第2話

〔緑のエーサク〕



〔水の想い…風の歌…〕第2幕




友生達がエーサクに入部してから約1ヶ月が経った。


学校では定期テストが行われ、結果が廊下に張り出された。


今回は手応えもあり、自信のあった清美だったが、またしても翔には一歩及ばなかった。


「惜しかったね、清美ちゃん。点数はそんなに変わらないのに。」


香は、落ち込む清美を元気づけようと声をかけた。しかし清美は、


「なんでよ!なんであんな奴に勝てないのよ!」


清美は休み時間はもちろん、帰ってからも寝る間を惜しんで勉強していた。


しかし、風見は休み時間になると友生の所に来て遊び、放課後も毎日エーサクに行っているのを清美は知っていた。


「まったく、あいつったら、いつ勉強してるのよ。ていうより、どんな勉強してるのよ。」


清美が険しい表情で、教室に帰って来ると、憂稀がニコニコしながら駆け寄ってきた。


「ねえ、見て見て!順位がこんなに上がっちゃった!」


憂稀が見せたのは、テストの成績表だった。憂稀は一気に50番上に上がっていたのである。


「この調子なら、50位以内に入るのも夢じゃないわ。」


喜ぶ憂稀の後ろから、友生もニコニコしながら、やって来た。


「ボクも初めて50位以内に入ったよ。やっぱり翔君の教え方が上手いのかな?」


「え?!なんですって?!」


今まで、2人の成績の事など、上の空で聞いていた清美だったが、風見の名前が出ると、一気に表情が変わった。


「それにエーサクの部員て凄いんだよ。ボクと憂稀以外は、みんなトップ10に入ってるんだから。」

「そうそう、風見君は1位でしょ、氷河君は3位でしょ、草村さんは7位だったかな? いつか私だって、10位以内に…」



「アハハ、ムリムリ、だって憂稀の脳みそは筋肉で出来てるんだから。アハハ」


友生はそう言い残すと、廊下に飛び出して行った。


「なんですって~!!待てコラ~!!」


憂稀も友生を追いかけるように、廊下に飛び出して行った。


残された清美は、友生の言った言葉を思い出していた。


「風見君に勉強を教えてもらった?エーサクの1年生5人中3人が10位以内?エーサクに入って成績が上がった?」


清美は順位が張り出される時は自分と自分より上しか見ないので、自分より下の名前など覚えてもいなかった。


「ねえ、香。どう思う?」


清美は自分の後ろで、一部始終を聞いていた、香に尋ねてみた。


「う~ん、みんな部活に行って、部活の合間に秘密の勉強会をやってるのかな?ていうより、勉強会の合間に部活やってたりして。」


「たしかにそうかもね。人に勉強を教えると、教える事によって、自分の復習にもなるから、自分の為にもなるっていうからね。 どんな勉強法してるのか暴いてやる。そして、次こそは、あいつに勝ってやる。」


香は清美の目の中に、炎のような物が見えた気がした。


その日の放課後、清美と香は「エーサク」の部室に行ってみた。というより偶然を装い部室の前を通った。


部室の近くまで来ると、歩く速度を落とし、聞き耳をたてながら部室の前を通った。

すると中からは、にぎやかな声が聞こえてきた。


「これって、真田幸村の槍?」

「そうだよ、で、これが伊達政宗の刀。」

「この写真は?」

「これは、みんなで関ヶ原の戦いを再現した時の写真だ。」


中からは戦国武将の話しが聞こえてきた。


「なにかしら?歴史の勉強でもしてるのかな?」


清美と香はドアの側まで行き、話しを聞いた。


「だから、ドイツは怖いんだけど、良いとこあるんだって。」

「ロシアの方が怖いのかな?」

「やっぱりローマが1番でしょ。」

「北欧も面白いよ。」


今度は世界の地名が聞こえてきた。


「ん?世界史?」


清美は確信した。


「やっぱり、部活の最中に勉強してるんだ。」


その時、中にいた翔はドアの窓の人影に気付いた。


「お~い!誰かいるのか?」


「ヤバい!」


清美達は、すぐにドアから離れ、階段を駆け降りた。



次の日の放課後も、清美達は「エーサク」の部室の前にいた。今度は中から見えないように身をかがめ、中の話し声を聞いた。



「なあ、今日こそ答えを出そうぜ。」(文化祭に何をするか)


「う~ん、やっぱり3次元より、2次元の方がいいんじゃない?」


それを聞いた清美は、


「答え?2次元?3次元?数学の問題? 空間把握法でも教えてるのかしら?



「ところでさ、初音ミクって2次元かな?それとも3次元?この前ライブ見たけどやっぱりいいよな。」


「え?夏目三久?夏目三久って、たしか女子アナじゃなかったっけ?風見君て案外ミーハーなんだ。でも、お父さんも「髪を切ったら可愛くなったなぁ」て言ってたような。最近は女子アナでもコンサートするんだ。」


清美はアニメはもちろん、テレビもほとんど見ないが、たまにニュースは見るので「夏目三久」は知っていた。


1人でぶつぶつと言ってる清美の横で、香は本当の事を清美に話そうかどうしようかと迷っていた。

香はアニメが大好きなので部屋の中から聞こえてくる話しを、すべてキチンと理解していた。

「初音ミク」がボーカロイドということも、もちろん知っていた。

しかし、自分よりはるかに頭のいい清美に、間違ってるとは言いにくい香だった。

とにかく、これ以上話がややこしくなるまえに、この場を離れようと、


「ね、ねえ、清美ちゃん、なんか私達、変な目で見られてるような…そろそろ帰らない?」


いくら放課後とはいえ、人が通らないとは限らない。部屋の前にしゃがみ込み、壁に耳をあて盗み聞きしてる様子は、誰が見ても不審者である。

ましてや学年2位のする格好ではない。


「そ、そうよね。私ったら何を気にしてるのかしら。」


そう言って、帰ろうとした時、中から


「やっぱ王道の学園物でいいんじゃない?」


「なんでボクが女装した男の役なんだよ~、普通に女の子でいいんじゃない?」


「よし、私が脱ごう!」


そう緑が言った瞬間、


「ゴツン!!」


廊下の方から何かが壁にぶつかる音がした。

そう、緑の言葉に驚いた清美が壁に頭をぶつけた音だった。


緑が、「誰かいるの~?」


ドアを開け、廊下を覗いたが、そこには誰もいなかった。



「なんなのよ~、木々野先輩が脱ぐって、どういう事なのよ?」


さすがの香も、この言葉の真意は理解出来なかった。


「でも、わかったわエーサクの連中、私に部活してると油断させて、実は部室で猛勉強してる事がね。みてらっしゃい、返り討ちにしてあげる。」


それからというもの、清美は寝る間も惜しんで勉強した。



そして、次の定期テストの結果…


清美は開いた口が塞がらなかった。

不動の1位、2位、3位、7位。しかもこともあろうに風見 翔、全教科満点!


「な、な、なんですって~!?全教科満点~?!」


「風見君て、ホントにスゴイ!あたしも1つでいいから満点とってみたいなぁ」


香がボソッと言うと、清美がギラッと香を睨んだ。


「ゴ、ゴメン…、つ、次は清美ちゃんが満点取れば勝ちだよ。」


そうは言ったものの、全教科満点なんて、生まれて初めて見た香だった。


中学時代、学年トップだった清美でさえ、まだ無かったからである。


ガックリと肩を落として教室に帰ってきた清美だったが、清美以上に落ち込んでいる人間がそこにいた。


教室に入った清美の前に、全身「負」のオーラを

まとった憂稀が立っていた。


「み、み、水川さ~ん…成績がこんなに下がっちゃった~…」


差し出された成績表をみると、前回より100番以上落ちていた。


そこに友生もやって来て、


「ボクも下がったよ…」


見ると、前回は50位以内だったのが、70位まで下がっていた。


「ウソ?!なんで?あなたたち、放課後部室で勉強してたんじゃないの?」


「ううん、勉強なんかする暇無かったよ。文化祭に上映する映画の事ばかりで、勉強どころじゃなかった…」


友生が、ため息混じりに言った。


「え?じゃあ、戦国武将の話は?真田とか伊達とか?他にもローマとかドイツとか言ってなかった?」


「あ~、あれね。あれは氷河君のコスプレ写真の話。氷河君、アニメのコスプレするの大好きなんだって。」


「じ、じゃあ「夏目三久」の話は?」


「初音ミク?のこと?」


「ナツネミク?」


「ううん、はつねみく。」


「ハツネミク?誰?それ、女子アナじゃないの?」


「初音ミクっていうのはね…どう言ったらいいのかな…」


友生が、なんとかわかりやすく説明しようとしてると、憂稀が割って入り、


「初音ミクは、電脳世界の歌姫!いや、今や世界の歌姫なのだ!!」って、氷河君が言ってた。」


そこへ風見がやって来た。


「いやいや、それじゃ余計に解らないって、わかりやすく説明すると、音声合成ソフトで……」


風見が丁寧に説明すると、もともと頭のいい清美は、すぐに理解した。


「へー、そんなのがあるんだ。」


一瞬感心したものの、風見を顔を見ると、どうしてもテストの順位が頭をよぎる。


「あ、あなた一体どんな勉強してるのよ!部室でも勉強してなさそうだし、休み時間はここに遊びに来るし、どうやったら全教科満点なんてとれるのよ!」


もはや言い掛かりに近かった。


風見は困ったように、


「そんなこと言われてもな…普通に授業聞いてれば、なんとなくわかるんじゃない?」


「なんとなくですって~! いいわ、そこまでとぼけるんなら、私があなたの秘密を暴いてあげる。覚悟しときなさい!」


そう言い残すと、清美は自分の席についた。香は清美の言動を謝るかのように、友生達に頭を下げ清美の元に走って行った。


「やれやれ、こまった人だ…」


風見は清美の方を見て、ため息混じりに呟いた。




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