゃねぇか」
「なってませんって!」
「それに、お前しばらく彼女いねぇんだろ?」
「よーし、アキ、そろそろお前は食後のギター行って来い」
湖上が、2人のやり取りを眺めている晶の皿を見て、空になっていることを確認してから立ち上がらせ、地下室を指す。晶は不思議そうな顔をしてそれに従った。
晶が去った後で、ふぅ、と湖上が安堵の息を吐く。
「まったく……。俺が撒いた種とは言え、アキの前で生々しい話するんじゃねぇよ」
「悪いな、つい」
長田はすまなそうな顔で笑う。晶が絡むと反省が早い。
「……って、そんな生々しい話に発展するんすか?」
「え? 発展しねぇの? 完全にそういう流れだったよなぁ」
湖上がやや残念そうな声を上げる。どうやら期待していたらしい。
「っつーか、アキに対して過保護なんじゃないすか? コガさんは」
章灯がため息混じりにそう言うと、湖上は「ああん?」と片眉を吊り上げた。そして――、
「仕方ねぇだろ、アイツまだ処女なんだしよぉ」
さらりとそう吐き捨てる。
「しょ、処女ぉ……?」
「何だ章灯、気付かなかったのか?」
気の抜けたような声を発した章灯に対し、長田が意外そうな声を上げた。
「気付かなかったも何も……。俺、こないだまで男だと思ってたんですから! それに、超ジゴロだと思ってましたし!」
カラカラになった喉をビールで潤し、やっとの思いでそう反論する。
「いやいや、そうだろうけどさぁ。それでも、いま、どうよ。アイツがそういう経験あるように見えるか? アキのファンはほとんど女なんだぞ?」
サラダのゆで卵をつまみながら湖上が笑った。
「そう言われると……そうですけど……」
湖上は、背中を丸めてちびりちびりとビールを飲む章灯の背中を強く叩くと、豪快に笑った。
「そんなわけで、最初は優しくしてやってくれや!」
「――ぶふぅっ!」
「おいおい、きったねぇなぁ章灯」
呆れた顔で長田が箱ティッシュを勧めてくる。数枚抜き取り、服とテーブルに飛び散ったビールを拭く。
「最初も何も、手なんか出しませんって!」
「あきらめろって、コガ。このヘタレはアキに手なんか出せねぇよ」
「え~? 俺、章灯だったらアキを幸せにしてくれると思ったんだけどなぁ~」
「し、幸せって……! 結婚レベルじゃないすか!」
「え? そうだけど。だって、あのままだと確実に行き遅れるぜ? 父ちゃん心配なのよ」
そう言うと湖上はビールとぐいっと呷り、わざとらしく大きなため息をついた。
もう勘弁してくれよ。
章灯はビールを拭き取ったティッシュを丸めながらそう思った。
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