第22話 過去の汚点
「もしもし?」
「どうした、祐司」
怪訝な声で問いかけてきた弘樹に、祐司が言い難そうに口を開く。
「その……、お前が企画した懇親会、ちょっと荒れるかもしれん」
その一言で、弘樹はおおよその事情を察したらしく、声のトーンを若干下げて凄んできた。
「祐司……、お前、俺があれほど釘を刺しておいたのに、何か余計な事をしやがったな?」
殆ど確信に近い問い掛けに、祐司は余計な言い訳などはせず、端的に事実を述べた。
「宥めようとして、却って幸恵を怒らせた」
それを聞いた弘樹からは、どこか諦めたような声が返ってくる。
「まあ、そんな所だろうな。お前だったらやりかねないが、どだい無理な話だろう。そもそも喧嘩別れしてるのに、そんなお前が仲裁なんて、やるだけ無駄無駄」
「そうは言ってもだな!」
「確かに勤務先が同じだと、必要以上に気を遣うだろうが、ここは腹を括るしかないだろ」
「それは分かっているが……」
そんなやり取りをしてから、弘樹がふと思い出したように言い出した。
「そう言えば、お前達はどうして喧嘩別れなんて事になったんだ? 別れた直後は不機嫌極まりない状態で、とうとう聞けずじまいだったんだが」
「どうして今、そんな事を聞くんだ」
憮然としながら問い返した祐司を宥めるように、弘樹が冷静に指摘してきた。
「第三者の視点で、冷静な判断をした上で、適切なアドバイスができるかもしれないだろ? よりを戻すって言うのは論外にしても、今回の綾乃ちゃん絡みのこれを、気まずい関係を払拭する機会にすれば良いんじゃないか?」
「それは、確かに彼女は幸恵と仲良くしたがっているし、そうなると俺が険悪な仲って言うのは問題だろうが、それとこれとは……」
弘樹の主張に一応の正当性を認めた祐司だが、流石に躊躇っていると、弘樹が更に軽く一押しした。
「この際だ。そう嫌がらずに言ってみろよ」
そう言われた祐司は、渋々重い口を開いた。
「付き合ってる最中から、色々違うなと感じる事はあったんだ。幸恵は自己主張と自己顕示欲が、結構強いタイプだし」
「付き合う前から、そんな事は分かりそうなものだけどな。俺は嫌って程知ってるし」
「勿論、俺も分かっていたし、自分の意見をちゃんと持ってる人間の方が、好感が持てると思っていたから。今でもそうだが」
「まあ、確かにそうだよな。それで?」
話の先を促した弘樹に、祐司は引き続き事情を説明した。
「長期出張から戻った翌日、幸恵が東京ドームで開催のゲームチケットを取ってくれてたんだ。内野指定席最前列の」
「野球か? でもお前の一押し球団って、東京ドームで試合しないよな?」
戸惑った声を上げた弘樹に対して、祐司が補足説明をする。
「セ・パ交流戦の、巨人・ロッテ戦の奴だった」
「ああ、なるほど。それで? 長期出張お疲れ様って事で、慰労してくれたんだよな?」
「幸恵の奴、こともあろうに一塁側の席を取ってやがったんだ」
急に苦々しげな口調で告げられた弘樹は黙り込み、次に幾分腹を立てたように確認を入れた。
「…………おい、祐司」
「何だ?」
「まさか、それが別れた理由とか、ふざけた事を言わないよな?」
「勿論それだけでは無いが、決定打はそれだった。あいつは熱烈な巨人ファンなんだ。あの時俺に、一緒に一塁側に座れと言いやがったんだぞ!?」
そこで思わず声を荒げた祐司に、弘樹が負けじと怒鳴り返した。
「座ってやれよ! それ位、構わないだろうが!」
「俺はその時一ヶ月に渡るニューデリー出張で、色々神経が擦り切れてたんだ! せっかく直に見に行ったのに、何が楽しくて相手チームの応援席に座らなきゃならないんだ!!」
そんな第三者にしてみれば、もの凄く馬鹿馬鹿しい、しかし本人にしてみればどうにも我慢できなかったらしい事情を聞いて、弘樹は頭痛を覚えた。
(確かにこいつ、地元密着型野球馬鹿だとは思っていたが、ここまでだったとは……。荒川の他にも、野球絡みで別れる羽目になった女がいそうだな)
そう考えてうんざりしたものの、弘樹は何とか気を取り直して控え目に意見してみた。
「率直な意見を言わせて貰うと、お前は少々、大人げなさ過ぎるぞ? そういうキャラじゃないだろ」
「俺の見た目で、どういう人間か判断するのは人の勝手だが、俺がそれに従う義理は無い」
「それはそうだろうが」
「幸恵とはその事が引き金になって、それまでにお互いに積もり積もっていた鬱憤が一気に噴出したんだ。それで球場の前で売り言葉に買い言葉になった挙げ句、喧嘩別れした」
「お前、思ったより馬鹿だったんだな」
「好きに言ってろ」
うんざりしながら感想を漏らした弘樹に、祐司が拗ねたように応じた。すると弘樹が宥めながら言い出す。
「良く分かった。お前達の関係修復は、ひとまず横に置いておいて、取り敢えず綾乃ちゃんの方を何とかしよう」
「何とかって、どうする気だ?」
「まだ確定していないからはっきりした事は言えないんだが、ちょっと手配してる事があるんだ。懇親会を楽しみにしていてくれ。上手くいけばそこで片が付く」
自信満々にそんな事を言われた祐司は、却って不安を覚えた。
「何だが、余計に心配になって来たんだが……」
「お前は落ち着いて、どっしり構えてろ。そんな事じゃ、社内で女を乗り換えるような真似はできないぞ? それじゃあな!」
「乗り換えるって、人聞き悪すぎだろう!」
思わず弘樹に抗議しかけた祐司だったが、その時既に電話は切られており、祐司は一人で歯噛みする事になった。
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