第5話
〔緑のエーサク〕
〔水の想い…風の歌…〕第5幕
風見のマンションを後にした友生達は足早に草村のマンションに向かった。
歩いてると途中、話題は部活の話になった。話を切り出したのは友生だ。
「ねえ、水川さんは、やっぱり部活に入らないの?」
「ええ、部活はやる気ないわ。勉強の妨げになるから。」
「うちの部は人数が少ないから、夏休みの撮影が大変なんだよね。でさ、夏休みの間だけでも、手伝ってくれたら、助かるんだけど…」
「冗談じゃないわ、貴重な夏休みを部活なんかに使えるわけ無いじゃない。夏休みこそ他の人と差をつけるチャンスなんだから。」
「そうそう、水川さんは勉強で忙しいから無理だよね。」
なんと清美の援護をしたのは憂稀であった。
「え!?あなたが私の見方をするなんて珍しいわね。」
「そうだよ、憂稀が水川さんと意見が合うなんて、天変地異の前触れなんじゃない?」
友生も不思議がっていた。
しかし、草村だけはその訳を知っていた。
実は、エーサクの中でもちょくちょく清美の名前が出ていたのである。
というのも、映画に欠かせないのがヒロインの存在だ。しかし今のエーサクにいる女子は、男らしい緑、少年っぽい友生、雑な憂稀、ヒロインにまったく興味のない草村だ。
とりあえず、今回のヒロインは憂稀に決まっているが、草村的にはしっくりきてないらしく、たびたび清美の名前を出していたのだ。
憂稀にとって、清美はヒロインの座を奪われるライバル的な存在だ。そんな清美がエーサクに入るのは、是非とも阻止したかったのだ。
しかし、草村は清美をエーサクに引き込む手段を持っていた。
「そういえばさ、不思議なんだよね。」
草村が唐突に話し始めた。
「昨日の夜に、風見が子猫を持って来た時、土砂降りだったんだよね。まあ、子猫のダンボールはビニール袋に入ってたから、子猫達は濡れてなかったんだけど。」
「あ~、昨日結構降ったよね。翔君、傘持って無かったんじゃない?天気予報も30%ぐらいだったし。」
友生が話してる後ろで、清美がドキドキしていた。しかし、そんなことはお構いなしに草村が話を続けた。
「いや、それはないな。実は風見には、ちょっと不思議な力があってさ、風見の天気予報は必ず当たるんだ。中学の時なんだけど、天気予報は晴れでも風見が傘を持って来た日は、必ず帰る時には雨が降っていたんだ。逆の時もあったな、今にも降りそうな天気だったのに、風見は傘を持って来なかった。そしてその日は結局雨は降らず、夕方には晴れた。」
「へ~、予知能力みたいな物なのかな?」
憂稀も話に入って来た。
「そんな風見が昨日、傘を持ってないはずがないんだけどな。」
「う~ん、まあ、翔君も忘れる事もあるって事かな?翔君だって人間なんだし。」
「それか、誰かに貸したのか…」
草村は後ろを振り返りながら、清美をチラッと見た。
草村は昨日、風見と清美が一緒に居たことはわかっていた。昨日、風見が子猫を持って来た時、もしかしたら清美が貰い手になってくれるかもしれないと告げてたからである。
「そうか、風見君あのビニールを自分で使わずに子猫達に被せたんだ。」
清美は風見の優しさを、あらためて垣間見た気がした。
そして草村は話しを続けた。
「でさ、今回の作品は学園物じゃない?生徒は多い方がいいんだよね。水川さんや花咲さんもモブキャラ的な存在で出てくれると、風見や氷河も喜ぶと思うんだよな。」
ここで草村は、あえて氷河の名前も出した。これも清美をエーサクに引き込む為の作戦の1つだったからだ。
実はいつも清美のそばにいる香は氷河に淡い恋心を抱いていた。
香は、その事を清美にはもちろん、誰にも言ってない。しかし、草村の観察力はずば抜けていた。
いつも清美の後ろに隠れながらも、目線はつねに氷河に向いており、昼休みや放課後に図書室で本を読む氷河の姿を、じっと見つめる香をよく見ていたのである。
「風見君が喜ぶ…」
「氷河君が喜ぶ…」
清美と香の心が一気に揺らいだ。清美は昨日の抱きしめられた時の風見の笑顔を思い出した。
香にとっても悪い話ではない。引っ込み思案で自分からは何も出来ない香が、いつも氷河と一緒に居られるのだから。
そして草村は清美に対して、最後の作戦に出た。
「そういえば、水川さんて、風見とテストの勝負してるんだよね?今回は勝負出来なかったから、夏休み明けのテストで決着をつけるんでしょ。
でもな~、風見は映画の出番が多いから、夏休みはほとんど撮影になるんじゃないかな?まあ、撮影の合間にみんなで宿題だけはするつもりだけど…」
「ホント!草村さん!良かった~、私1人じゃ夏休みの宿題、絶対ムリだと思ってたんだ~」
喜ぶ憂稀を尻目に、草村は話を続けた。
「そうなると、風見はテスト勉強出来ないよな~。それに比べて水川さんは夏休み中テスト勉強出来るんだよね。それって公平な勝負なのかな?」
草村は清美のプライドに勝負を賭けたのである。
真面目で正義感の強い清美は卑怯な手を嫌う。今までは風見もテスト勉強をしていたと思っていたから、公平な勝負だと思っていた。しかし、次のテストでは、風見はほとんど勉強してない状態だ。自分だけが勉強するということは、あきらかに不公平が生じる。しかも清美には風見に風邪をひかせたという負い目があったので、草村の言い分に納得してしまった。
「わ、わかったわよ。夏休みの間だけ、手伝えばいいんでしょ。でも、ちょっと待って、夏休みは香とも一緒にいる約束だったから、香にも聞いてみないと…」
清美は香に、
「香、どうする?」
聞くだけヤボだった。夏休みの間、氷河に会えないと思っていた香だったが、夏休みも一緒にいられるかもしれない。しかも宿題まで一緒に出来るかもしれない。香の顔はゆるみっぱなしだった。
「ねえ、清美ちゃん。あたしエーサクに入りたい。」
いつも清美の言うことだけを聞いていた香にとって、初めて清美に自分の意見を言った瞬間だった。
「そっか、じゃ、じゃあ、仕方ないわね。香がそこまで言うのなら、私も付き合ってあげるわ。」
清美自身も風見と一緒にいられるのが嬉しい半面、それを他人に悟られまいと、仕方なく付き合う感を必死に出した。清美の最後のプライドだ。
しかし、風見の手助けが出来ることで、風邪をひかせてしまったという罪悪感は少し和らいだ清美であった。
「よし、決まりな。とりあえず仮入部って事にしとくから。」
草村の勝ちだった。しかし、冷静に考えればテストを受けるのに公平、不公平はないのだが、今の清美はいろんな事がありすぎて、いつもの精神状態ではなかった。得に初めての恋心は清美の思考能力を低下させていた。草村はそこに付け込んだのである。
「やった。よろしくね水川さん、花咲さん。女子の部員が増えて嬉しいよ。」
喜ぶ友生をよそに、憂稀だけはしかめっつらをしていた。
「ねえ、草村さん、今回のヒロインは私だよね。変えたりしないよね。」
憂稀は清美にヒロインの座を取られるのではないかと、ヒヤヒヤしていたのである。
「大丈夫だよ。もう脚本も出来てるし、今から変えるのは面倒だからね。
ただ、モブキャラの方が人気出ちゃう事がよくあるから、水川さんに食べられないようにしっかりヒロインをやってね。アハハ。」
草村は勝ち誇ったように高笑いをした。実は、すでに脚本の中には、清美と香の名前もあったのである。メインヒロインは憂稀だか、サブヒロインには清美を決めていた。すべては草村の思い通りに運んだのだった。
「水川さん!私は負けないからね!」
「あら、神成さん。私もやるからには、負けないわよ!」
清美も、すでにやる気満々だった。
2人の間に火花が散っていた時、目の前にひときわ大きなマンションが姿を現した。
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