ゆうかいじゃないよ。

サクラ

あの子に。

ある昼下がり。

「ママー!このぬいぐるみさん可愛い!」

丁度蒸し暑い蝉がなく季節に、一人の少女は母親とショッピングモールへ出掛けていた。

見ていたのは可愛らしいぬいぐるみが並ぶショーケースの棚で、母は少ししまった、という顔をしながらそっとダメよ、と伝えて歩く。

暫くして、買い物かごを持ってみる?と娘に提案しようとすると。

そこに、先程いたはずの娘はいなかった。



「あれ、ママ?ママ?」

母親を探し歩く少女を見つける人はそう多くはなかった。しきりにママ、ママ、と呼んでいるのを見て、こそこそ周りが話し出す。

子供はそれに気付かず、母親を探していると、あるひとりの女性とぶつかってしまった。

最近学校で、ぶつかったらごめんなさいをしよう、という内容を覚えていた子供は、咄嗟にごめんなさい!と頭を下げる

すると、上からふふ、と笑い声が聞こえ、子供はすっと顔を上に向けた

不思議そうな顔をしていると、泣きそうな、どこか憂いを帯びた表情をしている女性が立っており、雰囲気から母親だと伺えた。

何が面白かったのだろう、と疑問に思っていると、女性は母親を一緒に探してくれるという。

ただ、学校でもうひとつ、いかのおすしを習っていたので、最初こそお断りしたが、子供の「母親に会いたい」という気持ちは変わらず、結局ついて行ってしまった。

「お名前は?」

優しく微笑みかけられ、元気よく「花!」と大声を出してしまう、周りが一斉にこちらを向いたので、子供__

基、花は顔を真っ赤にし、俯いた。

それを見た女性、遠藤美代子は少し吹き出してしまう。あまりに可愛らしいその様子が、以前の何かを思い出させた。

それを振り切るようにブンブンと勢いよく首を振った美代子は、オムライスでも食べに行きましょうか、と時計に目をやり言う。

花は好物だったのか、また「うん!」と大声を出してしまったが、二人で笑いあっただけで、恥ずかしさはとっくに消えていた。


オムライスを食べながら、美代子は彼女の学校の様子を聞く。

…聞いているうちに、美代子は自然と涙を流していた。

理由はわからないが、悲しそうな顔をして泣く美代子に、花は一生懸命になって痛いの痛いの飛んでいけ!と言う。何度も、何度も。

次第に美代子は涙を止め、二人でまた笑いあっていた。

理由はわからないが、帰れない。

花の心に会ったのは、ママに会いたい、お家に帰りたい、という気持ちだった。

必死に探してくれるはずが、たくさん物を買ってくれたし、話も笑顔で聞いてくれる。

仕事終わりで疲れたママは、到底そんな事はしてくれない。

そう思った花は、すっかり美代子に魅了されていた。

心のどこかにあったモヤモヤは消えないまま、ずっと、ずっと美代子に話を聞いてもらっていた。それも、同じ話をしても飽きず聞いてくれるから、嬉しくて楽しかった話は何度もしてしまう

そんな彼女に、美代子はただただ、母の顔をするだけだった。



「娘が、娘が……!」

花の母、折瀬洋子は必死に叫ぶ。

「娘がいないんです!ぬいぐるみのショーケースで見たっきり…!!」

警察は呆れた顔をして母を見た、何を必死こいているのか分からないと言った様子で問われる

「お母さん、貴方の行動がいけないんじゃないんですか?大体娘さんをほっぽって歩くなんて親のする事じゃありませんよ。」

「で、でも、花はそんな子じゃありません!私が見てなくてもついてきてくれるし」

「だからそれがいけないんですよ、兎も角我々は動きません。」

警察は聞く耳なしとでも言うかのようにその場を去り、洋子は崩れ落ちる、娘の名前を何度も叫び、縋るように周りを見つめた。

でも、周りは皆目を背けて歩くだけで、誰も手など差し伸べてくれなかった。

「私は知らない」

皆の背中に、そんな紙が貼り付けられているようにさえ見えた。



「花ちゃん、お母さん、見当たらないね。」

探す気はないと伺える表情に、花は顔を曇らせた。ママに会いたい、はやく。そう願っていると、遠くで警察が歩いているのが見えた

すると、美代子は突然走り出してどこかへ向かう。

花を抱き抱え、兎に角遠くへ必死に走る

自宅に着き、そっとそこで花をおろして鍵を閉めた。

カチャリ

花の顔が一気に曇る、そこでようやく自分は誘拐されていたのだ、と再認識し、これからされるであろう暴力に目を瞑った。

……だが、彼女は抱きしめてなんども謝ってくるだけであった。

「ごめんね、不甲斐ない大人で、ごめんね。」

彼女越しに見えた仏壇に、ぱっと花は目を見開く。

写真に写っている可愛らしい笑顔の女の子が、自分がいつも見ている「鏡の中の自分」と瓜二つだからだ。

幼いながらに頭を捻っても、唸っても、どうしてこの美代子という女性が自分を誘拐したなんてわからなかった

ただ、ひとつ。

「お姉さんは、不甲斐なくなんかないよ」

安心させるように、自分に縋りつく彼女に向かってポツリ、ぽつり。

雨が降るように、言葉を降らしていく。

ぽつり。

「お姉さんは、きっと大丈夫だよ」

ぽつり。

「お姉さんは、私を誘拐してないよ」

ぽつり。

「お姉さんは、素敵だよ」

彼女のトラウマを蘇らせるには十分なその言葉に美代子は、どうしようもなく溢れる涙をこぼし続けていた。



ある日の昼下がり

歩いて買い物に来ていた美代子と、花によく似た遠藤結恵。

結恵という名前をつける時、「皆の恵みを結べるような、幸せな子に育ってほしい」と夫、祖父、祖母と一致団結し、その名前に決めた。

産まれた時と言ったら、夫と結恵は誰にも負けない大声を出し、美代子はそれをただただ、笑顔で見つめていた。

結恵の8歳の誕生日。

丁度花と同じ8歳だった結恵は、横断歩道に転がってきたスモモを拾う。

スモモは結恵の大好物で、昔からスモモ食べるー!なんて元気よく言っていた。

今日も、結恵の大好物のスモモをいつもの店で買って帰る途中、スモモがまた転んできて、すごいすごい!とはしゃいでいた。

でも、横断歩道に転がってきたのはおばあさんのもので、おばあさんはとても困り果て、ぐるぐる横を見渡していた

「おばあちゃんのかあ」

しゅんとした結恵に、美代子は「一緒に返しに行きましょう、家にまだあるわよ」と笑顔で返す。

それにまた大はしゃぎして

出た先の横断歩道の信号は、まだ赤だった。



「…花ちゃん、岸へ出ましょう」

落ち着いた美代子は、泣き腫らした顔でくしゃくしゃな笑顔を作り、花に言う

花はいいよ、とついて行った。


「ここね、水がとても綺麗なの」

水面を見つめて、鯉がユラユラ泳いでいるのを切なげな目で見つめながら、美代子は言う

「綺麗!お魚さんもいっぱいいるね!」

花は笑顔でそう答える。

美代子はそんな笑顔が、かつての無邪気な結恵を思い出させて、川をのぞき込みながら、川の水面に雨のように涙を降らした

ぽつん、ぽつん

泣いていると分かった花は、元気づけようと必死になる。

でも、美代子の涙は止まらない

とめどなく溢れ、そっと笑顔を向ける

徐に口を開いて、こういった


「私、誘拐犯ね。」


花は、迷わず頷いた

それが、本当だから

……でも、それでも


「お姉さんは、ゆうかいはんじゃないよ」


「死んだあの子に、会っただけだよ」













それ以降の美代子の行方は知らない。

家に帰され、母親に勢いよく花は抱きついて経緯を話した。

その間、洋子は笑顔で聴いていた。

まるで、花が咲いたように。





十年の長い月日が流れ、花は高校を卒業する年となった。

そんな最後の年の夏、どことなくあの日の岸へ歩いていった

誰に言われる訳でもなく、行きたくなった。

そこには、偶然か、必然か、はたまた運命か。

あの時の、お姉さんがいた。

「花ちゃん」

どうして私が分かったのか、敢えて聞かなかった。

「ありがとう」

か細いその声が、響き渡る

「貴方のおかげで、今も生きている」

幼い時はわからなかった。

でも

この感情は、きっと

「あなたとの思い出は、宝物だわ。」

fin.

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